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不器用な救い方

 

 俺から見た普段の勇人は、少しだらしないところこそあるが、他人を傷つけるような言動はしないし、誰とでもフレンドリーに接しようとする、そんな男子生徒だ。

 見た目は不良っぽいけど、学校ではクラスメイトはもちろん教師に対しても敵意や悪意を向けたりはしない。

 家でも特に態度が激変するわけでもなく、姉と仲良く喧嘩している弟といった感じだった。

 

 そんな勇人が、今俺に見せている表情。 それは、あまりにも冷たく、敵意に満ちた表情だった。

 

「……ああ、あれはオヤジ狩りみてーだな。 巻き込まれる前に、さっさと行こうぜ」

「……え?」

 

 口を開いたかと思えば……。

 何だよ、それ。 勇人のやつ、今、なんて……?

 

「……あのおっさんを、助けないのか?」

「助ける必要なんてねーだろ?」


 耳を疑った。 まさか、勇人がそんなことを言うだなんて。

 

「……本気で言ってるのかよ」

「何だ? 納得できねーのか? よく考えても見ろよ。 俺たちがコンビニへ行く用事がなかったら、ここを通りかかることもなかったんだぜ?」

「だから何だよ。 こうやって目にしたからには、何とかしようと思わないのか?」

 

 呆れたように息を吐き、俺の目を見て、

 

「あのな、人見は俺に、何ができると思ってるんだよ」

 

 と言い放つ勇人。

 

「何って……」

「あの不良三人と喧嘩をしろって言うんじゃねーよな。 俺、そこまで喧嘩強くねーぞ」

「それは……」

「それとも、警察に通報でもしろってか? 俺はしないぞ。 警察を呼んでもっと酷いことになっても責任取れねーし、何より面倒くさいからな」

「………………」

 

 何も言い返せなかった。 それはただ、言い返す言葉が思い浮かばなかったというよりは、勇人に対し失望していたからなのかもしれない。

 

「この際ハッキリ言っておくけどよ、俺はお前が思っているほど凄いやつじゃないんだぜ? 俺は俺にできることをしっかりやる。 お前もお前にできることをしっかりやればいいんだよ。 そうすれば、誰か一人が大きな負担を強いられることもねーだろ?」

「………………?」

 

 何を言っているのか、よくわからない。 

 

「…………勇人!?」

 

 そして、もっとよくわからないことが起きた。 

 勇人が、弁当の入ったコンビニ袋を近くの木に引っ掛けたかと思えば、不良たちのところへ向かって歩み出ていったのだ。

 

「ん? なんだお前」

「おっさんの知り合い……ってわけじゃなさそうだな」

 

 不良たちは突如現れた勇人に対して警戒心を露わにする。

 

「俺も混ぜて欲しいんだけどよ、ダメか?」

「は? 何言ってんだ、こいつ」

 

 ここは不良に同意せざるを得ない。 勇人、お前は何を言っているんだ……。

 

「混ぜて欲しいって言うならよ、そのおっさんを半殺しにでもしてみせろよ。 そしたら混ぜてやるよ」

「半殺しだからな。 間違えて殺すなよ?」

「おう、わかったぜ」

 

 いや、わかるなよ。

 

「じょ、冗談だろ……。 た、頼む! やめてくれ!」

「悪いな、おっさん。 俺もオヤジ狩り、してみたくてよ」

 

 そう言って勇人は、おっさんの胸ぐらをつかみ、拳を振り上げ、

 

「ごブッ――!?」

 

 たかと思えば、すぐにおっさんを突き放し、背後にいた一人の不良目掛けて、後ろ蹴りをぶちかました。

 

「て、てめえ……!」

「わりーな、脚が滑った」

 

 突然攻撃を仕掛けてきた勇人に向けて、強い怒気を放つ不良たち。

 

「……マジで殺すぞ? おい――!!」

「それはおっかねえな……っと!」

 

 拳を握りしめ、勇人に殴り掛かろうとする不良。 

 もちろん、俺から見ればあまりにも非力で相手にすらならない連中だが、勇人にとっては別なはずだ。 

 

 しかし――

 

「ッ――!?」

 

 不良たちの攻撃はものの見事に躱され、

 

「ぐぅッ――!!」

 

 隙だらけになったところを、勇人に反撃される。 

 勇人のやつ、何がそこまで喧嘩は強くない、だ。 十分強いじゃねーか……!

