隣の桃子
シャワーを浴びてから昼食にしようと思ったが、
「……シャワーを浴びるのは、昼飯の後でいいか」
俺は、空腹に弱い。 こんなお腹が減った状態でシャワーを浴びるのは、何だか嫌だった。
「確か、冷凍チャーハンがあったような……」
今のようにいち早く何かを食べたい時は、インスタント食品や冷凍食品がとても便利だ。
何せ、冷凍食品は電子レンジに突っ込んでチーンと鳴るのを待つだけ。 楽ちんすぎる。
「さてと……」
加熱が終わるまで、冷蔵庫にあったヨーグルトでも食べて待っていよう。
こんな暑い日には、ひんやりと冷えたヨーグルトがとても美味しく感じる。
「そろそろかな」
チーン! と音が鳴る。
「よっと……」
どうやら加熱が終わったようだ。 立ち上がり、チャーハンを取りに行く。
「あちち……」
器の熱さに耐え、チャーハンをテーブルの方へ運ぶ。
飲み物も用意し、昼のニュースでも観ながら食べることにする。
「……ただいま」
「お?」
ちょうど、昼食を終えたタイミングで、桃子が家に帰ってくる。
玄関へ行って桃子の姿を見てみると、スーパーのレジ袋を片手に提げていることから、やはり買い物へ行っていたようだ。
「おかえり。 買い物行ってたんだ?」
日差しの強いこの時間帯に外を歩いていたから当然ではあるが、桃子は額に汗をかいていた。 それなのに、相変わらず涼しげな表情をしている。
「うん。 ……二人は?」
靴の数から、蕭条さんと鬼山さんがいないことに気づく桃子。 帰り道、二人と出会わなかったということか。
「二人は外へ行ったよ。 最近この辺りにできたスリランカカレーの店で昼食だとさ」
「そっか」
「荷物、運ぼうか?」
「ううん、大丈夫」
そう言って台所の方へ向かい、レジ袋の中身を冷蔵庫などに移し始める桃子。 テキパキと、無駄がない動きだ。
……下手に手伝おうとして邪魔するわけにはいかないな。
リビングに戻り、ソファに座り込む。
あと少し休憩をしたらシャワーを浴びようかと思っていたが、桃子もこれからシャワーを浴びるだろうし、汗もすっかり乾いていたので、生理的不快感もだいぶ薄れている。
このまま、夕飯前までシャワーを浴びなくてもいい気がしてきたぞ。
「……………………」
リビングに桃子が入って来る。 キョロキョロと部屋を見渡したかと思えば、
「あの二人、あとどれくらいで帰ってくるか、わかる?」
と聞いてきた。
「……どうだろうな。 わからない」
「そっか」
と言って、何をするのかと思えば、
「………………!?」
桃子は俺の隣にちょこんと座り始めた。
「……ど、どうしたの?」
「どうもしないよ」
どうもしないわけがない。
「……近くないか?」
「そうでもないよ」
そう言って、更に身を寄せてくる。 桃子の匂いが、ふんわりと漂ってくる。
「……シャワー、浴びてこないの?」
「後少ししたらね。 ……もしかして、汗臭い?」
「いや、そんなことはないけど……」
少なくとも、臭いなんてことはない。
「……そっか。 啓人もまだ、シャワー浴びてないんだ」
まだ俺が制服姿であることから、シャワーを浴びていないことに気づく桃子。
「そうだよ。 お風呂に入るとしても、夕方頃にする予定だから、桃子は今から入って来なよ」
何せ、この家の住人は四人になったのだ。 残念ながら風呂場は一つしかないので、入りたい時に入れるのならば、入っておいた方がいい。
「……どうせなら、啓人も一緒に入る?」
うん、俺の話をちゃんと聞いていないようだ。
……そういえば、以前も同じような誘いを受けたな。 その時は、普通にお断りしたんだっけか。
だったら……。
「そうだな。 一緒に入るか」
「…………へっ?」
今回は違う回答をしてみよう。
「……本当に?」
「ああ。 誰かと背中を流しあうのもいいかなと」
「……あの二人、そろそろ帰ってくるんじゃないの?」
「別に、堂々としていれば平気だろ」
「……本気なの?」
「本気も何も、誘ってきたのは桃子だろ?」
「………………」
「………………」
冷房の効いた室内だというのに、顔を赤らめ、俯いたまま無言になる桃子。
しばらくしてから、
「………………なしで」
「え?」
「……やっぱ、なしで……」
と蚊の鳴くような声で言った。
知ってた。 桃子が実はこういう場面でヘタレだってこと。
「冗談だって、冗談。 桃子だって冗談で言ってたんだろ?」
「う、うん……。 そう、だよ……?」
……これは、途中まで本気だったな。
「……それで、いつまでここに座ってるんだ?」
「いつまでだろ」
いくら俺が理性を保つことに慣れているとはいえ、この状況が続くのはマズい……!
