魔物
「――来るぞ!」
戦闘態勢へと移行し、唸り声をあげていた魔物たちが、同時に動き出す。
狼や獅子は群れで狩りをすると言うけれど、この魔物たちも群れで狩りをするかのように、わたしと鬼山さんを数の優位でうまく取り囲んでいる。
わたしたちは、優秀な防御の手段を持たない。 あまりにも無防備だ。
そんな無防備なわたしたちに、全身凶器の魔物が襲いかかってきたらひとたまりもないだろう。
だからこそ、少しでも敵の攻撃回数を減らせるよう、全ての魔物の動きをきちんと把握し、こちらの攻撃により魔物の動きを牽制することが必要だ。 攻撃は最大の防御なり。
鬼山さんの雷属性魔術は範囲が広く、威力も弱いわけではないので、魔物を自由に動けなくするにはちょうど良い。
「くっ……!」
だが、魔物たちもこちらの思い通りにはなろうとはしない。
電撃を掻い潜り、鬼山さんを噛み殺そうと跳躍する。
「鬼山さん!」
緊張からうまく動けない上、思考も鈍っているが、それでも自分の生命が脅かされているとなると、体が勝手に動き出す。
わたしは掌に青い電撃球を形成する。 そしてそれを、魔物に向けて解き放つ――!
『ギュラァァァア!!』
狙いが良かったのか、魔物は勢い良く真正面から電撃球に衝突する。
わたしの攻撃魔術を食らった魔物は、叫び声を上げながら倒れ込む。
「ナイスだ蕭条。 だが……」
一体を倒したところで魔物たちの動きは止まらず、わたしたちの死角へ回りこんで確実に仕留められるタイミングを狙っている。
内二体の魔物は積極的に攻撃を仕掛けてくる。
おそらく、この群れでそのような役割を負うことになっているのだろう。
厄介な行動だ。 狙いを定めた一撃でなくとも、こちらにとっては脅威になる。
「危ないっ!」
またしても、魔物は鬼山さんに対して攻撃する。 鬼山さんは跳ね跳び、必死に攻撃を回避する。
魔物たちの行動を見るに、どうやら鬼山さんが優先的に狙われているようだ。
しかし、わたしも鬼山さんもただ魔術が使えるだけではない。 攻撃に向いている魔術が使えることから、これまでに戦闘訓練を何度もこなしてきたのだ。
その訓練で鍛えたフットワークが無防備なわたしたちの生存率を上げている。
「結構、疲れるな……」
「そう、ですね……」
息を荒くしながら鬼山さんと会話する。
魔物の動きを確認し、回避と攻撃。 この繰り返し。
体力的にも、筋力的にも魔物が上だろう。
よって、このまま同じような内容の戦闘を続ければ、わたしたちの負けになること必至。
負けるわけにはいかないわたしたちは、魔物たちに勝る連携力を持って、確実に一体一体仕留めていく必要がある。
「……右です!」
鬼山さんが素早く敵の攻撃に対応できるよう、攻撃してきそうな敵の位置を口で伝える。
眼鏡の男が言葉で命令していたから、てっきり魔物には人間の言葉がわかるのではないかと思っていたけれど、どうやら魔物たちはわたしたちの言葉を理解していないようだ。 これは都合が良い。
互いに死角を補い合うことで、魔物の攻撃をうまく回避することができる且つ、攻撃魔術によるサポートを適切な場所に向けて発動することができる。
ちなみにわたしたちは、互いの攻撃による被害を受けにくい。
それは、わたしも鬼山さんと同様、雷属性の魔術を得意とすることに関係している。
なぜなら、各属性の攻撃魔術を使用する魔術師は、基本的にその属性の耐性魔術も習得しているからだ。 自身の魔術によるダメージを受けないようにする為である。
だから、わたしも鬼山さんも雷属性耐性魔術を使用している。
同じ耐性魔術でも、九割以上ダメージを軽減するほど耐性の高さを誇るものから、一割くらいしかダメージを軽減できないものもあるのだが、わたしたちは二人とも雷属性によるダメージを七割ほどは軽減できる。
「ちょっ……!」
わたしに向けて、思いっきり電撃を放つ鬼山さん。 もちろん正確には直撃しないよう頭上を狙ってくれてはいるが。
「危ないところだったな」
鬼山さんの攻撃は、わたしの背後から攻撃を仕掛けようとしていた魔物に直撃。 倒れ込む魔物。
「……助かりましたけどっ! いくら耐性魔術があるからって、真正面から喰らえばただじゃすまないんですからね!」