 

「……まだ続けんのか?」

「てめえ……!」

 

 余裕の表情を見せる勇人とは対照的に、切羽詰まった様子を見せ始める不良たち。 

 三人がかりだというのに、たった一人の高校生にここまでされ、プライドもズタボロに傷ついていることだろう。

 

「これ以上、調子に乗るんじゃねえぞ……!」

 

 一人の不良がポケットに手を突っ込み、銀色に光る何かを取り出した。 あれは……。

 

「………………!」

 

 刃物だ。 折りたたみ式であることから、バタフライナイフだと思われる。 普段からファッション感覚で持ち歩いていたということか。

 

「はははは! めった刺しにしてやる!」

 

 バタフライナイフの切っ先が勇人に向けられる。 あの不良は本気で勇人を刺すつもりだ。 

 いくら勇人が強く、あのバタフライナイフの機能性が低いとしても、下手をすれば病院送りだ。

 

「――勇人!」

 

 駆ける。 不良たちが俺の存在を認識する。 考えるのは後だ。 とにかく、勇人が怪我をする前に俺が……!

 

「何だてめえ? こいつの仲間か?」

 

 鋭い眼光で睨みつけてくる不良たち。 いくら戦闘能力において俺よりも格下だからといって、怖くないわけがない。

 

「邪魔するとてめえもぶっ刺すぞ?」

 

 俺は今、感情的になっている。 感情的になっているから、手加減ができないかもしれない。 

 けれど、いくらこの不良たちが救いようのないクソ野郎だったとしても、ぶっ殺してしまうわけにはいかない。 だったら――。

 

「刺してみろよ。 お前に俺を刺すことはできない」

「……は? こいつ、頭おかしいんじゃねえのか! ははははは!」

 

 耳障りなあざ笑い。 

 

「……は……?」

 

 その一瞬の隙を見て、不良が手に持っていたバタフライナイフを掠め取る。 

 不良はナイフをしっかりと握っていなかった為、あっさりと奪うことに成功する。

 

「こ、こいつ……!」

「近くで見れば見るほど、ちゃっちいナイフじゃないか」

 

 と言って、奪い取ったバタフライナイフを握力で破壊する。

 

「はぁ……!?」

 

 他に凶器を隠し持っている可能性もあるが、これでだいぶ安全になった。

 

「な、何なんだよこいつら……」

 

 わかりやすく怯え始める不良たち。 さっきまでの威勢の良さはどこへ行ったのやら。 ただ呆然と立ち尽くしている。 

 

 さて、俺たちはこれからどうすればいいのだろうか。 

 今この不良たちを追い払ったところで、また悪さをしないとも言い切れない。 報復を考えないとも思えない。

 

「あー、やべー。 久々に運動したからよ、脇腹が痛くなってきたわ」

「……え?」

 

 勇人がいきなり腹痛をアピールし始める。 一体、何のつもりだろうか。

 

「いててて……。 こりゃマジでいてーわ。 人見、早く帰ろうぜ?」

「か、帰るって……」

 

 これからどうするのかというところで帰るのか。 まだおっさんだって……。

 

「……あれ?」

 

 おっさんの姿が見当たらない。 どうやら勇人が喧嘩をしている間に、おっさんは逃げていたようだ。



 

 結局、俺たちはこのまま家へ帰ることになった。 不良たちも、追いかけてくる気配はない。 勝算がないと理解したようだ。

 

「……おい、勇人」

 

 公園を離れてから少し歩いたところで、聞いてみる。

 

「何だ? そんなわけわかんねーと言いたげな顔してよ」

 

 俺は今、そんな顔になっているのか。 でもまあ、そんな顔になっても当然だ。

 

「何であのおっさんを見捨てるようなことを言っておきながら、助けに行ったんだ?」

「何言ってんだ? 俺はオヤジ狩りをしようとしてただけだぜ? ちょいと脚が滑って、あの三人と喧嘩するハメになっちまったけどよ」

 

 この期に及んでまだそんなことを言うのか……。 

 だが、そんなことを言う奴だからこそ俺は、勇人を気に入っているのかもしれない。

 

「……なーにニヤついてんだよ、お前」

「ニヤついてなんかないよ」

「いや、どう見てもニヤついてるようにしか見えないぜ?」

「気のせいだろ」

 

 自分の顔は、鏡などがなければ見ることはできない。 俺がニヤついているかなんてことは、俺には確認しようがなかった。



 

「さて、飯でも食うか」

 

 勇人の家に戻り、さっそくコンビニで買った弁当を食べることに。 予定よりもだいぶ遅めの晩御飯となってしまったが、空腹は最高のなんとやらだ。

 

「それにしても人見、お前って結構危ないやつだよな」

「ん……?」

 

 弁当を食べ終わり、ストレートティーをゴクゴク飲んでいるところでそんなことを言われたので、咳き込みそうになる。

 

「……危ないやつって、勇人に言われたくはないぞ?」

「何言ってんだ。 俺はこう見えても安全な男だぜ?」

 

……どこをどう見れば安全なんだよ。

 

「もし俺がよ、あのまま公園から帰らなかったら、人見はどうするつもりだったんだよ?」

「どうするって……」

 

――どうしていたのだろう。 

 

 うまく力加減をし、あいつらを痛めつける? 

