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両親


「最初は何を見ようか?」


 ようやく動物園エリアへ着いた俺たち。 遊園地エリアにも客はたくさんいたわけだが、やはりメインは動物園なのだろう。 より多くの客たちで賑わっている。

 

「そうね、まずはネコ科が見たいわ。 知ってる? ここって、白い虎がいるのよ」

「ホワイトタイガーか。 ……ところで蟻塚」

「何よ?」

「蟻塚って、動物とか好きなのか?」


 こんな疑問を俺が口にしたのには理由がある。 

 そりゃ、プールの時だって蟻塚はだいぶ楽しそうに遊んではいた。 文化祭さえサボってしまうほどに冷めている蟻塚が、ここまで子供っぽくはしゃぐとは思わなかったほどに。

 

 でもそれは、桃子や五木がいたからという理由も大きいだろう。 

 周囲とのズレに悩み、独りぼっちの学校生活を送り続けていた蟻塚美門。 そんな彼女にとって、桃子や五木たちと夏休みにプールで遊ぶだなんて経験は、きっととても楽しかったはずなんだ。

 

 どんなに蟻塚が強がったところで、孤独が蟻塚の心を満たすことはない。 心を満たすのは、やはり他人だ。 

 もちろんそんなこと、蟻塚自身わかっているはずだ。 それが叶わないと思い込んでいたからこそ、あんなにツンツンとしていたのだろう。

 

 けれど今回は……。

 確かに蟻塚は一人ではなく俺と一緒にここへ来ている。 独りぼっちではない。

 

 でも、相手は俺一人だ。 卑屈になるつもりはないが、俺は蟻塚にとってそんなに楽しい相手というわけでもないだろう。 何だか意外と気が合うみたいですっかり蟻塚と仲の良さげな桃子とは違う。

 

 だからこそ、今日の蟻塚のはしゃぎっぷりには驚いている。 動物公園に着いた時からずっとテンションが高めなのだ。

 俺だって初動物園ということもあり、それなりにワクワクしている。 だが蟻塚は、これが初めてではない。 何年前なのかは知らないが、何回か行ったことはあるわけだ。

 

 故に、俺は蟻塚のこのハイテンションっぷりを動物が好きだからという理由があるのではないかと思ったのだが……。

 

「それ、動物園に来ている人に聞く質問かしら?」

「………………」


 そもそも動物園に行こうと誘ってきたのは蟻塚なわけで。

 動物園に来ておいて動物がそこまで好きじゃない人も珍しいわけで。

 俺はどうやら、わざわざ聞くまでもない質問をしてしまったようだ。

 

「さあ、早く見に行きましょう! あなたは知らないのかもしれないけど、動物園って見て回るのに結構な時間がかかるのよ?」

「そ、そうだな……。 行くか」


 こうして俺と蟻塚は、片っ端から動物を観ていくことに。

 

「ほら、あれがライオンよ。 みんな、寝ているわね」


 恐らく、「動物園の定番といえば?」と問われたら高確率で挙げられるであろう動物、ライオン。 

 百獣の王とも呼ばれるその動物たちは、観客など気にせずぐっすりと眠っていた。 微動だにしないので、死んでいるのではないかと思うほどにぐっすりとだ。

 

「もう、昼近いのにな」

「野生のライオンは主に夜、狩りをするのよ。 だから動物園のライオンも昼は寝てばっかいるんでしょうね。 ライオンは一日の半分以上は寝て、エネルギーの消費を抑えているのよ」

「へぇ……。 羨ましいような、羨ましくないような……」


 この近くには、ライオンの他にもヒョウやチーターなんかもいて、

 

「チーターのお腹の毛、触ってみたいわよね……」


 なんてことを蟻塚は言ったりして喜んでいた。 

 

「お、あれがホワイトタイガーか」

「白いわね。 それに、眼が青いわ」

 

 お次は、この動物公園の動物の中でも有名らしい、ホワイトタイガー。 普通のトラだと黄色くなる部分の毛が、白くなっている希少種だ。 

 その瞳の色は澄んだ青色で、毛の白色も相まってどこか神聖な印象を抱かせる。

 事実、アジアの一部では古くから神の化身だの神聖な存在として崇められてきただとか。 中国の伝説上の生物、四聖獣の白虎びゃっこなんかはホワイトタイガーを元にしているに違いない。

 

「白い虎がいるのなら、黒い虎もいるのかな」

「どうかしらね。 でも、ブラックタイガーと呼ばれているエビならいるわよ。 ウシエビって言うんだけど」

「エビかよ……」


 ウシなのかトラなのか。 いや、エビです。

 

 ネコ科動物を一通り見終わり、その後もペンギンやらクマやら蹴りで人を殺せそうな鳥やらを見ていき、

 

