いざ動物公園へ
「あなた、桃子と二人でデートしたことがあるみたいじゃない。 桃子から聞いたわ」
唐突な誘いに呆然とする俺を無視し、話を続ける蟻塚。
「デート……? もしかして、スイーツバイキングのことか」
「そう、それよ」
確かにあれはデートと捉えられてもおかしくはないが……。
「……それが何で、俺が蟻塚とデートをすることに繋がるんだ?」
「わからないのかしら? デートといえば、二人だけで遊ぶでしょ? となると、話し相手も一人だけになるでしょ? つまり、トーク力よ、トーク力! トーク力が試されるのよ!」
「……そう、なのか?」
「そうなのよ! もう、わたしの言いたいこと、わかるでしょ? あなたは判定人ってわけ」
俺が判定人。 つまり、それが意味することは……。
「以前あなたは桃子とデートをしたわけだけど、その時と比べてどっちが良かったのかをあなたが決めるのよ」
「比べるってのは、明日する予定の蟻塚とのデートと比べるってことか。 なるほど、よくわかった。 要は、桃子と蟻塚のデート対決ってことだな」
「そういうこと。 じゃあ、早速だけど、明日のことについて……」
「……いや待て。 俺は行くだなんて一言も言ってないんだが」
「…………………」
俺の一言を聞き、一瞬固まる蟻塚。
そして、すぐにまた口を開き、
「……そうね、明日は動物園にでも行きましょう。 わたし、長いこと動物園に行ってないのよ。 あなたも別の世界から来たって言うんなら、動物園には行ったことないわよね」
「行ったことないけど、俺は行かないからな」
「あなたに拒否権はないわ」
勝手に権利を奪われてしまった。
「……もしかしてあなた、わたしのことが嫌いなの?」
「え……」
いつになく、しおらしい態度の蟻塚。 そんな態度で「わたしのことが嫌いなの?」なんて聞かれたら俺の良心が超痛むからマジでやめてほしい。
「嫌い、じゃないけど……」
「だったら、一緒に行きましょう?」
「………………」
そりゃあ、俺だってギスギスとした関係よりは、仲の良い関係になれた方が嬉しいに決まっている。
だが、今回はあまりにも唐突すぎる。 心の準備ができていない。
桃子や五木、勇人なんかと違って、蟻塚とまともに接するようになったのはついここ最近からだ。 緊張もするだろうし、蟻塚と二人きりというのは不安も大きい。
何より、これ以上仲良くなったとしても、俺は……。
「啓人、行ってあげれば?」
「え……?」
驚いた。 ずっと黙り込んでいた桃子が、まさかそんなことを言うとは。 いつもだったら、反対しそうなのに。
「啓人にとって、良い経験になると思う」
「………………」
良い経験、か。
桃子がどのような意図からこの言葉を口にしたのかはわからない。
だけど、俺がもっと前へ進む為には、確かに必要な経験なのかもしれないと思った。
「……わかった、行くよ。 その代わり……」
「その、代わり……?」
「ゴスロリ服では来るなよ。 目立つからな」
「来ないわよっ!」
というわけで、俺は明日、蟻塚とデートをすることになったのであった。
そして翌日。
天気は快晴。 絶好の行楽日和だ。
俺が今来ているのは、関東某所にある某動物公園。 昨日蟻塚と話した結果、行き先は一番近場の動物園にしようということになったのであった。
この動物公園は動物園ではあるものの、その敷地の半分は遊園地エリアとなっている。
そして駅方面の入り口は、遊園地エリアにある。 これの意味するところは、つまり……。
「……わたしたちが来たの、動物園なのよね」
「そうだな」
「……辺りを見渡してもアトラクションばっかりじゃない!」
駅から徒歩で来ていた俺と蟻塚が入場したのは当然駅方面の入り口。 遊園地エリアの方面なのだ。
