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姉と弟

 

「……ああ、君ね。 また、遊びに来てたんだ」

「お邪魔してます……」

 

 祈里いのりさんは一瞬驚きはしたものの、俺の顔を覚えているようで、落ち着きを取り戻してくれた。 

 こんな深夜に叫ばれたらこっちも困るから、安心だ。

 

「ったく、勇人のやつ、またあたしに無断で……」

 

 勇人はやっぱり姉貴さんに何も言ってなかったのか。 

 てか、今まで俺の存在に気づいていなかったってことは、ずっと寝ていたのか……? 昼夜逆転生活中の身ということか。

 

「………………」

「………………」

 

 それにしても、何か気まずい。 祈里さんもトイレへ行くつもりだったのだろうか。 だったら、先を譲るべきか? 俺は一体、どうすりゃいいんだろう。

 

「あの、勇人のお姉さん」

「……………?」

 

 悩んだ挙句、何か話しかけようと思い至る。 が、何を話していいのかわからない。

 

「どうしたの? そういえば、勇人はまだ起きてる?」

「えっと……」

 

 そうだ、 勇人のことを話そう。 共通の話題というやつだ。 

 俺も、祈里さんも、勇人のことならたくさん話せるだろう。

 

「もう寝てますよ。 ところで、勇人って昔、何かあったんですかね?」

「……はぁ?」

 

 しまった。 我ながら、何てアバウトな質問。 こんな質問されたら、どう答えたらいいかわからないに決まってる。

 

「……勇人と、何かあったの?」

「………………?」

 

 と思いきや、祈里さんは真面目な顔で言葉を返してきた。

 

「……その様子だと、何かあったみたいね。 こんなところで立ち話するのもなんだし、こっちおいで」

 

 誘われるがまま、鎌桐家のリビングへと向かう。 まさか、勇人の姉貴さんと話をすることになるなんて。

 

「コーラとオレンジジュース、どっちがいい?」

「じゃ、じゃあ、コーラで……」

「氷は入れる?」

「お願いします……」

 

 何か申し訳ないなと思いながらも、遠慮せずに飲み物を用意してもらう。

 

「……何か、緊張しちゃってる?」

「いえ、そこまでは……」

 

 嘘です。 緊張してます。 年齢差がそこまであるわけでもないとはいえ、年上のお姉さんだ。 人見知りの俺にはきつい。 

 しかも、この前よりも露出の多い格好をしているので、目のやり場に困る……! 勇人のヤツ、随分とナイスバデーな姉をお持ちで……。

 

「そっか。 はい、コーラ」

「ありがとうございます……」

 

 冷たいコップを手に取り、コーラを飲む。 氷でキンキンに冷えたコーラが喉を通り抜ける。 

 この喉越し……。 真っ昼間の暑い時間帯に飲んだら、最高だろうな。

 

「何かごめんね。 あたしの早とちりかもしれないのに、いきなり……」

「いえ、そんなことは……。 勇人の過去について、ちょっと気になることがあるのは、ホントですから」

「勇人の過去、か……。 君はさ、勇人がこうやって家に泊めるくらいだし、勇人にとって本当に特別なんだと思うよ。 だからこそ、あたしも君に話さないとなって思うんだけど……」

 

……俺が勇人にとって特別? 勇人は別に、俺以外にもたくさんの友人がいるはずだ。 俺が特別ってわけでもないんじゃないかと思うが……。

 

「その前に、勇人の過去が気になるようになった、きっかけについて話してくれるかな? 簡単にでいいからさ」

「ああ、それはですね……」

 

 祈里さんの言うとおり、きっかけとなった公園での出来事を話す。 

 おっさんを見捨てる素振りを見せながら、結局は助けに行ったこと。 あくまで自分は助けに行ったんじゃないと言い張っていたこと。 それに、俺が勇人に抱いた印象も。

 

「……あいつ、やっぱりあのことを……」

 

 俺の話を聞き終えた勇人の姉は、どこか悲しげな表情を見せ、何かを思い出しているようだった。

 

「人見、啓人君……だっけ?」

「はい」

「勇人はね、小学生の頃のある出来事があってから、ちょっとしたトラウマに陥ってるのよ」

「小学生の頃の……?」

 

 小学生というと、今から五年以上前の話になるのか。

 

「正確に言えば、勇人が小学六年生の頃ね。 あいつ、今でもあんなんだけど、昔っから結構ヤンチャでね、いわゆるガキ大将みたいなポジションの子だったの」

「へぇ……」

 

 何となく、想像はできる。

 

「運動もできて、喧嘩も強くて、女子にもモテモテで、いつも面白いことを言ってクラスのムードメーカーとして輝いていて、それでいて優しいし、男子にも尊敬されていて、とにかく格好良くて」

「は、はぁ……」

「可愛いところも結構あるし、笑顔が素敵だし、寝顔も可愛いし、たまに見せてくれる真面目な顔も最高に格好良いし……! とにかく、そんな子だったの」

「そ、そうですか……」

 

 格好良いって二回言ったぞ、この姉……。

 

