五木紗羽は鎖骨フェチ
翌朝。
昨日夜更かしをした為、眠気はだいぶ残っているものの、何とか涼しい時間帯に起床する。
何時だろうかと時計を見てみると、まだ朝の七時だった。
「おーい、勇人ー?」
そして勇人は、まだ眠っていた。
外から差し込んでくる光は眩しく、聞こえてくるセミの大合唱も五月蝿いというのに、この安眠っぷり。 通りで遅刻常習犯なわけだ。
「……まあ、起こさなくてもいいか。 時間も時間だし」
俺はそのまま、ゲームを再開することにした。
「んぁ……? もう朝か……」
結局勇人が起きたのは、八時を過ぎてからだった。
「とっくに朝だぞ。 朝食、どうする?」
「ちょうしょくぅ……?」
ダメだ、まだ寝ぼけてやがる。
「……とりあえず、顔洗ってこいよ」
「ああ……? 顔……」
フラフラと危なっかしく洗面所へ向かって歩いて行く勇人。
……何となくわかってはいたが、勇人の寝起きは悪かった。 あんなにぐっすり眠っていたというのに。
「……おい人見」
「……ん?」
顔を洗い終え、戻ってきた勇人。 やけに険しい表情をして、ゲーム画面を見ている。
「どうかしたか?」
「どうかしたかじゃねえよ。 何で……。 何でいねえんだよ……」
「…………?」
「うつだしのうが、いねえじゃねえか! お前、うつだしのうをどこへやった!?」
「……とりあえず、頭も冷やしてこようか」
それからは、やっと状況を理解した勇人と交代しながらゲームを進め、主人公蘇生イベントも終了し、
「おいおい、ついにラストダンジョンだぜ?」
「やっとだな」
俺たちはラスボスまで後もう少しというところまで来ていた。 冗談半分で言っていた俺が帰るまでに全クリというのが、叶ってしまいそうだ。
「もう昼過ぎてんのな。 ゲームに夢中で腹減ってたこと忘れてたわ」
「昼飯を食いながらラストダンジョンを進めるとするか」
ということで、鎌桐家にあるカップ麺などを分けてもらい、腹ごなしをしつつ、ラストダンジョンを攻略する。
「うわ、またこの敵かよ。 この敵、状態異常技ばかり使ってくるからめんどくせーんだよな」
「MPを惜しまず使ってサッサと処理するしかないな」
流石にラストダンジョンは、ラストだけあって敵も凶悪なのばかりで、
「この敵、硬すぎるだろ!」
「逃げたほうがいいんじゃねーか?」
クセのある敵たちへの対策を考えながら、たくさんの仕掛けを解き明かしていき、
「今のはマジで危なかったぜ……。 まさか、ザコ敵が最強魔法使ってくるなんてよ……」
「初見殺しもいいところだな、 ……おっ、セーブポイントだぞ?」
何度も死にそうになりながら、ようやくラスボス前のセーブポイントらしきところまで辿り着く。
「やっとここまで来たな……」
「人見、ラスボスはお前が倒してくれよ。 もしお前が負けたら、次は俺がやるからよ」
「ああ、わかった」
と言われるがまま、俺はラスボスと戦うことになったわけだが、
『よくぞここまで来たな、うつだしのう……!』
主人公の名前のせいで、ラスボスまで鬱で死にたがっていた上に、
「あれ? もうラスボス死んだみたいだぞ?」
「……なんか思っていたよりもアッサリ倒しちまったな、人見」
「ああ、そうだな……」
道中の雑魚敵たちの方が苦労したんじゃないかと思うほどに、弱いラスボスだった。
「三時前か。 ちょうど三時から行くところがあるから、もう帰るよ」
「おうよ。 また今度な」
楽しかった泊まり込みでのゲームプレイも終わりを迎え、俺は鎌桐家を後にすることに。
ちなみに、これは後から知った話だが、俺が勇人と共にクリアしたゲームは、ラスボスを倒してからが本番というやり込み要素や隠しダンジョンたっぷりのゲームだったらしい。
通りで、ラスボスはあっさり倒せるわ、ラスボスまで思っていたより早く辿り着くわけだ。
「五木、来たぞー」
「あ、ちょっと待ってくださいねー」
午後三時ちょっと過ぎ。 長時間のゲームプレイで少し疲れてはいるものの、つい昨日辺りに今日の三時から五木と勉強会をするという約束をしてしまった俺は、五木家に来ていた。
「さあ、さっそくやりますよ!」
「ああ。 毎日コツコツ、だっけ?」
「そうです。 毎日コツコツやるのが一番いいんですよ。 一日の中で遊びも勉強も両方しっかりやる。 それが一番だと思います!」
「お、いい事言うねぇ」
もちろん俺は、真面目に勉強会するつもりなどないが。
「ちょっと、飲み物用意して来ますね」
「おう」
五木が部屋から出ていく。 五木の部屋にはもう何度も来ているわけだが……。
「スケッチブックか……」
本棚に置いてある、スケッチブック。
結局、これの中身はまだ見たことがない。 文化祭当日、スケッチブックについて五木に話した際には、見られると恥ずかしいとしか言っていなかった。 そこまで見られてマズいものというわけでもないのだろうか。
「………………」
ちょっと覗くくらいなら、いいよな……?
