鎖骨フェチ、暴走
「……ふぅ、結構疲れてきたな」
「だな。 ちょうど良い時間だし、昼飯にしよーぜ」
競泳プールで遊び続けること一時間ほど。 時計の針は正午を示している。 昼食の時間だ。
「いやー、楽しかったね、紗羽ちゃん!」
「はい! 久しぶりに遊びまくったって感じです!」
あのビーチボールの後、俺たちは各々自由に遊んでいた。 意外にも、女子四人は割りと仲良く遊んでいたから驚きだった。
特に、五木と蕭条さんは随分と気が合うらしく、互いのことを気に入っている様子だ。 微笑ましい。
そして、桃子や蟻塚も、プールで遊ぶのが楽しかったのか、終始機嫌良さそうにはしゃいでいた。 いつもの二人の印象からすると、なんだか子供っぽくて可愛らしいなと思う。
「人見君、ここの近くに売店ありましたよね?」
「ああ、確かあったな。 買っていくか?」
「あ……。 お金持ってませんでした……」
「ん? 金ならここにあるぜ?」
勇人が首にかけていたコインケースを見せつけてくる。
「ああ、そういえば勇人はコインケースを持ち歩いてたな。 後で返すから、ちょっと貸してくれないか?」
「おう、もちろんいいぜ。 というか、俺もすぐ近くの売店で昼飯買うわ」
「そっか、じゃあ一緒に行くか。 ……五木?」
「……はいっ!? な、何でしょう?」
「いや、何かぼーっとしているなと思ってさ……。 どうかしたの?」
「いえいえ! どうもしてませんよ! さあ、昼ごはん買いに行きましょう!」
「うん……?」
まさか、俺と勇人じゃあるまいし、ビーチボールに夢中ってわけではないんだろうけど……。
「………………」
……いや、待てよ。 さっき、五木は勇人のコインケースを見た後にぼーっとしていた。 なら、コインケースに見惚れていたと考えるべきなのかもしれないが、俺には既に持っているある情報がある。
その情報から判断すると、まさか……。
「牛丼にうどん、カップヌードルにカレーライス……。 たこ焼き焼きそばフライドポテトに唐揚げ……! たくさんありますね!」
「これは迷うな……」
売店に辿り着き、メニューを見る。 そんなに品数は多くないだろうと思っていたが、迷うほど品数は多かった。
「アメリカンドッグやジャンボフランク、かき氷にアイスクレープ……。 甘いものもちゃんとあるみてーだな」
勇人と五木と共に、何を選ぼうかと迷いまくること三分間。
「よし、俺は決めたぜ! プールといえば、塩味のカップヌードルだ!」
「え、そうなのか……?」
「俺の中ではそうなんだよ。 もちろん、それ以外も頼むけどな」
「そ、そうか……」
勇人が決めたからには、俺も早く決めねば。
「わたしも決めました! ここはやっぱり、焼きそばですね!」
「………………!」
五木に先を越されてしまった。 これ以上、迷ってはいられない。
「……よし、俺も決めたぞ。 俺は、フライドポテトとからあげと牛丼にする!」
「人見。 俺が今、そんなに金を持っていると思ってんのか?」
「…………あ」
結局、フライドポテトとからあげは後で買うことにした。
「あ、鬼山さん。 やっと来たみたいですよ」
勇人のお金で昼食を買い終え、鬼山さんの元へと戻ってくる。
鬼山さんと蕭条さんは、カレーライスやらうどんを美味しそうに食べていた。 桃子と蟻塚はというと、今昼食を買いに行っている最中だそうだ。
「よっと……」
シートの上に座り、昼食をいただくことにする。 桃子と蟻塚を待とうと思わなかったわけではないが、正直、腹が減って仕方がない。
「まだ二人は帰ってきてませんが、食べちゃいます?」
「ああ、そうだな。 このままだと冷めちゃうし、何より鬼山さんたちはもう、食べちゃってるからな」
「……俺は待とうとしたんだがな。 蕭条がどうしても食べたいというから、仕方なく……」