「でも、あの一件があってから、勇人は少し変わっちゃったのよ」

「その、あの一件というのは?」

「……勇人が小学六年生の頃にね、クラスにイジメられていた子がいたの」

「イジメ、ですか……」

 

 どんな世界でも、イジメは当たり前のように存在する。 そこに人がいる限り。

 

「それでね、当然勇人は、そのいじめられっ子を助けようと動いたわけ。 凄いでしょ? そんなこと、中々できることじゃないわ」

「……そうですね」

 

 何となくこの先が読めてきた。

 

「そして勇人は、イジメっ子を懲らしめてやって、もうイジメをしないと約束させたの。 これで、勇人のクラスから、イジメがなくなった」

「……わけではないんですよね?」

「……そうよ。 一見、無くなったかのように見えて、実のところ、勇人の見えないところで、更に酷いイジメが行われるようになっていたの。 お前、よくも勇人にチクりやがったな、って感じでね」

 

 よくある話といえば、よくある話だ。 

 一度悪事を働いた者皆が皆、罰を受けたからといって素直に改心するわけがない。 中には更なる憎悪と強い攻撃性を胸に秘め、獲物を待ち構えている者もいる。

 

「そのことに勇人が気づいた頃にはもう、そのいじめられっ子は……」

「………………!」

 

 まさか、その子は……。

 

「お父さんが転勤族だったこともあって、引っ越しちゃったのよ」

「………………」

 

 良かったとは言えないが、最悪の事態にはなっていなくて、安堵する。

 

「その後その子がどうなったのか、あたしも勇人も知らないんだけど、勇人はきっと、恐れているんだと思うの」

「恐れている、ですか……」

「そう。 だって、勇人が良かれと思ってした行為によって、余計イジメが酷くなっちゃたのよ? そのいじめられっ子が、勇人のことを恨んでいるんじゃないかって思ってるんじゃないかしら?」

 

 それは十分にありえる。 だからこそ、勇人は今、人を救いたいと思いながらも、不器用な人の救い方しか出来なくなっているんだ。 

 下手に救おうとして、更に悲劇を生むよりは、関与しないほうが良い。 そんな思いが誰かを助けたいという思いの邪魔をしているに違いない。

 

「……これはあくまで俺の勝手な想像なんですけど、そのいじめられっ子、たぶん勇人のこと、恨んでいないと思いますよ」

「……奇遇ね。 あたしもそう思っているわ。 でも、あたしと君がいくらそう思っていたところで、勇人がそう思わない限り、勇人は救われない」

「そうですね……」

 

 コーラを飲み干し、コップの中の溶けかけの氷を見る。 

 勇人が救われるには、どうすればいいのだろう。 勇人が抱え込んでいるものは、この氷のように時間の経過によって消えてなくなるわけではない。

 

「あ……、こんな話をしたからって、君に何かしろってわけじゃないのよ。 ただ――」

 

 その声音には、どこか切実な思いが込められているような気がした。

 

「これからも勇人の友達で居続けてやってね。 あいつ、ああ見えても結構寂しがりやだから……」

 

 そんな声音で、わざわざ言われるまでもないことを、祈里さんは言ってきた。

 

「もちろんですよ」

 

 そして俺は、答えるまでもないことを答えた。 むしろ、こっちから頼みたいくらいのことだ。

 

「なら、良かった」

 

 と言って、祈里さんは笑みを浮かべる。 

 

……その時の祈里さんの表情を、俺は一生忘れないだろう。 弟の為に、ここまで想ってくれる姉がいるなんて。 勇人のやつ、幸せ者じゃないか。

 

 それから俺はリビングを後にし、トイレを済ませた後、勇人の部屋へ戻った。 

 勇人の姉はこれから活動するらしく、食料品を持って自分の部屋へと消えていってしまった。

 

「……まだ寝てるか」

 

 勇人がもし起きていたら、ゲームでも再開しようかと思っていたが、この様子だと朝まで起きそうにない。

 

「………………」

 

 いくら夏とはいえ、このまま何もかけずに寝ると、風邪でもひきそうだ。 勝手に使うのも悪いが、許可を取るために勇人を起こすわけにもいかない。

 

「……これでいいか」

 

 テキトーに目に入ったタオルケットらしきものを二枚使うことにする。 一枚は勇人の上にかけ、もう一枚は俺が使用。

 

 部屋を暗くする。 

 横になればすぐ眠れるだろうと思っていたが、中々寝付けない。 つい、色々なことを考えてしまうからだ。

 徹夜でゲームをし、明日も遊ぶくらいの体力がないわけじゃないが、睡眠をちゃんと取っておくに越したことはない。 どうにかして、眠ろう。

 

「………………」

 

 そうだ。 こんな時は羊の数を数えるのがいいと聞いたことがある。 正直わけがわからない迷信だが、試してみるのも悪くない。

 

「…………あれ?」

 

 だが待てよ。 羊を数える時の単位って、匹と頭のどっちが正しいんだ? 普通に考えれば匹だけど、本当に匹でいいのか? そもそも、匹と頭ってどう使い分けているんだ……?

 

「………………はっ!?」

 

 余計、眠れなくなっただけだった。

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