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人見啓人はプールへ行く

 

 七月が終わり、八月がやってきた。 

 空の青色は深さを増し、一段と強まった夏の日差しがアスファルトに降り注ぎ、気温を更に上昇させている。 夏、真っ盛りだ。

 

 そんな真夏日の今日。 俺は電車に乗っていた。 何故かと言うと……。

 

「後何分くらいで着きますかね?」

「次の次の駅だから、十分くらいかな? てか、五木は行ったことあるんだから、どこで降りるかくらい覚えているんじゃないのか?」

「行ったことあるって言っても、最後に行ったのは四年前くらいで、あんまり覚えてないんですよね……。 基本、友達の後をついていくだけでしたし……」

「なら、仕方がない……のか?」

 

 五木たちと共にプールへ行くからだ。 県内でもそれなりに人気のあるプールらしく、今日みたいに暑い日は大盛況間違いなしだと思われる。 

 俺にとってあまり良くない環境……といえなくもないのだが、今の俺の精神状態は悪くない。 人の多いところでも平気だろう。 

 何より、五木たちがいる。 五木だけでなく、五木たちが。

 

「鬼山さんってプールに行ったことあるんですか?」

「十四年くらい前に行ったことがあるな」

「じゅ、じゅうよねん……。 わたしがまだ、五歳の時じゃないですか……!」

 

 まず、蕭条さんと鬼山さん。 

 この二人が一緒に来てくれるのは、そこまで驚くことではない。 そう遠くない場所ならともかく、今回のように電車を使ってまで行くような場所だと、何かあった時に合流するのに時間がかかってしまうからだ。

 

「……それにしても、本当電車内は退屈ね。 ねえ、あなた、何か面白いことしなさいよ」

「何だよその無茶振りはよ。 俺じゃなくて、人見に振れよな」

 

 次に勇人と蟻塚。 

 この二人が来てくれたのは本当に意外だった。 勇人はともかく、蟻塚は特に。 ちなみに勇人は、女子ばかりでかえって辛いからという理由で誘った。 許せ、勇人。

 

「あの、人見君……」

「ん?」

「桃子さんはどうしてあんなにわたしたちから離れた場所に座ってるんですか……?」

「……きっと、いじけてるんだよ」

 

 そして、桃子。 五木がいるからてっきり来ないのかと思っていたが、いざ誘ってみると食い気味に行くと答え、すぐに水着を買いに行っていたのを覚えている。

 

「いじけてるって、何かあったんですか……?」

「いや、特に何もなかったと思うぞ。 まあ、プールに着けばいつも通りの桃子に戻るだろ」

 

……そう。 今ここには、まさか集まるだろうとは思わなかった六人が集まってしまっているのだ。 俺を含めれば、七人。 

 もちろん誘った全員に、他にも何人か来るかもしれないとは言っておいてはある。 が、本当に全員来るとは……。

 

「あっ、もう着きますよ!」

「みたいだな」

 

 しかし、こうしてみんなが来てくれたのを見ると、嬉しいと思う半面、もっと後先を考えれば良かったなと思う部分もある。 

 関わっていく人間が増えることで生じる、様々な感情。 それが、必ずしも良い感情であるとは限らない。 ……そんなことを以前考えていたように、人が増えればそれだけ面倒事も増えていく。 

 例えば今回は、魔術についての情報だ。 五木なんかは、魔術や俺の正体について知らないし、蕭条さんや鬼山さんとは初対面だ。 俺はいいかもしれないが、当人たちはどう思っているのか、気になるところではある。

 

「やっと着いたな、人見。 磯の香りは……しねえな」

「そりゃ、海が近くにあるわけじゃないからな。 するとしたら、塩素の香りだ」

 

 目的の駅に着く。 この駅から徒歩で十分ほどのところに、プールがある。

 

「ったく、海じゃなくてもどうでもいいけどよ、俺に蟻塚の相手を任せるなよな。 大変だったんだぜ?」

「何が大変だったのかしら?」

「げっ……!」

 

