ビーチボール
「ここでいいだろう……」
俺たちの拠点となるべき場所を選び終える。 休憩や昼食なんかはここでするというわけだ。
「俺はここでしばらく休んでいるから、お前たちは心置きなく遊んでこい」
レンタルしてきたサマーチェアに座り、休む気満々な鬼山さん。
「え? 鬼山さんは遊ばないんですか……?」
そんな鬼山さんにガッカリした様子の蕭条さん。 きっと、一緒に遊びたかったんだろう。
「俺はお前たちほど若くないからな。 そんなにはしゃぐ元気はない」
「そんなこと言ってたら、余計老けますよ!」
「安心しろ。 後で少しくらいは泳ぐつもりだ」
「……本当ですか?」
「ああ。 こんな嘘をついてもしょうがないだろう?」
「……わかりました。 絶対ですよ?」
何とか納得し、引き下がる蕭条さん。
「おい人見、まずどこへ行くよ?」
「そうだな……」
ようやくプールに入るわけだが、ここには何種類かのプールがある。
まず一つ目が、子供用プールだ。
子供用のプールだけあって、水深は浅い。 小さなお子様でも楽しく水遊びが出来るというわけだ。 もちろん、俺たちが子供用プールでワイワイ遊ぶわけにはいかない。
そして二つ目が、流水プール。
どのような仕組みなのかわからないが、円を描くような形をした、流れるプールらしい。 一周四〇〇メートルあって、浮き輪でプカプカ浮かびながら流され続けるのも楽しいかもしれない。
三つ目は、造波プール。
人工的に波を起こし、打ち寄せてくる波にワーキャー騒いで海の気分を味わえるという、おもしろ場所だ。 しかしサーフィンは禁止されているので、サーファーにはオススメできない。
四つ目は、二十五メートル競泳プール。
ここが一番普通のプールだろう。 純粋に泳いだりしたいなら、ここを選ぶのが良い。 水深はそれなりにあるので、身長が低い子は遊ばない方がいいだろう。
他にもこのプールには、ウォータースライダーなんかもあるし、売店も三つほどある。 思っていたよりだいぶ充実していて、ますますテンションが上がってくる。
「……よし、まずは競泳プールで遊ぶか!」
「お、最初から泳ぐ気満々だな?」
泳ぐ気満々ではないが、まずは一番普通のプールで遊んで、その後に特殊なプールで遊ぶ。 そんな予定を思いついたのだ。
「啓人、わたしに提案があるの」
「はい、なんでしょう?」
「まずはこれで遊ばない……?」
桃子が持っているのは、ビーチボール。 なるほど、それならみんなで遊べそうだ。
「いいね。 じゃあ、それで遊ぼうか」
というわけで、俺たちは鬼山さんを一人残し、競泳プールへと向かった。
「は、入るぞ……!?」
「おう、サッサと入れ入れ」
既にプールに入っている勇人に急かされ、恐る恐る足を水につける。
「おぉ……」
ひんやり。 これは気持ちいい。 ちょうどいい水温だ。 足だけでこんなに気持ちいいのに、全身が水の中に入ったら、どれだけ気持ちいいのやら。
「おらよっと!」
「いっ……!?」
と感傷に浸っていると、いきなり勇人に腕を引っ張られ、水中にドボンする。 こいつ……!
