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超アホ女

 

「……おいおい、お二人さん。 楽しくおしゃべりするのはいいけどよ、鎖骨鎖骨って、あんまり大声で言うなよな? おかしな集団だと思われるぜ?」

「全くその通りだと思う」

「うわっ……!?」

 

 いつの間にここへ戻ってきていたのか、桃子が背後から現れる。 毎度のことだが、こればかりは慣れない。

 

「……桃子、あんまり俺をビックリさせないでくれよ」

「良い人生には、程良い刺激が必要」

 

 そんな刺激はいらない。

 

「何よ、あなたたち、もう食べ始めてるの? 美味しそうじゃない」

 

 蟻塚も桃子と一緒だったのか、戻ってきている。 手には、ジャンボフランクの刺さった串と、からあげの入った紙の容器が。

 

「蟻塚はジャンボフランクにからあげか。 肉だけじゃん……」

「何よ、悪い? 何かとてつもなくお肉が食べたい気分だったのよ。 わたしの前世はきっと、肉食動物だったのね」

 

 何をアホなことを言っているんだこいつは。

 

 

 

 そんなこんなで賑やかな昼食タイムも終わり、午後。

 

「………………」

 

 俺は今、浮き輪でプカプカと水に浮かびながら、流れに身を任せている。 

 空から降り注ぐ日差しは眩しくて、肌がヒリヒリと焼けてしまいそうなほど強いが、これはこれで気持ちがいい。 食後の日光浴というやつだ。

 

「ふぅ……」

 

 午後一番、まず俺たちがやってきたのは、流水プールだった。 

 最初は他のみんなも近くにいたわけだが、気がつけば勇人は俺より早く流されていって、離れ離れになってしまったのだ。

 

 けれど、こうやって一人でのんびりと過ごすのも中々良いものではある。 いつもの日常を忘れ、ぼーっとするだけの時間。 こんな贅沢な時間の使い方を許されているなんて、俺は恵まれているなと思う。

 

「…………お?」

 

 流水プールを何周した頃だろうか。 すぐ前方に、見覚えのあるシャチと、それに腹ばいになって乗る女の姿が。

 

「……随分と間抜けな格好だな」

「開口一番失礼ね。 あなたの顔ほど間抜けじゃないわよ」

 

 間抜けな格好をしていた女は蟻塚だった。 シャチの背びれに両手を絡めて、何とか身を安定させようとしている。 その結果、シャチに振り落とされまいとしている人のように見える。

 

「………………」

 

 前言撤回。 確かに今の蟻塚は間抜けな格好だが、間抜け以上にこれはとてつもなくエロい格好なのでは……? 

 押し潰されている柔らかそうな大きい胸と、無防備に晒されているお尻。 目を奪われないわけがなかった。

 

「……何よ、黙り込んじゃって。 間抜けな顔だって言われて、そんなに傷ついたのかしら?」


 周りを見てみる。 蟻塚のお尻を後ろの方からガン見している男もいれば、あのシャチになりたいとでも思っていそうな男もいるではないか。 蟻塚はそのことに気づいているのだろうか。

 

「ねえ、聞いているの?」

「え? ……ああ、もちろん聞いてるよ」

「何をボーっとしているのよ。 全く、今日のあなたには失望しまくりだわ。 何でかわかるかしら?」

 

 よくわからないが、何故か俺は蟻塚から失望されているようだ。 何か期待させるようなことをしたという覚えもないのに。

 

「わかるわけないだろ」

「そう。 じゃあ教えてあげるわ。 あなた、人じゃないって言う割には、そこらの人と全く変わらないじゃない」

「……はぁ?」

 

 何を言うのかと思えば……。

 

「……魔術に関する能力が優れているという点以外は人と同じだとも言ったんだけどな。 蟻塚は俺がどうだったら大喜びしていたんだよ」

「翼だったり、尻尾でもあれば、少しはテンションが上がっていたかもしれないわね。 または、体中に何か文字でも刻まれていたら、かしら」

「それじゃプールに行けないだろ……」

「水に濡らせば消える文字とかなら、大丈夫でしょ」

「水性ペンかよ……」

 

 蟻塚はもしかすると、俺が魔人という非現実的な存在だと知り、面白そうだから以前より接してくるようになったのかもしれない。

 

「とにかくね、わたしはあなたがそこらにいる人間のオスと変わらず、女の水着姿に興奮しちゃってることに腹が立っているのよ。 どこか魔人なのよ、あなた、まるっきり人間と変わらないじゃない」

「そ、そう言われてもな……」

 

 どうやら周りの視線には気づいていたようだ……。

 

「……蟻塚は、俺が普通の人間だったらさ……。 こうやって、一緒にプールへ行って話すこともなかったのか?」

 