わたしは、倒れこんだ魔物にトドメを刺す。
これで二体目。
ふと、最初に倒した魔物を見てみる。
「………………?」
魔物は、血を流しているわけでも、内臓を撒き散らしているわけでもなく、炭のように黒く変色していた。
そして――。
「えっ……!?」
砂のように崩れていった。
魔物の倒れた場所には魔物の骨さえ見当たらず、ただ黒い砂のようなものが残っているだけ。
「死んだ……のか? 随分と変わった死に方だな」
目の前の不思議な光景に唖然としながらも、すぐに頭を切り替え、戦闘に戻る。
残り七体。
しかも、内一体の双頭の魔物は見るからに他と強さが違いそうだ。
「……鬼山さん、戦いが長引くのはわたしたちにとって不利です。 ここはもう、上級魔術で一気に片付けましょう」
「眼鏡の男が戻ってきた時の為にも、戦える余力を残しておきたかったが……。 出し惜しみしていられる状況じゃないな。 わかった、上級魔術を使うぞ」
わたしたちにとって、敵の力は未知のもの。 だからこそ、力を温存しておきたいわけだが、だからといって戦いが長引けば、敵の数が増える可能性だってある。
今の数でさえ対応するのが厳しいのに、更に数が増えたらどうなることやら。 とりあえず目の前の敵を倒さなければ、温存した力を発揮する前に死んでしまう。
そう、魔術は無限に使用し続けられるわけではない――。
使う度に、大量のエネルギーを消費するので、体に負担がかかるのだ。
よって、一日の使用回数は限られている。
当然、使用回数がゲームみたいに表示されるわけではない。
だいたいこれくらい……といった、自身の限界をある程度は把握できても、その日の体調により限界は変わってくる。
特に上級魔術となると、一日に使用できる回数は少なくなる。
わたしの場合、中級魔術を何回か使用した後なら、一日に三~四回使用できればいい方だろうか。
「蕭条、少し離れていろ」
七体の魔物は鬼山さんを中心にして円を描くように駆けている。 わたしのことなどまるで眼中にないかのように。
魔物も二体仲間を殺され、怒りに支配されているのだろうか。
あるいは、これ以上仲間を殺されないよう、ここで一気に片を付けるつもりなのだろうか。
鬼山さんの体から、バチバチと電撃が発生する。 中級魔術を行使した時以上に、辺りが青白く明滅し、まるで辺りが昼になったり夜になったりを繰り返しているかのように錯覚する。
気のせいか、魔物たちはより一層鬼山さんに対して殺意を強めているように見える。 ちょうど、これから上級魔術を使おうとするタイミングで、だ。
わたしを無視している辺り、より脅威に感じている方を優先的に狙っていると思っていたが、もしかすると、より魔術を頻繁に使う者に対して反応しているとも考えられる。
宙に、無数の電撃球が形成される。 緊迫した状況だというのに、つい綺麗だなと思ってしまう。
次の瞬間――。
魔物は一斉に鬼山さんの命を刈り取らんと凶器をむき出しにし、襲い掛かってくる。 ほとんどが同じタイミングで攻撃をしているのだが、中には意図的かわからないが微妙にタイミングをずらして攻撃をする個体もいて、対応しづらさは増している。
わたしも魔物たちが攻撃行動に移って即座に鬼山さんの援護をする為、魔術を発動しようとするが、その必要はなかったようだ。
「す、すごい……」
魔物たちの爪牙が鬼山さんに辿り着くより速く、宙に浮かぶ無数の電撃球から、稲妻が落とされる。 その一つひとつが、魔物の頭上へと正確に当てられていた。
これが、鬼山さんの上級魔術の一つ。 攻撃範囲も命中精度も威力も高く、強力だ。
魔物たちは叫びを上げるまでもなく黒焦げになっている。
『グギャアアアアアア!!』
「なっ……!?」
ただ、一体を除いて。
「流石群れのボスといったところか。 丈夫な奴だ」
他の個体より一回り大きい群れのボス――双頭の魔物は、鬼山さんの上級魔術による攻撃を受けながらも立ち上がり、再度攻撃態勢に移行する。
「くっ……」
上級魔術を使用した直後だからか、思うように体に力が入らない様子の鬼山さん。 わたしがサポートしなければ……!