……そんなことをしても、強い憎しみを与えるだけだ。 後が怖い。

 

 傷つけずに、近くの物でも派手に壊して、恐怖させるか? 

……それもダメだ。 恐怖が人を支配するのに有効だとしても、あのたぐいの輩は自分たちよりも弱い者にその手法を取り続けるだけだ。

 

……そうか。 俺にあいつらを一時的に追い払うことが可能でも、根本的な解決は不可能だったのか。 それどころか、余計に事態を悪化させる可能性すらあったというわけだ。

 

「……あれで、良かったのか」

 

 つまり勇人は、おっさんが無事あの場から逃げることに成功した時点で、それ以上あの不良たちと戦う気などなかったわけだ。 

 だから、あんな芝居じみたことをして、あの場から立ち去るという選択をしたのか。 それが勇人の考える、一番事を荒立てない方法だったというわけだ。

 

「そ。 やっとわかったか? 俺はオヤジ狩りに乱入した、よくわからない奴。 それでいいんだよ。 あのおっさんを救う正義の味方になるつもりも、あの不良たちに罰を与えて改心させるつもりもねえ」

「でもやっぱり、警察に通報くらいはしたほうが良かったんじゃないか?」

「それはあのおっさんがやることだ。 幸い、そこまで酷い怪我ってわけでもなさそーだし、大丈夫だろ」

「そうか……」

 

 半分くらい納得できない部分もあるが、俺はこれ以上この話を掘り下げることをやめた。

 

 それにしても、勇人が俺に見せた、あの冷たい表情……。 

 俺は、勇人のことを知っているようで、知らない。 

 勇人は確かに良いヤツだとは思うが、俺が思っているほど勇人も単純に良いヤツというわけではない。 そんな印象を抱いてしまった。

 

「さて、そろそろゲームの続きでもしようぜ? 次は人見の番だっけか?」

「そうだな。 じゃあ……」

 

 何より俺には、勇人があのような助け方を望んでやっているようには見えない。 助けたからには、助けられた人に感謝されるべきだとも思う。

 もしかすると勇人は、他者と深く関与することを怖がっているんじゃないのか。 それでいて、困っている人や辛そうな人にすぐ気づき、助けてやりたいと思う正義感を捨てられずにいるんじゃないのか。 

 

……だとすれば、勇人自身だってきっと辛いに違いない。 あんな、不器用な人の救い方を続けていて、勇人の心は傷つかないのか?

 

『うつだしのう! 死ぬなーーーーっ!!』

 

 ゲームを再開し、数時間後。 そろそろ日付が変わるという時間帯。 本日は熱帯夜なんてことはなく、過ごしやすい夏の深夜だ。

 

『うつだしのう……。 そんな……。 本当に、死んじゃったの?』

「マジかよ……」

 

 俺はこのまま、徹夜コースでゲームをクリアさせてみせようと奮闘中だったわけだが、驚くべきことに、主人公が死ぬというイベントが発生してしまった。

 

「おい勇人、主人公が死んじまったぞ……!?」

 

 途中で主人公を蘇生させるイベントでもあるのだろうか。 主人公ばかり育てていた俺と勇人にとって、これは痛い。

 

「勇人……?」

 

 返事がない。 そういえば、さっきから勇人は何も喋ってない。 まさか……。


「ぐぅ……」

「……寝やがったな」

 

 振り向くとそこには、マヌケな顔で寝ている勇人の姿があった。

 

「こいつ……!」

 

 徹夜でゲームでもするかと誘っておきながら、この始末。 顔に落書きでもしてやろうかと思うが、ちょうどいいペンが見当たらないので、やめておく。

 

「……まあ、いっか」

 

 俺もキリのいいところまで進めたら、寝よう。 徹夜は体に良くないしな。

 

『まさか、このオレ様が……! グフッ!』

「ふぅ……」

 

 敵の大幹部を倒し、ストーリーも終盤に突入したところで、ゲームを一時中断することに。

 

「………………っ!」

 

 大幹部をやっとの思いで倒してほっとしたからか、急に尿意が……。 寝る前に、トイレへ行ってこよう。

 

 というわけで、部屋を出てトイレへ向かおうとしたわけだが――。

 

「……え?」

「げっ!?」

 

 トイレへ向かう途中、勇人の姉――鎌桐祈里かまきりいのりにバッタリ遭遇してしまった。

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