 何となく、そんなことを聞いてみたくなってしまった。 あんまり良い答えが期待できるとは思えない相手だというのに。

 

「そうね」

 

 案の定、返ってきた答えは予想通りのものだった。

 

「……まあ、蟻塚はそういうヤツだよな」

 

 予想通りだから、そう傷つくことはない。 傷つくことはないはずなんだ。 

 それなのに、俺もまだまだ弱いというべきか、自分の思っている以上にショックを受けているようだ。 明るく振る舞えそうな自信がない。

 

「何よ? もしかして、少し傷ついた?」

「そりゃあな。 蟻塚はある意味凄いよ。 俺が魔人だと知った後でも特別気を遣うことなく、恐れるどころか好奇の目を向けて接してくるんだもんな」

「何をどう気遣う必要があるのよ。 あなたがどう足掻こうが、魔人であることには変わりないじゃない。 あなたが魔人であることから都合よく目を逸らして接する方が、間違っているとわたしは思うわ」

「……っ……!」

 

 これはちょっと予想外の言葉だった。

 

「ほら、わたしだって……。 そ、その、中々のナイスバディじゃない?」

「えっと、まあ、そうだな……」


 自分の体形のことを話すのに、恥ずかしがる蟻塚。 蟻塚の恥ずかしがるツボがわかったような、わからないような。

 

「で、わたしがそれを無かったことにするなんて、できないじゃない。 だって、これがわたしの体なんだから。 男からいやらしい目で見られようが、わたしはこの体と一生付き合っていかなきゃいけないのよ」

 

 もちろん、手段や方法を選ばなければ、外見を大きく変えてしまうことだって不可能ではないだろう。

 しかし、基本的に人は自らの意思とは関係なく育った肉体と共に生きていく。 どんなに身長が高くなるようにと願ったところで、身長が低い人は低いままだし、その逆も然りだ。

 

「更に言えばね、わたしがわたしのことを女として見てほしくないといくら思ったところで、周りはわたしのことを女というフィルターを通して見るでしょ? でも、それが当たり前なのよ。 その結果としてプラスな評価を受けようが、マイナスな評価を受けようが、仕方ないわ。  女である部分もわたしという人間を構成する一つの要素なんだから、それを排除してわたしを評価してくださいなんて、まず無理な話なのよ」

 

 全てに同意することはできないが、ある要素だけを排除して人を見るなんてことは、大抵の人には不可能なのだと思う。 

 よって、あいつは才能がないクセに容姿は男受けするから評価されているんだとか、わたしが評価されないのは容姿が劣っているからなんだとか、そんな文句が出るのも無理はないのである。

 

 これは、不公平なようで公平だ。 何せ、一人の人間のあらゆる要素をしっかり見て判断していると言えなくもないからだ。 これが人の限界なのだと割り切るくらいでいなきゃ、やっていけないだろう。 

 都合よくある一点だけを評価してもらいたかったら、そういうシステムを作るしかない。

 

「だから、わたしがあなたの魔人だという部分に興味を持ったからって、魔人以外の部分を見ていないというわけでもないのよ。 あなたについての情報が一つ増えて、それも含めてあなたを見るようになった。 ただそれだけのことよ」

「つまり、何だ? 俺が魔人であるということで、得をすれば喜べばいいし、損をすれば悲しめばいい。 変えようのない現実はちゃんと受け止めろとでも言いたいのか?」

「まあ、そんな感じね。 ただそれだけだとネガティブな考え方みたいだから、一つ付け加えておくわ。 変えようのない現実にいつまでも執着するよりは、変えられる現実をまず変えていけばいいのよ。 どう? 何だかとても前向きな考え方に思えてきたでしょ?」

「………………」

 

 正直、今の言葉には感銘を受けた。 

 まずは変えられる現実から、か。 

 確かにその通りだ。 変えられるものを変えていけば、変えられなかったものさえも、いつか変えられるようになるのかもしれない。

 

「何よ、またダンマリ?」

「……いや、蟻塚も色々考えているんだなと思ってさ」

「何よそれ。 わたしが何も考えていないアホ女だとでも思っていたのかしら?」

「何も考えていないアホ女だとは思っていないぞ。 アホ女だとは思っていたけど」

「……へぇ。 いい度胸してるじゃない!」

 

 と言って身を起こし、何か攻撃しようとでも思っていたのだろうか。 次の瞬間、

 

「あっ」

 

 蟻塚はバランスを崩してシャチの上から滑り落ちた。 

 その衝撃により、水が勢い良く飛び散っていく。

 

「……蟻塚、お前はただのアホ女じゃない。 超アホ女だ」

 

 アホ女が超アホ女になった瞬間であった。

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