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蕭条八重は満喫する

 

 昼休憩を終え、午後。 

 わたしは今日知り合ったばかりの紗羽さはねちゃんと二人で、流水プールまで行くことになった。

 五木紗羽いつきさはね。 人見啓人ひとみけいと家守桃子やもりとうこ蟻塚美門ありつかみかどと同じ高校で同じクラスの女の子。 もちろん魔術のことなんて知らないし、人見君の正体だって知らない一般人。

 

 そんな彼女と今日出会うことに当然不安はあったけれど、いざ会ってみると、小動物みたいでとても可愛らしく、何より素直でとても良い子だったので、すぐに安心してしまった。

 今時、こんな無邪気でひたすら優しい子がいるだなんて……。 どこかのゴスロリ女とは大違いだ。 こんなに良い子と一緒にいると、疲れきったわたしの心が浄化されそう。

 

 すっかり紗羽ちゃんを気に入り、心を許してしまったわたしは、つい紗羽ちゃんに愚痴ってしまったり。

 

「紗羽ちゃん、男って残酷だと思わない?」

「はい……?」

 

 もしかしたら嫌われちゃうかなとか思いながらも、この子だったらちゃんと話を聞いてくれそうだという根拠のない自信が湧き上がり、言葉が続いていく。

 

「だって、女子がどんなに悩んで水着を選んだって、結局は胸やお尻の大きさに注目するでしょ?」

「それは、まあ……。 で、でも! 男の人全員がそういうわけでもないと思いますよ?」

「そうかもしれないけど……。 それって圧倒的少数派だよね」

「しょ、少数派でもいいじゃないですか!」

「そう……?」

「はい! 一部の人にしか良さがわからない女性なんて、なんか格好いいと思いますよ?」

「……紗羽ちゃんは優しいね、慰めてくれるんだ」

「そ、それに! 八重さんみたいに華奢な女性は、男の人が思わず守ってあげたくなるとかで、実はモテるらしいですよ! ネットで見ました! 庇護欲? を掻き立てられるとかなんとかって!」

「そ、そうなんだ……。 わたし、実はモテるのかな?」

「はい! それに、ほら! あれですよ、最近草食男子が増えたとかで、好意がわかりにくい男性が多いんですよきっと! だから本当はモテてるのに、それに気づかないんですよ!」

 

 不器用ながらも、一生懸命わたしを慰めようとする紗羽ちゃん。 話している内容とかよりも、その姿勢がとてもありがたい。 ……何というか、無性に抱きしめたくなってくる。

 

「……紗羽ちゃん」

「……はい?」

「抱きしめてもいい?」

「えっ? ど、どうしたんですか、いきなり……!?」

「なんとなく、ね?」

「なんとなく……? で、でも! 周りに人、いっぱいいますよ?」

「誰も、見てないよ?」

「――ひゃっ!?」

 

 誰も見てないというのは嘘で、周りからの視線はたくさんあるんだけど、今はそんなことどうでも良かった。 ただ、この子を抱きしめたくなったから、抱きしめた。 それでいいと思う。

 

「……ありがとね、紗羽ちゃん。 元気出た」

「……や、八重さんって……」

「………………?」

「結構積極的なんですね……。 わたし、ドキドキしちゃいました……」

 

……どうしよう。 年下の女の子をドキドキさせてしまった。

 

「わたしが男の子だったらなぁ……。 紗羽ちゃんともっとイチャイチャしちゃってたんだけど」

「も、もっと……!?」

 

 何を想像したのか、頬を赤らめてアワアワする紗羽ちゃん。 つい、意地悪な心が芽生えそうになるけど、何とか抑える。

 

「でも、これ以上紗羽ちゃんをドキドキさせて、わたしに惚れさせるわけにもいかないからね。 早くプールへ入って遊ぼっか?」

「はい……」

 

 そんなわけで、流水プールに辿り着いたわたしと紗羽ちゃん。 

 

「こうやってただ流されるのも、中々……」

「そうですねー……」

 

 浮き輪で浮かびながら、ただ流されていく。 遊んでいるとは言い難いこの状況も、これはこれで良い感じ。

 

「それにしても、鬼山さん、いつから遊ぶんだろ……」

「そういえば、午前中に少しくらいは泳ぐと言ってましたね」

「……このまま何もせずに帰るだなんてこと、ないよね……!?」

「わ、わたしに聞かれても……」

 