 ちなみに今日の蟻塚はゴスロリ服ではない。 昼間だし、人目も多いし、当然ではある。 蟻塚は変人だが、羞耻心はちゃんとあるみたいだ。

 

「……蟻塚、今日はゴスロリ服じゃないんだな」

「あなたはわたしを何だと思っているのよ。 わたしはこう見えても、あんまり目立ちたくないわけ。 わかる?」

「いや、わからん」

 

 蟻塚は本当によくわからん。 相変わらず、読めない部分が多い。 でもまあ、以前より刺々しさは無くなったような気がするからこれで良しとしよう。

 

「啓人。 水着に着替え終わったら、管理棟の前に集合ね」

「ああ、わかった」

 

 プールに着き、受付で入園料を払い、男女に別れてそれぞれの更衣室へと向かう。

 

「それにしてもよ、あの鬼山さんってのがいるなら、別に俺を誘わなくても良かったんじゃねえか?」

 

 ロッカーに荷物を突っ込んでいる時に、勇人が突然そんなことを言い出した。 鬼山さんは既に着替え始めているので、近くにはいない。

 

「そりゃあそうかもしれないけど、結構年上だし、勇人ほど気楽に接することの出来る相手ってわけでもないんだよな」

「二十六歳だっけか? 俺たちより十歳近く年上かよ」

「逆の見方をすれば、鬼山さんは十歳近くも年下の俺たちに付き合ってくれてるわけだから、俺なんかよりもずっとキツイんだろうけどな」

 

 そういう意味では、鬼山さんには感謝しなければならない。 まるで俺たちの保護者みたいな役回りをさせているわけなのだから。

 

「……年上といえば、あの蕭条さんって人もお前の知り合いなんだよな?」

「まあ、そうだな」

 

 同居しているとは言わないでおこう。 突っ込まれると面倒だし。

 

「あの人、結構可愛いな……」

「…………は?」

 

 まさか、勇人のやつ、蕭条さんみたいな子が好みなのか……?

 

「人見、お前……いつの間にあんな可愛い子と知り合いやがったんだよ? お前も隅に置けねーな!」

「勇人、言っておくがな、蕭条さんは鬼山さんとセットで知り合ったんだ。 つまり……」

「つまり……?」

「あの二人、デキてるんだよ」

「何……!? マジかよ、それ……」

「もちろん嘘だけど」

「てめえ……!!」

 

 実際のところは、あながち嘘とも言い切れないような関係ではあるわけだが。

 

「……お前たち、まだここにいたのか。 早く着替えたらどうだ」

 

 早くも着替え終わった鬼山さんに注意され、水着に着替え始める俺と勇人。

 

「よし、二人とも着替えたな。 管理棟前に行くぞ」

 

 ようやく俺たちも着替え終え、更衣室を出る。




「おお……」

 

 目の前には、水着姿の利用客たち。 予想通り、今日はたくさん人が来ているようで、大変賑わっている。

 太陽に照らされ輝く水面は美しく、ただ見ているだけでも涼んだ気分になれるが、俺たちはこれからあの中に入るのだ。 ワクワクしないわけがない。 

 

「人見、プール初めてなんだっけか? どうだ、初プールってのは」

「みんな水着着てるんだな……」

「そりゃ、プールだしな。 着衣泳するわけでもねーし」

「急に恥ずかしくなったりしないのかな」

「まあ、プールだしな。 そもそもみんな水着なんだから、水着じゃないほうが目立つだろ」

「そ、それもそうか……」

 

 俺の世界にはプールなんて施設、なかったからなぁ。 なんだかとても不思議な空間だ。

 

「……あいつら、遅いな」

 

 鬼山さんが呟く。 確かに女性陣は中々やって来ない。 何をそんなに手間取っているのやら。

 

「おまたせ、啓人」

「おっ……!?」

 

 声のする方へ振り向くと、そこには桃子と蟻塚がいた。 まだ、蕭条さんと五木は着替え中なのだろうか。 

 いや、そんなことより……。

 