俺にだって、我慢の限界はある。 それに、桃子にこんなに近づかれて、何だか頭がクラクラして……。 こういうのは何か、久しぶりだから余計に。
というのも、蕭条さんと鬼山さんの二人が来てから、桃子は俺に対する態度を少し変えていたりする。
恐らく、二人の目を気にしているのだろう。 魔術会会長の娘という立場もある。 俺と桃子の二人っきりだった時とは状況が違うのだから、仕方ない。
けれど今、俺と桃子は二人きり。
二人きりになった途端、これだ。 桃子から、構って欲しいオーラがギラギラと伝わってくる。 蕭条さんたち二人がいる時はどこか素っ気ないのに、これは……。
「ただいまー♪」
蕭条さんの声。 どうやら二人が帰ってきたようだ。
「………………!! わたし、シャワー浴びてくるね……」
二人の声が聞こえるや否や立ち上がり、風呂場の方へと向かう桃子。 どうやらシャワーを浴びに行くらしい。
……危なかった。 これ以上あの状況が続いていたら、どうなっていたことやら。
「暑かった……。 死ぬかと思ったぞ」
二人がリビングへ入って来る。 満足そうな顔をしている蕭条さんと、やっと涼しい空間に戻ってこられたという安堵の表情を浮かべる鬼山さん。
「カレー、どうだった?」
蕭条さんのテンションの高さから察するに、どうだったと聞くまでもないことだが、一応聞いてみる。
「とても美味しかったよ! 普段の食事には馴染みのない風味が凄く新鮮だったし、結構辛かったけど、それがまた良くって!」
「……確かに美味かったが、次頼むのなら、俺は甘口にする……」
鬼山さんは辛いのが苦手なのだろうか。 それとも蕭条さんが辛いのに強すぎるのだろうか。 どちらにせよ、俺も今度行ってみよう。
それからは、夕方まで部屋に篭って読書をすること。 読書といっても、読んでいる本は漫画だったりするのだが。 ……漫画は読書に入りますか?
そんな読書の最中、
『ピロピロピロピロピロピロピロピロ!』
「うわぁ!?」
俺のスマホから着信音が鳴り響く。
「……誰からだ?」
見てみると、表示された名前は非通知だった。
これは、まさか……。
「……前に非通知で電話をかけてきた奴と同じか?」
六月上旬頃。 深夜の運動公園を散歩している途中、非通知設定でかかってきた謎の電話。
結局あれから非通知で電話がかかってくることはなかったが、今日になってまた電話を……?
「よし、アニソンでも流すか」
相手は非通知だ。 イタズラ電話に違いない。 以前桃子から教えてもらった対処法を実践するのもいいだろう。
『○×△□~~~~~~♪』
アニソンを大音量で流してみる。 それもとびきり電波な曲を。 これならどんな相手もイチコロだろう。
「………………」
しかし、相手は中々通話を切ってくれないようだ。 このままでは曲が終わってしまう。
……少々怖いが、ちょっと話しかけてみるか? このままアニソンを流し続けていたら俺が洗脳されてしまいそうだ。
「……もしもし?」
曲の再生を止め、恐る恐る電話に出る。 すると、
『中々良い曲ではないか』
と、通話相手の声が聞こえてきた。
……いや、待て。 この声って、まさか……。
『――私だ。 人見啓人、君も中々変わった音楽のセンスをしているようだな』
家守恭介――。
声の主は、あまり会話したくない人物だった。




