イタズラ電話
「……間違い電話みたいですね。 では」
『待て。 大事な話があるのだよ』
このまま電話を切っても良かったが、大事な話と言われると、気になる。
「大事な話……?」
『そうだ。 これだけは聞いておかなければならないのだよ』
俺に聞いておかなければならない事。 一体、何だろうか。
「……何だ?」
『それはだな、端的に言うと……』
第二世界の事か? 魔人や魔物についての事か? それとも――
『桃子に手を出してはいないだろうな?』
「………………」
少し緊張していた俺が馬鹿みたいだった。
『手を出すという表現がわかりにくいのならもっとストレートに聞いてもいいが、君は……』
「いや、わかる。 わかるから言わなくていい!」
『そうか。 で、どうなのだ?』
「どうなのかって……。 手を出すわけないだろ。 その辺りについては信用してくれ」
『……何だと? 人見啓人、君はそれでも男か? 我が娘に魅力がないと?』
どう答えりゃ正解だったんだよ……。
「……わかった。 俺が悪かったから、もう切っていいか」
『待ちたまえ。 大事な話というのはまだ終わっていない』
「……もし大事な話じゃなかったら今度こそ切るからな」
『ああ、いいだろう』
俺の穏やかな読書タイム(といっても読んでいる本は漫画だが)をこれ以上邪魔されるのも困る。
話の内容によってはすぐ電話を切ろう。 今度こそ非通知拒否設定にして。
「で、大事な話とは?」
『それはだな、私がこの前君に話した能力者についての話を鬼山たちにしていないかという事だ』
「鬼山さんたちに……? もちろんしていないけど……」
魔人や魔物、第二世界についての話こそしたが、能力者についてはノータッチだ。
『そうか。 ならば安心だ』
「……やっぱり、能力者や第二世界が能力者によって創られたって話は魔術会にとって最重要機密なのか?」
『さて、どうだろうな。 別に、何が何でも隠しておかなければならない事実というわけでもあるまいが、教える必要もないのでな』
どうにも煮え切らない答えだ。 そもそも、気になることがある。
「……鬼山さんは第二世界について知っていた。 第二世界の存在は、魔術会の魔術師はみんな知っているのか?」
『いや、知らない。 鬼山は特別だ。 だから今回、君と桃子の協力者として派遣した。 彼になら、魔人である君と接触しても問題はないと私が判断したのだよ』
鬼山さんが特別……? 一体、鬼山さんは魔術会にとってどういう立ち位置なんだろうか。
「じゃあ、蕭条さんは? あの人も鬼山さんと同様、元々色んな情報を知っているのか?」
『蕭条八重か。 彼女の事に関しては鬼山に任せているからな。 私にはわからんよ』
鬼山さんに任せている……? 年齢的に鬼山さんの方が面倒を見る側になるとはいえ、どこか引っかかる言い方だ。
「わからないって、もし蕭条さんが鬼山さんから得た情報を他の魔術師にも言いふらしたら、あんたにとって面倒な事になるんじゃないのか?」
『確かに面倒な事になるかもしれん。 が、その時はその時だ』
「……知りすぎたヤツを処分でもするのか?」
『まさか、そんな物騒な事をするわけないだろう。 君は私を何だと思っているのかね? そもそも、魔術会の魔術師を一人失うだけでも困るのに、貴重な人員を減らすような手を打つわけがなかろう』
「………………」
いまいち、魔術会がよくわからなくなってきた。
家守恭介は、魔術師たちに必要以上の情報は教えようとしない。
やはり、第二世界の存在やら能力について知られると、家守恭介にとって不都合が生じるのだろう。 情報は武器だ。 そして、情報を隠す事自体が時に見えない力を与えることになる。
家守恭介とその娘である桃子の場合。
桃子は、父親である家守恭介に何らかの強力な手があるとずっと考えていた。 それは、恭介が知っていて桃子が知らない情報がたくさんあったからこそ生まれた疑惑だ。
実際の戦力では恭介より桃子の方が強くても、恭介が手の内を見せていない以上、桃子は恭介の実力を把握することができない。 一方、桃子の実力は恭介によく知られている。
持っている情報量の差。 この差が、プレッシャーを生み出していたというわけだ。
蓋を開けてみればただ特殊な能力を持っていただけで、そこまで強くはなかった恭介。 能力を隠し続ける事で、桃子がそう簡単に反逆できないよう圧力を与え続けていた。
まるで、対立関係にある二つの強国が、互いの兵器についての情報を知らないが故に、必要以上に相手国の兵器に脅威するのに似ている。
軍備拡張の理由に使われ、いざ相手国の兵器の情報を知り得た時にはこんなに警戒する必要なかったねというオチで終わる。 まさに、今回の家守恭介と桃子のように。
だから、魔術会会長である家守恭介が必要以上に情報を与えないのはわかる。 情報を独占している事自体が家守恭介にとって強みになるからだ。
それだけに、鬼山さんについてはどうも引っかかる。 蕭条さんの扱いについてもだ。 他魔術師とは違い、鬼山さんは元々ある程度の情報を持っている。
鬼山さんがそれらの情報を持っている理由は……? 鬼山さんは、家守恭介とどのような関係なのだろうか。 歳はそれなりに離れている。 美濃川さんのように、昔からの付き合いというようには見えないが、もしや……。
「……随分と、あの二人は信用されているみたいだな」
『そうだな、鬼山は魔術会の中でも信用度は高い』
「だったらさ、能力者の事や、第二世界がどうやって創られたかって話も教えていいんじゃないのか?」
『おや……? どうやら私と君との間でとある認識に対する齟齬があるようだな』
「………………?」
齟齬……? 俺が何か勘違いしているとでも言うのだろうか。
『まあ、いい。 君がどうしても能力者について鬼山たちに教えたいというのなら、私は止めんよ。 いや、止めたくても止められないだろう? この通り、私は電話くらいしかできない』
「…………そうみたいだな」
『だが、オススメはしない、とだけ言っておこう。 私自身は特に困るわけではあるまいが、鬼山が困るかもしれないのでな』
「……? どういう、意味だ?」
『さて、どういう意味だろうな。 勝手に考えておいてくれたまえ』
どうやらこれ以上質問に答えてくれるつもりはないらしい。
「勝手にって……! そういえば、以前も非通知で電話がかかってきたことがあるんだけど、あの時の電話もあんただったのか?」
『ほう? そういえば、以前も電話をしたな。 あの時、君は出てくれなかったが』
やはり、あの夜の電話も家守恭介がしていたのか。
「あの時は色々あって出られなかったんだ。 てか、何で非通知で電話してくるんだよ……」
『そちらから電話をかけられるのは面倒だからな』
こいつ……! もう、非通知は拒否しよう。 決定。
「あの時は何の用だったんだ? 俺はてっきりイタズラ電話だと思ってたんだぞ」
『あの時は、ふと君の近況について知りたくてな。 暇つぶしに電話をかけただけだ』
「………………」
イタズラ電話みたいなものだった。
『そうだな、せっかくの機会だ。 あの時聞こうと思っていた事を今聞こうではないか。 人見啓人、君は桃子の――』
通話を切る。 そして、設定をいじり非通知を着信拒否できるようにしておく。
「さて、読書を続けるか」
明日から夏休みだ。 有意義な時間を過ごさなければ。