「ちょっ……! 鬼山さん、それじゃまるで、わたしが食い意地張ったヤツみたいじゃないですか……!」
「違うのか?」
「違いますよ!」
蕭条さんと鬼山さんが言い合ってる中でも、俺は見逃さなかった。
五木が何やら潤んだ瞳でうっとりとした表情を見せていたのを。
そして、五木の視線の先に何があるのかを。
「………………」
五木の視線の先。
それは、俺の鎖骨だった。 つまり、五木がさっきぼーっとしていたのは、勇人の鎖骨を見ていたからというわけだ。
このまま放置するのもいいが、自分が見られているとなると、やはり気になる。 ここは、ちゃんと言おう。
「…………五木?」
「は、はいっ!?」
「五木って、鎖骨が好きなのか?」
「――ゲホッ、げほっ!!」
俺の発言に思わず咳き込んでしまう五木。
「な、な、何を急に言い出すんですか、人見君……!?」
「いや、さっきからチラチラと俺の鎖骨を見ていたから、鎖骨が好きなのかなと思って」
「~~~~~~っ!!」
顔を真っ赤にし、動揺を隠せない様子の五木。 それにしても、やはり五木は鎖骨フェチだったのか。
「ひ、人見君……。 まさか、あのスケッチブックの中身を……!?」
「うん。 少しだけ見た」
「ひ、酷いです……!」
涙目でぐぬぬと睨んでくる五木。 睨んでいるはずなのに、全く怖くない。
「でもさ、そこまで隠すほどのことでもないだろ? あの絵、上手かったし、五木が鎖骨好きってのも、全く理解できないわけじゃないよ」
「ほ、本当ですか……?」
「うん。 ほんとほんと」
……まあ、野郎の鎖骨には何とも思わんがな。
「馬鹿にしたり、しませんか……?」
「しないって。 むしろ、俺の鎖骨をモデルに絵を描いてもらいたいくらいだ。 いつだか言ったろ? 俺は五木の夢を手伝いたいって」
「それは嬉しいですけど……。 流石に人見君をモデルにするのは、ちょっと恥ずかしいですね……」
「…………………」
俺の鎖骨をモデルにというのは、冗談のつもりだったんだけど……。 まあ、いいか。
「あ、あの……」
「……………ん?」
まだ話の続きがあるのだろうか。 五木は頬を赤らめ俯きながら、落ち着きなくモジモジとしていた。
「せ、せっかくですし……。 その……」
「その?」
「鎖骨、触ってみてもいいですか!」
「………………はい?」
何を言うのかと思いきや……!
「えっと、俺の鎖骨を触ってみたいってこと?」
「そ、そうです!」
と、ハァハァ息を荒くして言う五木。 というか目がちょっと怖いです。 そんな目で俺の鎖骨を見ないでください。
「……わかった。 少しだけだからな」
「は、はい……!」
眼力に負け、鎖骨を触らせてあげることに。
……まあ、そんないやらしい事をしているわけでもないし。 うん。 余計な事は考えないようにしよう。
「じゃ、じゃあ、触りますね……!」
「お、おう……」
一度伸ばした手を引いて躊躇した素振りを見せた五木だったが、ついに五木の指が俺の鎖骨に触れる。
「――――ッ!?」
五木の柔らかく滑らかな指に鎖骨を撫でられ、全身が妙な感覚に陥る。 くすぐったいというだけではなく、何だかこれは、油断すると腰が抜けてしまいそうな……。
「す、凄い……」
一方、五木はすっかり俺の鎖骨に夢中な様子。 他人の視線とか一切気にせずに俺の鎖骨をさわさわ触っている。
その熱を帯びた指先が、俺の体に刺激を与え続けている。 こ、これ以上は……!!
「ちょっ……! い、五木! もういいか……!?」
「え? あっ、ごめんなさい……」
ようやく鎖骨を触るのを止めてくれた五木。 ……今のは危険だった。 これ以上触り続けられていたら、俺は良からぬものに目覚めてしまっていただろう。
「……わたし、他人の鎖骨をあんなに触ったの、初めてです……」
「……初めてじゃなかったら驚きだよ」
五木紗羽はかなりの鎖骨フェチだとわかった昼の出来事だった。