「……どう? わたしの、水着姿」

 

 くどいようだが、ここはプールだ。 だから、桃子と蟻塚が水着姿になっているのは当然なわけなのだが、俺たちには心の準備ができていなかったようだ。

 

「に、似合ってるよ……」

「そう。 ありがと」

 

 似合ってるよと言っておきながら、俺は桃子の水着姿を直視し続けることができなかった。 何というか、あまりにも眩しすぎたのだ。 

 桃子は黒のトライアングルビキニを着ており、綺麗な肌の白色と水着の黒色のコントラストが良い感じに桃子の美しさを際立たせていた。 

 何より、ここまで肌を露出させている桃子を見たのは初めてだったので、その艶めかしさに思わずぞわぞわと落ち着かない気分になってしまったのだ。

 

 これは、ヤバイ……。

 

「………………」

 

 勇人はというと、嬉しさを隠せない様子だ。 いいもん見ちまったぜヒャッハー! とでも言いたげな顔。

 

「ふぅん……。 思っていたよりも面白そうなところじゃない」

「……っ……!?」


 蟻塚はというと、桃子と同じくトライアングルビキニを着ていた。 そのスタイルの良さを活かせる水着をチョイスしたというわけか。 桃子と違うのは、蟻塚の着ているビキニの色が白だということ。

 

 桃子だけでもヤバイのに、蟻塚まで……! 蟻塚の水着姿は男性の目にはあまりにも刺激が強すぎた。 け、けしからん……。

 

「ねえ、わたし、あそこでシャチ借りてきてもいいかしら?」

「シャチ……?」

 

 目のやり場に困りながらも、何とか落ち着いて返答しようと試みる。

 

「ほら、あそこで貸出してるじゃない」

「ああ、浮き輪のことか……。 いいんじゃないか、別に」

「じゃあ、借りに行ってくるわね。 桃子も一緒に来なさい」

「……わたしに命令しないで。 啓人、そういうことだから、まだここで待っててね」

「お、おう……」

 

 桃子と蟻塚が俺たちの前から去っていく。 水着姿の桃子と蟻塚が二人並んで歩いていると、何だか凄い威圧感が……。 主に胸から。

 

「人見……! 凄かったな、おい!」

「ああ、凄かった……」

「俺はこの日を一生忘れないぜ」

「右に同じだ」

 

 といった風に俺と勇人が感動している中、鬼山さんは俺と同じものを本当に見ていたのかと疑うほどに、落ち着いた表情を崩すことはなかった。 この人、修行僧かよ……。

 

「お、お待たせしましたー……」

「お……?」

 

 ようやく、五木と蕭条さんがやって来る。 二人とも、もじもじと恥ずかしそうにしている。

 

「人見君……。 わたしの水着姿、どうですかね……?」

 

 俯いて、上目遣いで俺を見ながら訪ねてくる五木。


「えっと……」

 

 五木の水着姿を見る。 

 俺の勝手な偏見から、五木は桃子や蟻塚が着ているようなビキニは着ないのかと思っていたが、意外にも五木が着ていた水着もビキニだった。 

 桃子や蟻塚が無地なのに対し、五木は柄物で、フリルやスカートなんかも付いていて、全体的に可愛らしい印象。

 

「五木らしくて、良いと思うよ」

「よ、良かったです……」

 

 どう答えるのが一番良いのかわからなかったが、反応を見る限り、そこまで間違った対応はしていないだろう。

 

「実はわたし、ビキニ着るの初めてなんですよね……」

「ビキニデビューってことか」

「はい。 今回は、ちょっと頑張ってみました……!」

「そ、そうなんだ……」

 

 何かいつもの五木と比べて、随分と気合いが入っているように見えるのは、きっと気のせいじゃない。

 

「………………」

 

 それにしても、いつもはそこまで五木のことを異性として意識することはなかったが……。

 水着姿で露出の多い五木を見ていると、その女の子らしく柔らかそうな肌に、ついドキリとしてしまう。 何だか体が熱くなってきたような……。

 