 鬼山さんのことだ。 嘘はつかない……とは思うけど、少し泳ぐの少しがどれくらいなのか、わかったもんじゃない。

 

「……八重さん!」

「なっ、何?」

 

 いきなり気合いの入った声を出す紗羽ちゃん。

 

「ここは強引にプールへ連れて行くべきですよ!」

「え? 強引に……?」

 

 何を言い出すのかと思えば……。

 

「流石にそれは、難しいんじゃ……」

「このままじゃ、あっという間に時間が過ぎて夕方になっちゃいますよ?」

「そうかもだけど……。 そんな強引なやり方じゃ、怒られそうだし……」

 

 何だろう、さっきまでと違って、やけに紗羽ちゃんが生き生きとしている。 つい、わたしも受け身になってしまう。

 

「鬼山さんみたいな男性を振り向かせるには、強引さが必要だと思います! 大丈夫ですよ、八重さんに怒ったりなんか、しないはずです!」

「……ふ、振り向かせるって……? 紗羽ちゃん、何か勘違いして……」

「とにかく、わたしは応援してますから! 頑張ってください!」

「あっ……」

 

 そう言って、プールから上がってどこかへ行ってしまった紗羽ちゃん。

 

「………………」

 

 一人でこのまま流され続けるのは、寂しすぎる。 ここは、紗羽ちゃんの言うとおり、鬼山さんの元へ行ってみよう。

 

 

 

「鬼山さーん……」

 

 鬼山さんは果たして……。 まだサマーチェアに座っていた。 何やら文庫本を読んでいるようだ。

 

「どうした、蕭条。 休憩か?」

「い、いえ……。 鬼山さんはプールへ行かないんですか?」

「そろそろ行こうかと思っていたところだ」

「ほ、本当ですか……?」

「ああ」

 

……凄く嘘っぽい。

 

「じゃあ、一緒に行きましょうか」

「いや、俺は一人でのんびりと泳ぐから気にするな。 五木紗羽たちと遊んでこい」

 

 鬼山さんは、どうしてもわたしを紗羽ちゃんたちと遊ばせたいみたいだ。

 

「駄目です。 鬼山さんがちゃんとプールへ行くのを見届けるまで、離れませんから!」

「何を馬鹿なことを言ってるんだ、お前は。 こうやってプールで遊ぶ機会なんて、滅多にないんだ。 今のうちに心置きなく遊んでこい」

「だったら、鬼山さんだってそれは同じなんじゃないですか……?」

「俺はもういい歳だからな。 プールで遊ぼうとは思わん」

「いい歳って、まだ二十代後半じゃないですか……」

「それでもお前たちのようにはしゃぐ元気はない。 歳を取るってのはそういうものだ」

「……わたし、聞いたことがありますよ? 大人って、子供が思っているほど大人じゃないって」

「どこで聞いたのか知らないが、だからといって俺がお前とプールへ行かなきゃならない理由にはならんぞ。 そもそもお前は、どうしてそこまで俺をプールに行かせたがるんだ?」

「そ、それは……」

 

 どうしてだろう。 わたしでも、何でこんなよくわからないことで熱くなっているのかわからない。

 

「……まあいい。 今日は日差しが強いからな。 お前の頭もおかしくなっているんだろう」

「おかしくなってませんよ!」

「口だけならどうとでも言える。 ……で、お前はどこのプールへ行きたいんだ?」

「へ……?」

 

 読んでいた本を閉じ、腰を上げる鬼山さん。 これは、一緒に来てくれるということだろうか。

 

「どうした? 何も考えてなかったのか?」

「いえ……。 じゃあ、競泳プールに行きましょう!」

「ああ、いいぞ」

 

 というわけで、わたしと鬼山さんは競泳プールで遊ぶことになった。




「……あのー?」

「何だ?」

 

 だがしかし。 場所を移したからといって、すぐに人の心が変わるわけでもなく。

 

「……いい加減、浮き輪から下りませんか?」

「断る」

「………………」

 

 これにはわたしも呆れ顔。 競泳プールに着いてからというものの、鬼山さんはただ浮き輪で浮かんでいるだけなのだ。

 

「……沈没させちゃいますよ?」

「それは困るな」

 

 と答えた鬼山さんからは、困りそうな様子を微塵も感じない。

 

「……本気ですからね?」

「……何だ? 針でも使って浮き輪に穴でも開ける気か?」

「そんなことはしませんよ。 ただ……」

「……? 蕭条、何を……」

「えいっ!」

 

 ドピュッ!

