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夏休み前日

 

 七月中旬。 冷房の効いた、ひんやりと涼しい教室内に俺はいた。

 期末テストを乗り越え、テスト返却に一喜一憂する日々も終え、ついに夏休み前日。

 

 ちなみ赤点を取る可能性のあった数学は、赤点を免れるどころかクラスで五番目くらいに高い点数を取るという嬉しい結果に終わった。 

 もちろん共に桃子の指導を受けた勇人も赤点を回避していたが、だいぶ疲れ果てた様子で「俺はもう、戦わん……」と呟いていた。 きっと、また戦うことになるのだろう。

 

「明日から夏休みだなんて、あんまり実感が沸きませんよね!」

 

 前の席の五木が、話しかけてくる。 

 実感が沸かないと言っている割には、明日から夏休みだという事実にテンションが上がっている様子だ。

 

 そういえば、五木は以前、無遅刻無欠席を目指していると俺に話していたわけだが、つい最近一日だけ学校を休んでいたことがある。 

 そのことについて聞いても、「昨日はやむを得ない事情があって……」とはぐらかすだけで、休んだ理由を具体的に教えてはくれなかった。

 あんまりしつこく理由を尋ねると嫌がられると思い、俺はそのままはぐらかされることにした。 こうなれば、そのうち五木本人の口からぽろりと理由を話してくれることに期待するしかない。

 

「五木は夏休みになったらまず何がしたい?」

「そうですね……」

 

 と言って考える素振りを少し見せた後、

 

「まずは、夏休みの宿題を全て終わらせたいですね。 宿題が何も残っていない状態で八月を迎えたいです」

 

 と答える五木。 遊ぶことよりも課題を終わらせることがまず先に来る辺り、五木らしい。

 

「五木って、苦手な食べ物を先に食べて、好きな食べ物を最後まで楽しみに取っておくタイプだろ」

「……………………」

 

 図星だったのか、俺から目を逸らす五木。 そして、

 

「そ、そんなことはないですよ~……」

 

 とぎこちなく返答してきた。 どうしてそこで変な意地を張る。

 

「……五木ってわかりやすいよな」

「む……」

 

 わかりやすいと言われたのが気に入らないのか、不服そうな顔をする五木。 

 

「わたし、人見君が思っているほどわかりやすくないんです。 わかりにくくて複雑な女なんです」

 

……そういうところがわかりやすいという自覚がないようだ。

 

「そうなのか、それは知らなかった。 悪い悪い」

 

 ここは肯定してやろう。 

 実際、五木にもわかりにくい部分はあるわけだし。 無駄な争いは避けなければならない。

 

「そんな、謝らなくたっていいですよ。 わかれば良いのです。 わたしは寛大な心を持っているので!」

「……………………」

 

 寛大な心に感謝しなければ。 

 そう、俺は決して! 五木の言動にイラッとなんか、していない!!

 

「人見君はどうなんですか? 夏休みに入ったらまずやりたいこと、何かあります?」

 

 やらなきゃいけないこともあるが、やりたいこともたくさんある。

 

「そうだな、まずはプールにでも行ってみたいかな。 良かったら五木も一緒にどうだ?」

「わたし、ですか?」

「うん。 他にも誰か誘う予定ではあるけどな。 それでもよければ」

「誰かって、何人くらいですか?」

「多くて四人くらいかな」

「えっと……」

 

 やはり、あんまり人数が多いのは苦手なのだろうか。 それとも、元々プールにノリ気じゃないのだろうか。 どう答えるべきか悩んでいる様子。


「うーん……」

 

 そしてしばらく悩んだ末、

 

「…………行きます!」

 

 と答えた五木。 その瞳からは、強い決意と覚悟を感じた。 

……俺が誘ったの、プールだよな。 戦場じゃないよな。

 

「じゃあ、詳しいことはまた今度連絡するとして、夏休み、一緒に勉強会もやらないか?」

「勉強会……? 勉強って、夏休みの宿題のことですか?」

「そ。 二人で協力すれば夏休みの宿題もすぐ終わるだろ?」

「いいですね! いつ頃やります?」

「七月最後の日がいいかな」

「あれ、勉強会をする日はもうしっかり決まっているんですね」

「そりゃあもちろん。 宿題は計画的にやらなきゃいけないからな」

「人見君」

「はい」

「わたし、やり終わった宿題を見せたりはしませんよ?」

「……………………」

 

 バレテーラ。

 

「宿題を見せて欲しいだなんて、一言も言っていないんだが」

「そうですね。 わたしの早とちりでした」

「だから安心して、七月最後の日に勉強会をやろう」

「安心しても宿題は見せませんけどね」


 て、手強い……。 


「五木」

「はい」

「困っている友人がいたら、手を差し伸べてやるべきだと思うんだ」

「わたしもそう思いますけど、宿題は見せませんよ」

「そうだな。 でも、仮に宿題が終わらなくて困っている友人がいたら、やり終わっている宿題を見せてあげるべきだと思」

「いません。 本当に相手の為を思うのなら、尚更です。 宿題は自力でやるべきです」

「……よしわかった! 何か勝負をして決めよう。 俺が勝ったら五木が俺に宿題を見せる。 五木が勝ったら俺が諦める。 どうだ!?」

「開き直りすぎですよ……。 何を言われようが、見せませんからねっ!」

 

 流石の五木も呆れ顔。 どうやら自力でやるしかないようだ。 

 あれ、自力……?