『グルァァアアアアアア!!』
双頭の魔物は鬼山さんの目前に迫っていた。 今すぐにでも引き裂き、噛み砕き、轢き潰そうと殺意を迸らせている。
しかし、実際に鬼山さんを殺すこと叶わず。 なぜなら、わたしが止めるのだから。
魔物が攻撃するよりも疾く、わたしも上級魔術を発動する。
わたしの掌に形成されるのは、雷でできた槍。
稲妻を迸らせながら、敵を貫く為により鋭く変形していく。
一点集中、単体に対して特化した攻撃魔術。
「当たれっ――!」
絶対に当たるよう、思いを込めた一撃。
投擲された雷槍は、一本の光の線を描きながら魔物へと直進していく。
わたしは、思いの力というものを軽視しない。 思いは必ず、行動に反映されると信じている。 何を恥ずかしいことを言っているんだと、鬼山さん辺りから言われそうだけれど、わたしはこの考えを曲げたりしない。
例えば、弓矢で的の中心を狙う時。
絶対に的の中心を射抜いてやるぞという思いがあるのと、無いのとでは、当たる確率は違う気がするからだ。
思いの力は無意識に体の動きにも影響を与え、命中度を上げてくれるものだと信じている。
その思いの力が発揮されたのか。 わたしの一撃は双頭の魔物に命中する。
しかし――。
「くっ……!」
双頭の魔物に命中したことは確かだが、攻撃が当たったのは、魔物の体の中心からはズレた部分だった。
「助かったぞ、蕭条」
わたしの攻撃により、双頭の魔物の右肩はズタボロに抉れていた。
そのせいか、双頭の魔物はバランスを崩して動きが鈍くなっており、鬼山さんが体勢を整える時間を与えるに至る。
「すみません……。 少し狙いがズレてしまいました」
「掠りもしないよりはよっぽどマシだ。 よくやった」
双頭の魔物から少し離れた位置に、鬼山さんと二人で構える。
二対一。 数ではこちらが有利だが、上級魔術を一回使用したわたしたちに残された余力は決して多くない。
「……来る」
地を蹴り、こちらとの距離を詰めようとする双頭の魔物。
対して、鬼山さんは手を前に出し、電撃を放って迎え撃つ。
「あっ……!」
電撃に包まれながらも、前進することを止めない双頭の魔物がわたしへ迫る。
中級魔術程度では動きを止めることができないようだ。
『ギュラアアアアアアア!!』
雄叫びを上げながら近づいてくる双頭の魔物。
その眼光はわたしだけに向けられていた。
目の前の、わたしを殺すと云う意思のみに基づき衝き動かされる魔物の肉体。 先程まで狙っていた鬼山さんなど歯牙にもかけない。
この様子だと、やはりより強力な魔術に反応して攻撃対象を決めているのだろうか。
右肩にダメージを受けてバランスを崩していることを考え、魔物の脚に狙いを定め、電撃球を撃ち込む。
「っ――!」
魔物の進撃の勢いを、少しばかり落とすことはできても、動きを止めるまでには至らず。
それを理解し、即座に回避行動を選択。
「……ッ……!!」
わたしと鬼山さんの背後にあった樹木が、へし折れる。
ほんの一瞬でも回避が遅れていたら、わたしたちは八つ裂きにされていたであろう。
これが命を懸けた実戦。 湧き出てくる恐怖が全身をじわじわと侵食していく。
「うぐ……」
忘れかけていた吐き気が再来。 その上、先程より強まっている凄まじい殺気をつい意識してしまい、胃の辺りが押し潰されたように痛む。
……もう、これはダメかもしれない。 何かがせり上がってくるこの感覚。 気持ち悪い。 苦しい。 我慢して抑えられそうにない。
じんわりと、目が潤んでくる。 やだな、人前で吐くの。 人前って言っても一人しかいないけど。 でも、その一人が相手が鬼山さんってのは何か嫌だ。
さっきから激しく動いていたのも良くなかった。 後は、戦闘開始からずっと緊張状態で、精神的に限界が来ているのかもしれない。
……とにかく、吐き気は気合でどうにかなるものじゃないみたい。 だって、もう、発射寸前。
「うぐぅっ……!」
「なっ……!?」
吐く。