 

「ッ……!?」

 

 両手の指を組み、手のひらを同時に合わせることで、勢い良く押し出される水。 わたしの発射した水鉄砲は、見事鬼山さんの浮き輪に命中する。

 

「お前……!」

「ふふ……。 どうですか、わたしの水鉄砲は。 長年、お風呂で練習してきただけあって、結構自信があるんですよ?」

 

 ちなみにお風呂でタオルクラゲを作るのも得意だったりする。 最近はシャワーだけで済ますことが多いので、ご無沙汰だけれど。

 

「……馬鹿なのか?」

「なっ……!」

「俺は今、本気でお前の頭が心配になってきたぞ」

 

 馬鹿にするどころか、哀れみさえ感じる目を向けてくる。 だけど、わたしだって、何も水鉄砲で浮き輪を撃破できるだなんて思っていない。

 

「まあ、それでお前の気が済むのなら、好きにすればいい」

「……そうですか。 じゃあ、好きにさせてもらいますね」

「ああ、そうしろそうしろ」

 

 ドピュ!

 

「………………」

 

 ドピュドピュ!

 

「………………」

 

 ドピュドピュドピュピュ!

 

「………………」

 

 ドピュビュビューッ!

 

「…………おい、蕭条」

 

「はい?」

 

 ドピュ!

 

「前言撤回だ。 いい加減」

 

 ドピュピュ! 

 

「……水鉄砲を撃つのをやめないか?」

「浮き輪から下りたらいいですよ」

 

 しつこく水鉄砲を浮き輪に当て続けたことで流石に鬱陶しくなったのか、ようやく浮き輪を手放した鬼山さん。 作戦通りである。

 

「……で、俺にどうしろと?」

「えっと……」

 

 浮き輪から下ろしたところで、わたしも何をするのか決めていなかった。

 

「……とりあえず、泳いでみては?」

「一人でバシャバシャ泳いでいろと?」

「じゃ、じゃあ! 水の掛け合いっこでも、しますか!?」

「どこのバカップルだ」

「え、えっと……」

 

……こんな時、どんな提案をするのがベストなのだろう。

 

「……蕭条。 もしかして、俺に気を遣っているのか?」

「え……?」

「まあ、気を遣いたくなるのも無理はない。 高校生集団に一人アラサーが混じっているわけだからな。 だからこそ言っておくが、俺はお前たちと混ざって遊ぶよりも、お前たちが楽しく遊んでいるのを遠くから眺めている方が嬉しいんだ。 俺に気遣う必要なんてない」

「そんなこと、言わないでくださいよ……。 せっかく一緒にプールに来たのに……」

「そうは言ってもな。 そもそも俺は、誰かと遊ぶというのが苦手なんだ。 相手の期待に答えられそうにもないし、何をどうすればいいのかわからない。 現に今だって、お前にここまで連れてこられたところで、俺はお前を楽しませることが出来ていないだろう?」

 

 鬼山さんは、そんなことを考えて……。

 

「……そうでもないですよ?」

 

 とっくにわかっていたことだけど、やっぱりこの人はどこか不器用なところがあるんだ。 鬼山さんには鬼山さんなりの、他者に対する接し方があって、それ以外の接し方が出来ずにいる。 

 遠回りで、どこか自己犠牲的で、見ているこっちが辛くなるような……。

 

「そうでもない、だと? 俺は特に、何もしていないというのにか?」

 

 だからこそ、わたしが伝えてあげなきゃ――。 

 

「はい。 だってわたし、今、楽しいって思ってますから! 特に何かをしなきゃ楽しくないってこと、ないと思いますよ?」

 

 期待に答えるとか、答えないとか、そんなことよりもまず、大事なことがあると思う。

 

「……わからないな。 楽しいと思える、理由でもあるのか?」

「楽しいって気持ちに対して、いちいち理由を考える必要なんてありませんよ」

「………………」

 

 わたしの言葉に対し、何か思うところがあるのか、黙り込む鬼山さん。 そして、

 

「……お前は今、楽しいと思っているのか」

 

