凄くマッサージ
今度こそ五木家を後にして、久しぶり……といっても、たったの一日半ぶりに我が家へと帰る。
桃子の好きな食べ物については後で考えよう。 今考えても思い浮かびそうにない。
「ただいまー……」
そんなことを考えている間に、家の前に辿り着く。
「おかえり、啓人。 お風呂にする? ごはんにする? それとも……」
桃子がどこか影のある笑みを浮かべて俺を出迎えたかと思えば、随分とベタなセリフを……。
「……マッサージにする?」
「は……?」
言うのかと思いきや、俺の予想とは違った言葉が飛び出てくる。
「……どうしてマッサージなんだ?」
「啓人、疲れているかなって思って」
「まあ、疲れていないと言ったら嘘になるのかもしれないけど、別にマッサージはしなくていいよ」
「ううん、ダメ。 前に、マッサージをするって約束したから」
そういえば、そんなことを以前桃子は言っていたような気がする。 初めて五木の家に行った日のことだったっけか。
「いや、でも今日はいいって。 また今度な」
「啓人に拒否権はない」
何でそうなる。
「……強制かよ。 わかった、そこまでマッサージしたいって言うなら、どうぞ好きにやってくれ」
ここまでグイグイ来られると、拒否する方が疲れそうだ。 ここはマッサージされてやろう。
「良かった。 じゃあ、さっそくマッサージするから、わたしの部屋、行こ?」
「もうやるのか。 夕飯の後とか、風呂の後じゃダメなのか?」
「食前の方がいいと思う。 お風呂は今、八重さんが入ってるから……」
「ああ、そういうことね……」
風呂が後回しな理由はわかったが、食前の方がいい……?
確かにマッサージは圧迫されるわけだし、食前の方がいいかもしれないけれど、何か引っかかるぞ。 ……嫌な予感しかしない。
「さあ、入って」
「うん……」
桃子の部屋に入る。
一緒に住んでおきながら、桃子の部屋に入ったことはあまりない。 もしかすると、看病の時以来かもしれない。
「ベッドの上に、うつ伏せになって」
「こ、こうか……?」
少しためらいながらも、桃子の匂いの染み込んだベッドの上にうつ伏せになる。
当然俺の鼻はその匂いをキャッチしてしまうわけで、何だか良からぬ感情が……。
俺はまた一歩、変態へと近づいてしまったようだ。 あくまで近づいただけで、俺は既に変態だとかそういうことはない。
「じゃあ、始めるね。 わたしでいっぱい、気持ちよくなってね」
「そんないかがわしい言い方はやめなさい」
俺の注意をちゃんと聞いたのか、聞いていないのか、何の返事もなく桃子がマッサージを開始する。
「痒いところは、ありませんか」
「それ、マッサージ屋違うだろ……」
「最先端のマッサージは、あらゆるサービスを網羅しているの」
「は、はぁ……」
最初こそ桃子はふざけていたものの、
「………………」
途中からは一言も喋らずにひたすらモミモミしてくれた。 これが中々気持ちいい。 桃子のやつ、マッサージ屋になれるぞ。
「そろそろラストスパートだから、覚悟してね」
「え……?」
気持ちよくてウトウトしかけていたところで、急にそんなことを言われる。 覚悟だと? 何をどう覚悟しろと……。
「……う゛おッ!?」
背中に強い圧力が加えられた次の瞬間、体がビクンと飛び跳ねそうになる。 痛いのか、くすぐったいのか、よくわからない感覚が全身を突き抜ける。
「ちょ……! 今のは――」
「ふんっ」
俺の言葉をスルーし、今度は別の部位に指圧を加える桃子。
「うギぃ!?」
再度、衝撃に貫かれる。 今度はハッキリとわかった。 これは、痛い。 いやいや、マジで凄く痛いぞこれ……!
「ま、待て桃子……!」
「そいっ」
聞く耳持たず、三発目を放つ桃子。
「はぐぅ!!!!」
体に電流が走り抜けていくって、こんな感覚なのだろうか。
つい、間抜けな声が出てしまう。 ホント、これ以上されてしまったら俺はどうにかなってしまうぞ……!?
「ツボマッサージ、凄いでしょ? きっと、疲れがスッキリ取れるよ」
確かに凄い。 疲れが取れる前に昇天してしまいそうなくらいに。
というか、何かこのマッサージ、怒りが込められてないか……? 桃子のやつ、やっぱりいきなり泊まりに行ったことを……!
「後、七箇所あるからね」
「……っ……!?」
後七回もこれを受けろと? ……聞き間違えだといいなぁ。
「……これでおしまい。 どう? スッキリした?」
「……………………」
どうやら俺はまだ生きているらしい。 ということは、あの指圧を七回耐えられたのか。 俺って結構丈夫だったんだな。 途中からの記憶が曖昧で、ハッキリと思い出せないが。
「啓人が望めば、また今度もやってあげるね」
「……ノーサンキュー」
これからは連絡すべき事項はすぐに連絡しようと誓った、夏の夜であった。
「さて、寝るか……」
マッサージによるダメージがまだ残る中、食事と風呂を済ませ、さっさと寝てしまおうと自分の部屋へ向かっている途中に、事件は起こった。
「………………?」
廊下を歩いていると、何やら桃子の部屋から話し声が聞こえてくるではないか。 桃子と話しているこの声は……、蕭条さんの声だ。
「桃子ちゃん、本当にいいの……?」
「うん。 別に、減るものでもないから」
一体こんな時間に二人でコソコソと何をしているのやら。 ちょっと気になる。
「どう? 八重さん」
「……何か、変な感じ……」
「でも、あんまり悪い感じじゃないでしょ?」
「それは……そうだけど……」
……いやマジで、何してくれちゃってるの?