「……? どうかしましたか?」

「い、いや、なんでもない……」


……ここは落ち着かなければ。 こんなにドキドキとした状態で水の中に入ったら、心臓に悪い。

 

「蕭条、随分と遅かったな」

「ちょっと、着替えに手間取って……」

 

 五木の方に注目していてよく見ていなかったが、蕭条さんも五木と似たような水着を着ていた。 五木よりも胸のフリルマシマシなのは、つまりそういうことだろう。

 

「あの、鬼山さん……」

「何だ?」

「わたしは、どう、ですか……?」

「どう、とは?」

「み、水着ですよ! 水着!」

「水着……? いいと思うぞ。 自身の体形に合わせてちゃんと選んであって」

「俺もいいと思います」

 

 蕭条さんは勇人には聞いていないと思うが、言わせておこう。

 

「た、たいけい……?」

「ああ。 胸のサイズに自信のない女性は、寄せて上げたり、パッドで盛ったり、面積が大きめなトップスで隠したりするといった工夫をするそうじゃないか。 お前もちゃんとそういう工夫をしているんだな」

「む、むねのサイズ……」

「蕭条。 お前は自分のスタイルに自信がないのかもしれないが、そこまで気にする必要はないぞ。 むしろお前の体形は、日本人女性のスタンダードに限りなく近い。 つまりお前はスタンダードなんだ。 胸を張って歩け」

 

 先生。 張る胸がありません……! 

 

……じゃなくて、これは、マズいんじゃ……。

 

「なるほど、そうですよね……。 わたし、スタンダードなんだ……!」

 

 あれ……? 怒らない?

 

「……じゃ、ありませんよ! 鬼山さんの人でなし! 馬鹿! アホー!!」 

 

 と喚き散らし、涙目で走り去っていく蕭条さん。 危ないので、プールサイドでは走らないようにしましょう。

 

「……あいつ、一体どうしたんだ。 人でなし呼ばわりとは酷いものだな」

「いや、今のは鬼山さんが悪いよ……」

 

 知ってはいたが、この人も結構変わっている。 もしかすると、鬼山さんなりに励ましていたつもりだったのかもしれないが、どう見ても逆効果だ。

 

「あわわわ……! は、早く八重さんを追いかけなきゃ……」

「大丈夫だろ。 すぐに戻ってくるよ。 それよりも五木、もしかして蕭条さんと仲良くなったのか?」

「へ? どうしてですか?」

「何となくそう思っただけ」

「うーん……。 まだ仲良いのかどうかはわかりませんが、どこか親近感が湧いているのは確かですね……」

「親近感か……」

 

 確かに五木にとっては、桃子や蟻塚より五木さんの方が親近感あるのかもしれない。

 

「それより、人見君こそいつの間に蟻塚さんと仲良くなったんですか……? 八重さんみたいな知り合いがいるのにも驚きましたし……」

「蟻塚とは非常階段の踊り場でよく遭遇していたからな。 仲が良いのかどうかはわからないけど、何となく誘ってみたんだ。 蕭条さんと鬼山さんは、桃子経由で知り合った人だよ」

「そうですか……」

 

 モヤモヤと浮かない様子の五木。 

 俺は嘘を言っているわけではないが、本当のことをすべて喋っているわけでもない。 これでは嘘を言っているのとあまり変わらないなと、ちょっとした罪悪感が芽生える。

 

「シャチ、借りてきたわよ」

「他にも色々あるみたいだから、啓人も後で見に行ってもいいと思う」

 

 桃子と蟻塚がシャチを模した浮き輪やらビーチボールを持ってやって来る。

 

「……よし、蕭条以外全員揃ったな。 席を取りに行くぞ」

 

 鬼山さんの一声で、俺たちはようやく管理棟前から進む。

 

「……わたしもいますよ!」

 

 もちろん、蕭条さんも合流して。

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