「っぷはぁ……! 勇人、お前……! 心臓が止まったらどうするつもりだ……」
「ははははは、悪い悪い、お前があんまりにも遅いから、つい……な。 どうだ? 気持ちいいだろ、プール」
「…………まあ、気持ちいいな」
こればっかりは否定できない。 冷房の涼しさとか、そういうのとはまた違った快適さ。 どうしてわざわざ水着なんか用意して多くの人々がここへ来るのか、わかった気がする。
「じゃあ、わたしから行きますよー? ……それっ!」
五木がビーチボールを宙に高く上げる。 ルールは簡単。 ビーチボールが水に落ちないように頑張る。 それだけ。
「よっ!」
俺のところへボールが来たので、落とさぬよう、受け止める。
「これはわたしの出番ね。 フフフ……」
俺が上げたボールは、蟻塚の方へと向かっていく。 蟻塚は、随分と自信アリ気な顔で待ち構えている。
「トス!」
蟻塚はてっきり運動音痴なんじゃないかと思っていたが、何の問題もなくボールを上げ、そのボールは勇人の元へと向かっていく。
……そういえば体育の時間、蟻塚がだいぶ良い動きを見せていたことを忘れていた。
「……お?」
「え……?」
勇人ならしっかりボールを受け止める。 ……そう思っていたのだが、どこを見ていたのやら、ビーチボールを受け止めるどころか何の動きも見せずにいた。
ボールが水に落ちてからやっと、何が起きたのか理解した模様。
「わ、悪いな……。 つい、ビーチボールに夢中で……」
「…………え?」
この場にいる誰もが、ビーチボールに夢中ならちゃんと反応できたんじゃないかと思っただろう。
五木と蕭条さんは心配そうな顔をし、蟻塚と桃子は怪訝な顔をしている。
「ま、まあ、気を取り直してもう一回だな!」
水面に浮かんだボールを拾い、再度ボールを高く上げる勇人。
しかし、これ以降も勇人の凡ミスは続いた。 まさか、どこかで頭を打って意識が朦朧としている中、遊んでいるんじゃ……!?
「…………ッ!?」
いや、そんなことはなかった。 なぜなら、俺もここでようやく気づいたからだ。
「えいっ!」
「えっと、これは……」
「紗羽さん、わたしが取るわ」
ビーチボールは五つあったのだ……! それはもう、たゆんたゆんと。 まことに立派なビーチボールだ。
「それっ」
「…………あ」
ついに俺もミスをしてしまう。 桃子のビーチボールに夢中で、俺の方へと飛んできたビーチボールに気づけなかったのだ。
「……啓人、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。 むしろ、快調だ」
「……? なら、いいけど……」
それからも、俺と勇人は、桃子と蟻塚のビーチボールに目を奪われ、ミスをし続けた。
「あなたたち、ビーチボール舐めてるでしょ?」
「舐めてはないけど、そんなマジにもなっていないな……」
「言い訳なんて聞きたくないわね。 さあ、次でラストにしましょう。 ……それっ!」
蟻塚がビーチボールを宙高く上げる。 その時の衝撃で、蟻塚の胸にあるビーチボール二つもぷるんと揺れる。 ナイスビーチボール!
「……やっぱり」
「……え?」
桃子が呟く声が聞こえたような……。
いや、今はそんなことより、ビーチボールだ。 ビーチボールに集中しなければならない。
「美門、行きなさい」
「言われなくてもッ……!」
次の瞬間だった。 桃子が蟻塚に向けて宙高く上げたビーチボールを、蟻塚がタイミングよく、思いっきり叩いたのだ。
「……………っ!!」
叩かれたビーチボールは、凄まじいスピードで直線を描き、標的へと向かっていく。 その標的とは……!?
「――ぶぼぇ!?」
……勇人の顔面だった。 可哀想な勇人。
「バレバレなのよ、このスケベ!」
心底、俺が標的じゃなくて良かったと思った瞬間であった。
「さて、もう一回やりましょう!」
「え……? 五木、さっき蟻塚がラストって言ってたろ?」
「何言ってるんですか、人見君。 倍プッシュだってやつですよ!」
「い、いや……。 意味わからない……」
「紗羽さん、良いこと言うね。 わたしももう一回、やるべきだと思う」
「桃子……。 目が怖いんだけど?」
「何をそんなに怖がっているのかしら? ビーチボール、好きなんでしょ?」
「それは……。 ……蕭条さん、年上の女性として、彼女たちを止めましょう!」
「ううん、止めない」
「………………」
俺はこの時初めて思い知った。 結託した女性陣の恐ろしさと、ビーチボールって顔面に当たると結構痛いんだなってことに。