何でも、この動物公園の敷地面積は、某有名アミューズメントパークのネズミの国より広い。 なので、遊園地エリアから動物園エリアまで結構な距離があるのだ。
「あ、動物いるぞ」
「え? ホント?」
「ほら、この池。 鯉がたくさんいる」
「……そうね、鯉も動物よね。 でも、違うのよ! わたしが観たいのは、もっと動物動物した動物なの!」
「どんな動物だよ、それ……」
「少なくとも、鯉ではないことは確かね」
と文句を言いながらも、たくさん鯉が泳いでいる大きな池の前で立ち止まる蟻塚。
今日の蟻塚は、当然ゴスロリ服を着ているわけではなく、プールへ行った日と同様、夏らしい私服を着ていた。
着ているのは、ノースリーブのワンピース。 水着ほどではないけれどいつもより肌の露出が多めで、見る度に正直ドキドキとしてしまう。 何より、蟻塚みたいにスタイルの良い女性がこういう服を着ていると、うん……。
「……どうかしたのかしら?」
「い、いや……! 何でもない……。 それよりもさ、鯉のエサなんて売ってるんだな」
「あら、本当ね」
まるでガシャポンの販売機器みたいな、鯉のエサ自動販売機。 一つ百円と書いてある。
「どうする? 買うか?」
「そうね、せっかくだし、買うわ」
ワンコイン投入し、つまみを回す。 すると、販売機の中から現れたのは……!
「……モナカ?」
「どう見ても、最中ね」
「とりあえず、割って中身を見てみるか」
長方形のモナカをバキっと真っ二つに割ってみる。
これで中身がアイスクリームやあんこだったらどうしようかと思ったが、もちろんそんなことはなく、
「中に鯉のエサがいくつも入っているのね」
中から出てきたのは、指でつまめるサイズの丸っこい緑色の物体。 その物体が、モナカの中にぎっしりと詰まっていたのだ。
「はいよ、半分」
「あら、ありがとう」
二つに割った内の半分を蟻塚に手渡す。
「じゃ、じゃあ……。 あげるわよ?」
そして、蟻塚が鯉のエサを一つ摘み、それを池に向かって放り投げた。
投げられたエサが水面に落ちた瞬間、異変は起こった。
「きゃっ……!? す、凄いわ! 何か凄いわよ!」
水中をゆっくり泳いでいた鯉たちが、自らが魚類であることを忘れたかのように頭を水から出してエサの奪い合いを始めたのだ。
「た、確かに凄いな……」
蟻塚が投げたのはたった一粒の鯉のエサだ。 それがこの鯉たちの闘争心にここまで火をつけるとは。
数十匹を超える鯉たちがバシャバシャと水飛沫を撒き散らし、全開まで開けられた蝦蟇口財布のような口を上空に向かって突き出している。
「ふふ……! そうよ、争うのよ。 あなたたちは、もっと争うの……!」
自身のあげたエサでここまで反応してくれたのが嬉しかったのか、エサの奪い合いをする鯉たちを更に煽るように、次から次へとエサを投入する蟻塚。 随分と楽しそうだ。
俺も、蟻塚に続いてエサを投げ入れていく。 けれど、ただ何も考えずに投げるだけではつまらないので、あえて奪い合いの中心地点から離れた、鯉の数が少ない場所に向けてエサを投げることにする。
すると、俺の放り投げたエサの近くをたまたま泳いでいた鯉が、そのエサを見事に食した。 その鯉はきっと、争いに負けて泣く泣く帰ろうとしていた鯉だったのだろう。 何だかちょっと、良いことをした気分。
「この最中もエサとしてあげていいのよね?」
「もしかして蟻塚、それ食べたいのか?」
「んなわけないでしょ!」
そんなこんなで俺と蟻塚は百円分の鯉のエサを全てあげ終わり。
「この観覧車がちょうどこの動物公園の中間地点みたいね」
鯉のいた池を後にして歩くこと数分。 俺たちはようやく、遊園地エリアと動物園エリアの境目に到達したのであった。