……最悪だ。 これでもまだギリギリ十代の女子なのに。 人前で思いっきり吐いてしまった。
幸いなのは、食後ではなかったことか。 吐瀉物は、吐瀉物としては比較的見栄えが良い方だ。 あくまで、比較的にだけど。
まだ敵は生きていて、攻撃するだけの力を有するというのに、わたしは地べたに跪いてリバース中。 リバース中に殺されるなんて、そんなのは嫌すぎる。
だから、恥じらってなんていられない。 吐いても、すぐ、立ち上がる。 こんなところで死ぬわけにはいかないのだから。
「鬼山さんッ!」
急に吐き出して無防備になったわたしを守るため、鬼山さんは範囲を絞り、単体相手に適した電撃を魔物に浴びせていた。
わたしはそんな鬼山さんに声をかける。
わたしの意図することを察したのか、鬼山さんは軽く頷く。
与えられた時間はほんの僅か。
鬼山さんが攻撃範囲をコントロールできたのには助かった。
敵が単体で且つ、肩にダメージを受けているのなら、わたしの上級魔術のような一点集中の攻撃が効果的なのだから。
鬼山さんの中級程度の攻撃魔術でも、工夫次第でボス魔物の動きを停滞させることが可能だったのだ。
できれば早くにそのことに気づいて欲しかったけど、命の恩人にそんなこと言う資格はわたしにない。
もたもたしている時間はない。
本日二回目の上級魔術を使用。 雷の槍を形成しようと雷を掌に凝縮させる。
『グルァァアアアアアア!!』
わたしに攻撃させまいと、再度迫り来る死の爪。
それを、間一髪躱す。
わたしの体を動かしているのは、死にたくないという強い思い。
緊張で実力を充分に発揮できていないと思っていたが、これまでに積み重ねてきた様々な経験は確かにわたしの自信となり、こうやって体を動かしてくれている。
わたしはまだ、後少しだけ、戦える――。
「……よし」
掌に、雷の槍が装填される。 後は、敵に向けて解き放つだけ。
しかし、敵が狙う間を与えてくれるはずもなく、襲い掛かってくる。
もう、わたしの体は限界に近づいている。
どんなに精神が参っていなくても、体がダメならどうしようもない。
言ってしまえば、先程の回避だって賭けのようなものだった。
何とか力を振り絞り、やっとで避けられるだろうという、なんとも無謀な作戦。
――そう、この作戦はわたしが先程の攻撃を回避することが前提。
つまり、今のこの攻撃は、一生懸命に回避する必要はない。
「蕭条……!」
鬼山さんは、わたしが二回目の上級魔術を使おうとしていた間、ずっと電撃を溜めていた。
わたしの雷槍ほどではないにしろ、それは単体相手に特化した、一点集中の電撃。
もはや中級程度ではなく、上級魔術に匹敵する破壊力を有しているであろうそれは、双頭の魔物の右肩に向かって放たれる。
鬼山さんの電撃は直線を描き、双頭の魔物へと走っていく。
魔物がわたしに攻撃を当てようとする直前、電撃は衝突。
わたしもその余波を体に受けながらも、雷属性耐性魔術によりダメージを軽減する。
そして、目の前で動きを止めた双頭の魔物に向かって、雷槍を突き刺す――!!
「はあああぁっ――!」
見事、雷槍は双頭の魔物の脳天を貫いた。
全身に青い電撃を帯び、苦しそうにもがき苦しむその姿は、見ていて気持ちのいいものではない。
しかし、わたしたちの命を奪おうとした存在がこの世から消え去ろうとしているのをこの目で確かめられることは、わたしに強い安心感を与えてくれた。
これでとりあえず、目の前にいた敵を倒したということになるのだから。
『グ……ガ……』
ゆっくりと地面に倒れこむ最後の一体。
電撃による焦げなのか、判別がつかないくらいに全身が黒く変色し、そのまま砂のように崩れ去っていった。
そして、このタイミングを見計らったかのように、風がわたしたちのいる場を通り抜けた。
魔物たちの残滓である黒い砂が、宙を舞う。
まるで黒色の霧が漂っているようだ。
こうしてわたしたちは、無事九体の魔物を倒すことに成功した。