「これじゃ、あんまり見えないよね?」
「でも……。 自分で見るの、ちょっと恥ずかしいかも……」
ドアに耳を当てて、二人の会話を聞き逃さないようにする。 これは断じて盗み聞きなんかではない。
ほら、あれだ。 これは、郵便ポストに配布物がたくさん溜まっている一人暮らしの高齢者の家があったら、スルーするかどうかという問題に似ているじゃないか。
俺はスルーなどしない。 プライバシーの侵害なんて知ったことか。 もしかすると、中で倒れている高齢者がいるかもしれないんだ。
だったら、ドアに耳を当てて室内の様子を聞くくらいしてやる必要がある。 そう、必要があるに違いないんだ。 自己正当化バンザイ。
「せっかくだから、記念にカメラで撮っておく?」
「……うん」
記念撮影だと……!? 何を撮るつもりか知らないが、軽い気持ちでネット上に画像をアップロードとかしないだろうな……? インターネッツの恐ろしさを知らない女子高生には、心を鬼にしてしっかりと説教してやらねばならない。
「せっかくだし、竜紀さんにも見せてきたら?」
「お、鬼山さんに……!? 無理無理! それだけは無理だから! 絶対馬鹿にされるから……!」
鬼山さんはああ見えても心優しく寛容な人だと俺は思っている。 だからきっと、馬鹿になんかしないと思うぞ、蕭条さん。 ……何を見せるのか知らないけど。
「案外、歓喜のあまり落涙するかもしれない」
「そんなわけあるかっ!」
桃子のやつ、年上をからかって遊んでやがる……。 それにしても、本当に何を……。
「……鬼山さんに見せるかどうかはともかく、この部屋にある鏡よりも、下にある鏡のほうが全体像がよく見えると思う」
「うーん……。 じゃあ、その鏡で見てみようかな……。 桃子ちゃん、誰もいないか見てきてくれる?」
「うん、わかった」
鏡? 全体像? 下? ……いや待て、それよりもこの状況、もしかしてマズいんじゃ……。
「……啓人?」
「あっ」
時既に遅し。 俺がドアから耳を離し、立ち上がろうとする直前にドアが開く。
「……どうしてこんなところでしゃがみ込んでいるの……?」
「く、屈伸でもしようかなと思ってさ! そういう時って、たまにあるだろ?」
自分で言っておきながら、どんな時だよと思う。 咄嗟に出た言い訳なんてものは、大抵が支離滅裂なものだ。
「……わたしの部屋の前で?」
「……ははは……」
「………………」
そんな軽蔑の眼差しで見ないでくれ……!
「……桃子ちゃん? 一体……」
当然、蕭条さんも異変に気づき、桃子の背後から姿を現す。 ただそれだけなら、俺は特別驚くことなんてなかったが……。
「……っ……!?」
俺は大変驚いてしまった。
何故なら、俺の前に姿を現した蕭条さんは、制服を着ていたのだ。
「そ、その格好は、もしかして……」
「え? ……あっ! こ、これは……その、違うんだからね……!」
どうやら蕭条さんは、自分が制服を着ているということを忘れて、俺の目の前に出てきてしまったようだ。 酷い慌てっぷりである。
「何が違うんだ……? どうみても、コス……」
「こ、これはコスプレじゃないから! だって、わたし、まだ十九歳だし……! ギリギリセーフだから!」
確かに蕭条さんは、高校生でも通用する容姿をしている。
現に、桃子から借りたのであろう制服も、サイズが合ってない割にはだいぶ似合っている。 三年間着るからと大きめの制服を選んだ新入生のようだ。
だが、アウトだ。 ギリギリセーフなわけがない。 制服は、学生以外が着たらコスプレなのだ。
「……蕭条さん」
「な、何?」
こんな時、俺がかけてやる言葉は一つだけだ。
「実年齢よりも若い心を持ち続けることって、素敵なことだと思います」
「ありがとう、人見君。 とりあえず、表へ出ようか」
優しい言葉をかけたつもりなのに、宣戦布告されてしまった。
「何だ? こんな夜中に騒がしいぞ」
「ああっ……!」
そして現れる鬼山さん。 あんた、ナイスタイミングすぎるぜ。
「……ん? 蕭条、お前……」
「ち、違います! わたし……蕭条、チガウヨ……?」
ついに別人を装い始めたぞこの人……。
「……わかっている。 何も言うな。 気づかなかった俺が悪かった。 すまない」
「……へ?」
いきなり謝罪をする鬼山さんに、ポカンとする蕭条さん。
「……家守桃子。 悪いが、夏休みが終わるまででいい、蕭条に制服を貸してやってくれ」
「うん。 わかった」
「……えっ?」
「蕭条、俺は別に、お前に服装をああしろこうしろだの言うつもりはない。 これからは好きに制服を着ていいからな」
「あ、あの……?」
「……制服、似合っているぞ。 今のお前は、どこからどう見ても女子高生だ」
「何かもう、許して……」
普通に馬鹿にされるよりもキツイいじられ方をし、涙目になる制服姿の蕭条さん。
そんな蕭条さんを見る鬼山さんは、桃子の言うとおりに歓喜のあまり落涙することはなかったが、どこか本当に嬉しそうに見えたような気がした。
「さて……」
時計を見る。 ちょうど、日付が変わって数分が経過していた。
この二日間、特に不穏な空気を感じることもなく、夏休みを過ごせたわけだが、これがいつまで続いてくれることやら……。
夏休みはまだ始まったばかりだ。 まだまだやりたいこともあるし、ダラダラと無駄な時間の使い方もしたい。
「………………」
とにかく、今は寝るしかない。 朝起きても、いつもどおりの日常が待っていると信じて。