 再び言葉を口にしたかと思えば……。

 

「さっき言った通りですよ。 だって、夢みたいじゃないですか」

「夢……?」

 

 本当に夢だったら困るけれど。 今わたしたちがプールで遊んでいるという事実は、少し前までのわたしたちからすれば、想像もできなかった夢みたいなことだ。

 

「魔術師としての使命を忘れて、人見君や紗羽ちゃんたちと普通に遊んで……。 わたしがもし、魔術師じゃなかったら、こんな風に遊んでいたのかなってことを、実際にやっているんですよ? それって、凄いことじゃありませんか?」


 それに、わたしにはこうやって遊んだ過去の記憶がない。 過去を失った虚しさを紛らわすには、新しく思い出を作っていくしかないんだ。

 

「……そうだな」

「だから、今は面倒なことを全部忘れて、楽しみましょうよ! それくらい、わたしたちにだって許されているはずです」

 

 何よりわたしがそうしたいから。 わたしたちはそう遠くない未来、戦わなければならない。 でも、せめて、今だけは……。 そのことを、忘れさせてほしい。

 

「そうか。 じゃあまずは、仕返しをしてやらねばな」

「……仕返し? 何の――ひゃっ!?」

 

 わたしの顔面に、鬼山さんの放った水鉄砲がぶち当たる。

 

「おっ、鬼山さん……!」

「どうした? 鬼のような形相をして」

「わたし、顔は狙ってないじゃないですか……!」

「そ、そこなのか……」

「顔以外だったら大人しく仕返しを受けてやりましたが、顔に攻撃を受けたからには、そうはいきませんよ……!」

「俺と撃ち合うつもりか? やめたほうがいいと思うがな」

「随分と余裕ですね……! えいっ!」

 

 ドビュビュッ! ビュッビュビュー! ドピュピュピュピュ!!

 

……かくして、わたしと鬼山さんは銃撃戦を繰り広げることになったわけだが、当然わたしが一方的に攻撃を受け続け、酷い目に合うというオチに。

  

  

  

 それからわたしは、鬼山さんを流水プールや造波プールへ連れ回し、

 

「……俺はここで見ていよう。 一人で楽しんでこい。 だからその手を離すんだ」

「いいえ、鬼山さん。 鬼山さんも滑るんですよ?」

 

 気になっていたウォータースライダーも体験した。 もちろん、鬼山さんも。

 

「ぐ……。 ……理解できん。 自らの身をわざわざ危険な状況に置いて楽しむ人々が、理解できん……」

「アトラクション全否定ですか……」

 

 こうしてあっという間に時間は過ぎていき、時刻は夕方頃になっていた。

 

「もう、帰る時間ですね……」

「そうだな」

 

 こんなに遊んだのは、いつ以来だろう。 もう帰らなきゃいけないことが、とても辛く感じてしまう。

 

「八重さ~ん!」

「あっ……」

 

 紗羽ちゃんが手を振っているのが見える。 わたしたちを探しに来てくれたのだろうか。

 

「……鬼山さん、帰りましょうか」

「ああ」

 

 

 

 こうしてわたしたちは、プールを後にした。

 帰りは、みんな遊び疲れているようで、口数が少なくなっていた。 それどころか、電車に乗ってすぐに寝てしまった人も。

 

「………………」


 人見君なんかは、寝てしまった紗羽ちゃんと桃子ちゃんに挟まれて、大変そうだ。 ……桃子ちゃんは本当に寝ているのか怪しいけれど。

 

「ふふ……。 ふふふ……」

 

 蟻塚美門も、何やら気味の悪い笑い声を出しながら、眠っている。 一体どんな夢を見ているのやら。

 

「……鬼山さん?」

「………………」

 

 そして、あろうことか、鬼山さんまで眠っていた。 鬼山さんの寝顔をこんなに近距離で見るのは、同じ部屋に泊まったあの日以来だ。

 

「………………」

 

 あの時と同じように、穏やかで気持ちよさそうな寝顔。 つい、イタズラでもしたくなってしまうが、もちろんそんなことはせず、このまま放っておくことにする。

 

 もうまもなく、電車は目的地に辿り着く。 

 車窓から眺めた青空は、昼間と変わらず澄んでいて綺麗だったが、どこかわたしを懐かしい気持ちにさせる、そんな青色をしていた。

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