「猿山があるわね。 あんな崖みたいなところで生活してて、転落死しないのかしら」

「……物騒なこと言うなよ」


 辿り着いたのはニホンザルが飼育されている猿山だ。 柵に囲われた大きな窪地の中心に、コンクリート製の山がそびえ立っている。

 

「あれ、まだ生まれて間もない赤ちゃんみたいね。 あまりにもつぶらな瞳をしすぎているわ」


 見てみると、まだ生まれてから数週間程度だと思われる赤ちゃんザルが母親ザルに抱きかかえられていた。

 

「親子みたいだな」

「親子……」


 そう呟いた蟻塚は、どこか寂しそうな顔をしているように見えた。

 

「……ねえ、人見啓人」

「ん?」

「あなたの両親って、どんな人なのかしら? あなた、魔人って言っても人と人との間に生まれたんでしょ?」

「ああ、そうだよ。 ……俺の、両親か」


 親子の猿を見てふと思いついたのだろうか。 俺に親のことについて聞いてくる蟻塚。

 そういえば、誰かから親について聞かれることは今までなかったような気がする。 だから、親について話す機会もなかった。


……別に、隠す必要もないか。 蟻塚が俺の親について知りたいのなら、教えよう。

 

「父親は……。 あまり、覚えてないな。 俺が幼い頃にすぐどこかへ行っちゃったんだ。 覚えていても、嫌な部分しか覚えてない」

「嫌な、部分?」

「俺や母さんに、暴力をしていたんだよ」

「………………!」


 暴力といっても、ちょっと体に痣が出来たりする程度だったが。

 

……いや、傷の程度は問題じゃないか。 本来、子が絶対的な信頼を寄せるはずの親。 そんな存在が母さんや俺に暴力を振るった事実が、何よりも辛かったんだ。 


「今でもあの父親は許せないし、暴力行為を肯定する気もないけど、父親があんなことをしていた理由もまったく理解できないわけじゃない。 だから、復讐してやろうとかは思わないけどな」

「…………母親は?」


 俺の、母親。 俺を産み、女手一つで俺を育ててくれた女性。


「……母さんは、見ていてつらい人だった」

「見ていて、つらい……?」


 今、母さんについて思い出そうとして、気づいたことがある。

 

「とにかく、消極的な人だったんだよ。 生きることに対してな」

「……どういう意味かしら?」


――俺の母さんは、誰かに似ていると。

 

「俺の母さんは、積極的に幸せを求めようとしない人だったんだよ。 どうせ生きていくのなら、楽しいことや面白いことがあった方がいいだろ? 満足感を得る為に、何かしらの行動を取るのが人としてごく自然だよな」

「……そうね。 わたしなんかはちょっと派手にやりすぎちゃったけど」


 派手というか、魔物を操って魔術師とバトルだなんて、普通できない。


「でも、あなたの母親みたいな生き方だって別に悪いとは思わないわ。 元々欲がない人間なんじゃないの? むしろ、褒められるべき人間だと思うわ」

「そうかもしれないけど……。 ……俺の母さんは、俺がいてくれればそれで満足だと言いやがったんだ」

「良い母親ね。 何も嫌なことは言っていないじゃない」

「でもさ、俺は見てきているんだよ。 母さんが、どれだけつらい日々を送ってきているのか。 本当は、もっと楽な生活だってしたいだろうし、手に入れたいものだってあるはずなんだ。 それなのに、俺が……。 自分の息子だけがいれば幸せだなんて、言うんだぞ」

「………………」


 俺にとって、母さんの言葉は呪いのようなものだった。 

 俺がいてくれればそれで満足だという言葉が、嬉しくないわけじゃない。 

 けれど、まだ精神的にだいぶ未熟だった俺にとって、その言葉はあまりにも重かった。

 

「ある人にとっての幸せが誰かの存在を前提としている、なんてことはよくあることかもしれないけどさ。 それだけがその人にとっての幸せだなんて、間違っていると俺は思う」

「……前提としている存在が消えてしまったら、終わりだものね」


 そうか……。 俺の母さんが誰に似ているのか、ようやくわかった。 ……いや、もしかすると以前からわかっていたのに、意識しないようにしていたのかもしれない。

 

「だから、俺はそんな母さんを見るのが辛かった。 どう見ても不幸な日々を送っているのに、現状を変えようとしない母さんを見るのが辛かったんだ」


 俺の母さんは。 

 同じ学校で同じクラス、そして俺の前の席に座る少女――五木紗羽に似ているんだ。 

 最もこの場合、五木が母さんにどこか似ていると言ったほうが正しいか。 

 

 だから俺は、五木を見ていてつらくなる時があったんだ――。

  

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