 

「……わかった。 宿題を見せてくれとはもう言わないよ。 ただ、一つ聞いておきたいんだけど……」

「はい……?」

「自力でやるってのは、自分一人だけの力でやるって意味なのか? それだと、五木に宿題のことについて質問するのもダメってことになるのか?」

「いえ、質問ならどんどんしてくれても構いませんよ。 勉強会ってそういうものだと思いますし、そういう頼り方なら大歓迎です。 この際、九割自力、残り一割が他力なら、自力扱いってことでいいんじゃないですか?」

「じゃあ一割くらい宿題を写し……」

「……宿題を?」

「な、何でもないです……」

「そうですか、良かったです♪」

 

 怖い。 今の五木は怖かった。 何というか、笑顔なのに威圧感があった。 いや、笑顔だからこそか。

 

「ところで人見君」

「ん?」

 

 表情を切り替え、真剣な面持ちで俺を見る五木。 

 これから五木がどんなことを話すのか、だいたいわかる。

 

「……こんな噂を知っていますか?」

 

 やはり噂話だった。 しかも、ちょっと胡散臭いやつに違いない。

 

「どんな噂だ?」

「それはですね、ここから近いところに運動公園がありますよね?」

「あるな」

 

……まさか。

 

「その運動公園の近隣に住む人たちがですね、先週の夜に運動公園から異様な音が聞こえてきたと口を揃えて言っているらしいんですよ」

 

 そのまさかだった。 

 すまん五木。 俺、その音の正体知ってる。


「へ、へー。 そんな噂があるのかー」

「なんか最近多いらしいですね、よくわからない大きな騒音とかが聞こえるって話。 ああ、でもわたしもその噂についてはつい昨日知ったばかりなんですけどね」

「それにしてもまた、どこからそんな噂を入手したんだ?」

「朝、校門から教室まで歩いている途中、たまたま耳にしただけですよ。 いつも同じ時間帯に登校している噂好きの女子三人組と登校時間が被ること多いんですよ、わたしって」

「つまり、盗み聞きってわけか」

「そ、そんな! これって盗み聞き扱いなんですか……!?」


 聞こえたものはしょうがない。 耳栓をして歩けと言うわけにもいかないしな。


「盗み聞きはともかく、その噂にある異様な音ってのはどんな音だったんだろうな。 異様なって言うくらいだから、何の音か想像もつかないような音なのかな」

「どんな音なのか詳しい話は聞けませんでしたが、近隣住民の何人かは、最初は近所の子どもたちが花火で遊んでるのかと思ったんだそうですよ。 爆発音に似たような音も聞こえていたってことですかね?」

「そうかもしれないな」


 音だけしか聞かれていないのは不幸中の幸いと言うべきか。 

 音の正体が気になって運動公園まで人が来ていたら、まずかった。 魔術を使っているところを目撃されでもしたら、非常に厄介だ。 

 

 いや、待てよ……。 

 目撃……? よく考えなくてもこれって……。

 

「それにしても不思議な噂だな。 夜は夜でも、深夜零時過ぎとかってわけじゃないんだろ。 誰かしら運動公園に来ていても、おかしくないよな」

「ですね。 たまたま運動公園近くに通りがかった人じゃなくても、音の正体を探ろうと思う人が運動公園に行ったりしなかったんでしょーかね」


……間違いない。 

 

 あの日の夜、運動公園には人を遠ざける人払いのような魔術が展開されていた。 運動公園全体を覆うほど、広範囲の設置魔術だ。

 俺は魔術に対する抵抗力が高い為、あまり影響を受けなかった。 俺にとって、全く脅威ではない魔術。 だから、あの場に魔術が展開していた事実に気づけなかったんだ。

 

 たぶん、それだけじゃない。 

 きっと、あの魔術は探知魔術でも探知しにくいように工夫されている。 恐らく、あの場にいた魔物の方がより強い反応を示す為、魔物に対する魔術反応がカモフラージュとなっていたんだろう。


 それにしても……。 いくら人払いの魔術と言っても、絶対に人を遠ざける力があるわけではない。

 現に、鬼山さんや蕭条さん、桃子だって運動公園に来ていた。 あの時間に運動公園へ絶対に行かなければならないといった強い意思さえあれば抵抗できる程度の効力しか、あの魔術にはなかったはずなんだ。

 

 あの人払いの魔術を仕掛けた人物が、ネアレスなのかもう一人の魔術師なのかはわからない。

 でも、一応人払いをする気がある辺り、先週の戦いはそこまで大きな騒ぎになって欲しくなかったということだろう。 それだけはわかった。

 

「……東日本連続猟奇殺人事件のことがあるしな。 音が気になっても、わざわざ行こうとは思わなかったのかもしれないな」

「言われてみれば、そうですね……」

「何だ、また物騒な話でもしてんのか?」

「お……?」

 

 背後から勇人の声。 

 

「勇人か。 別に物騒な話はしてないけど、何か用か?」

 

 漂ってくる、柑橘系の香り。 勇人は香水か何かをつけているのだろうか。 窓から差し込む夏の強い日差しを受けて、金色に染めた頭髪がいつも以上に明るい色に見える。

 

「ああ。 明日のことについて話があってよ。 五木さん、少しだけこいつを借りるぜ?」

「いいですよー。 借りパクはしないでくださいね?」

「おうよ」

 

……俺を借りるのに五木の許可が必要なのかよ。

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