別に、五木の部屋のタンスの中身を漁るわけでも、ノートパソコンのHDDの中身を漁るわけでもないんだ。 怒られないはず……!
「…………よし」
スケッチブックを手に取り、パラパラとページをめくっていく。
「……ん?」
そこで目に入ったのは、ほとんどが何かの漫画のキャラクターの模写だった。 繊細なタッチで描かれていて、何となく五木の性格が絵にも出ているなと思ってしまう。
「………………」
それにしても、何だか……。
「…………んん?」
やけに鎖骨の見えるキャラクターばかり描いているような気がするのは気のせいだろうか……?
「………………!」
いや、気のせいじゃない……! どの絵も鎖骨の描写にやたらと気合いが入りまくっているように見える。
「もしかして……」
五木は鎖骨フェチなのではないだろうか。 鎖骨に色気を感じる人がいるとは聞いたことはあるが、まさか五木が……。
「おまたせしましたー」
「………………ッ!?」
すっかりスケッチブックに夢中で近づく足音に気づくのが遅れてしまった。
覗いていることがバレてもいいと思っていながら、咄嗟にスケッチブックを閉じて置いてあった場所へと戻す。
「……あれ? 何で本棚の前に立っているんですか?」
「え? ああ、ほら、何か漫画の新刊買ってないかなーと思ってさ……」
「ダメですよ! 今日は勉強会なんですから。 勉強しなきゃ、です」
「そ、そうだな……。 悪い悪い」
……何とか、バレずに済んだ。 これは余計、バレたらどうなるのか予想できないぞ。
「あ、もう六時ですね……」
「もうそんな時間か。 帰らなきゃだな」
どうやら五木の両親が七時頃には帰ってくるらしい。 俺がその時間まで残っていたら何かと面倒なことになりそうなので、俺は六時に帰る予定だったというわけだ。
「この調子で毎日進めていけば、七月中に終わりますよ!」
「そーだな。 心置きなく遊ぶ為にも、頑張るとするか。 じゃあ、また今度な」
「……あ、ちょっと待って下さい!」
帰ろうとしたところを、五木に呼び止められる。
「ん……? どうかしたか?」
「聞こうと思っていてすっかり聞き忘れちゃっていましたが、人見君、家で何か料理したことあるんですか?」
「え? まあ、一度だけお粥を作ったかな……。 桃子が風邪を引いた時があったからね」
何を聞かれるのかと思えば、料理のことについてだった。 五木は俺に料理を教えてくれているわけだし、俺が家で料理をしているかどうか気になってもおかしくはないか。
「……人見君。 ハッキリ言います。 人見君はもう、わたしの指導なんて必要ありません! 免許皆伝ってやつです!」
「お、おう……?」
それはつまり、もう俺に料理を教えないということか。
「そもそも人見君なら、レシピさえ調べればほとんどの料理を作れちゃうと思いますよ。 基本的な技術はちゃんと身についているみたいですし」
「そ、そうか?」
「はい。 というわけで、人見君、今度家で何か作ってみたらどうですか? ほら、いつも桃子さんに作ってもらっているんですよね? そのお礼に!」
「はぁ……」
なるほど、やっと話が見えてきた。 料理を教えたんだから、どんどん積極的に料理作ってみなよということか。
それで、手始めに毎日食事の用意をしてくれている桃子への感謝の気持ちを込めて何かを作ってみたらどうだいと五木は言いたいわけだ。 ……たぶん。
「言われてみれば、せっかく五木に料理を教えてもらっていたのに、桃子が料理担当だからって家では何も作ろうとしていなかったな」
「それじゃもったいないですよ! ほら、桃子さんの好きな食べ物でも作ってあげたらどうです? もしそれが成功したら、人見君は合格ということで」
「合格って、何が合格なんだ……?」
「もうわたしが人見君に教えることはないってことですよ!」
「さっき免許皆伝って言わなかったか?」
「こ、言葉の綾ってやつです……」
「……まあ、いいか。 確かに五木の言う通りだな。 今度作ってみるとするよ」
「絶対ですよ!」
桃子に料理を、か……。
桃子の好きな食べ物って言っても色々あるだろうし、何を作ればいいのやらだな。
でも、これは良い機会かもしれない。 桃子が喜んでくれるかどうかはわからないけど、やってみる価値はある。
「ああ、もちろん。 ……それにしても、何で五木がそんなに張り切ってるんだ?」
「だって、素敵じゃないですか。 そういう、感動的イベント! 上手くいったら、後で詳しく聞かせてくださいね!」
そんな、五木が期待するようなことになるのだろうか。 わからん。
「わかったけど、五木、そういうのが好きなんだな……」
「はい、大好物です! 感動に飢えているんです、わたし」
まったく、眩しいほどに良い性格をしてやがる。 嫌味抜きで。




