蕭条八重は夢を見る
「お、美味しい……!」
唐揚げ、白米。 唐揚げ、白米。 時々お茶。
わたしは今、猛烈に感動していた。 今日は昼食も満足できる一品だったが、夕食はそれを更に上回っている。 満腹満足だ。
「ねえ、わたしの分はないわけ?」
「四人分の食材しか用意してなかったから、美門さんの分はないよ。 代わりに、カップ麺をあげる」
「ホント? 感謝するわ」
家守桃子からカップ麺を受け取るゴスロリ女こと蟻塚美門。
だいぶお腹が減っていたのか、受け取ってすぐに蓋を剥がし、かやくとスープの素を入れ、電気ポットにあったお湯を注いでいる。
「蕭条さん」
「はい?」
家守桃子に話しかけられる。
挨拶くらいはしたことがあるけれど、こうやって会話をするのは初めてだったりする。
緊張しないわけじゃないが、信じられないような出来事があまりにも多すぎて、かえって落ち着いた気持ちで接することができた。
「わたしの下の名前、わかる?」
「え?」
もしかして、わたしが名前を知らないと思っているのだろうか。 まともに会話したことがなくても、名前くらいは知っている。
「桃子、だよね? ももこじゃなくて」
「うん。 これは、美門さんにもお願いしたいのだけれど……」
カップ麺を見守っていた蟻塚美門が、視線を家守桃子の方へと向ける。
「お願いって何よ?」
「そう、難しいことじゃないよ。 ただわたしを呼ぶ時に、下の名前で呼んで欲しいの」
「下の名前? 桃子って呼んで欲しいってことかしら?」
「うん」
理由はわからないが、確かに難しいことではない。 本人が望むのなら、そう呼ぶとしよう。
「じゃあわたしは、桃子ちゃんって呼ぼうかな」
「ちゃ、ちゃん……?」
家守桃子が若干引き気味な反応をする。 すぐに弁解をせねば。
「ほら、呼び捨てだと冷たい感じがするし……。 かといって年下に『さん』をつけるのもなんかぎこちないから、『ちゃん』でいいかなと思ったんだけど……。 ……嫌、かな?」
鬼山さんが夕方頃に言っていた通り、以前抱いていた印象と比べて家守桃子は親しみやすい……ような気がする。
だから、そう構えずに接してみようと思い立ったわたしであるが、どこか空回りしている感は否めないのが悲しい。
「別に、嫌ではないけれど。 ただ、ちょっと慣れない呼ばれ方だから、戸惑っただけ」
……拒否されなくて良かった。
「だいぶお腹も満たされてきたことだし、そろそろ……」
人見啓人がさっきの話の続きをしようと呼びかける。
そう。 わたしがどうしてここにいて、美味しく唐揚げを頂いているのか。 それは、唐揚げを食べに来たからではない。
「そうだな。 互いに情報交換も兼ねて、今までどのようなことがあったのか報告することにしよう」
鬼山さんの言う通り、情報交換を行う。
そして、情報交換によって判明した事実から、これからどうするべきかを話し合う。 その為にわたしたちはここへ来たわけでもあるのだから。
思えば、家守桃子の家に来るまでに色々なことがあった。
色々なことがありすぎて、もうどんなことが起きても驚かない自信さえある。
と言うのも、蟻塚美門率いる昆虫型の魔物たちに襲われた時は本当に死ぬかと思ったほど絶体絶命の大ピンチだったわけだが、そんな衝撃的事実を更に上回る衝撃がわたしたちに降り掛かってきたのだから。
目の前で魔物を蹴散らしていく一人の青年。
その青年が語る内容。
魔術。 魔物。 魔人。 第二世界。
繋がっていく未知と既知。
人を滅ぼす使命を持ちながらも、人の味方をすると言う人見啓人。
力を与えられた者と、力を与えた者、ネアレス。
これらの話を嘘だと言って信じないことは簡単だ。
けれど、わたしたちはこの目で現に見てしまったのだから、信じないわけにはいかない。
人見啓人の見せた驚異的な戦闘力は、どんな言葉よりも説得力のあるものだった。
「さて、まずは……」
鬼山さんが話し始める。 話す内容はもちろん、わたしと鬼山さんが今までどのような経験をしてきたかだ。
例えば、わたしと鬼山さんが初めて魔物と出会ったあの日のこと。
薊海里との戦いの果てに、彼が自ら命を絶つのを見てしまったこと。
殺されてしまった三人の魔術師のこと。
その内の一人である宇治さんの残したメッセージのこと。
「……という訳で、今に至るわけだ」
わたしが喋ることはほとんどなく、鬼山さんが話し終える。
「……………………」
話を聞き終えた人見啓人たち三人は、暫し沈黙する。
想像以上にわたしたちの話が濃い内容だったからか、重苦しい空気がこの場に流れる。
特に宇治さんの残したメッセージは強烈だったようで、皆が皆、険しい表情を見せていた。
「……このままだと、次の犠牲者がいつ出てもおかしくないな」
沈黙を破り人見啓人が言い放った言葉は、この場の空気を更に重苦しいものにさせる。 少しでも気を抜いたら、その重みに押し潰されてしまいそうだ。
「ネアレスから力を得た一人目の人物。 そいつが宇治たち三人を殺した魔術師であるのはほぼ確定だとして、ネアレスとそいつがどのような関係なのかも重要だな」
「それは、ネアレスの意思とは無関係に殺人を行っているかどうかということ?」
わたしなんかと比べると、随分落ち着いているように見える家守桃子。 人見啓人、鬼山さんに続くよう、発言している。
「そうだ。 無関係なら無関係で厄介極まりないが、もし一人目とネアレスが協力関係にあった場合、ネアレスが倒しにくくなるのは間違いないだろう。 その辺り、どうなんだ? そもそも俺たちはまだ、ネアレスという魔人がどれほど強いのかわからんからな」
この中で魔人のことをちゃんと知っているのは、人見啓人だけだ。
魔人は、わたしたち魔術師と比べてどのような点が秀でているのだろう。 気になる。
「ああ、そういえば魔人がどう強いのか説明していなかったな。 もちろん同じ魔人といっても、その強さには差がある。 だから、俺とネアレスが同じくらいの強さなのかは正直わからないけれど……」
もし、あれほどの強さを見せた人見啓人よりもネアレスが強かったら……。
想像したくない。 恐ろしすぎる。
「まず確実に言えることは、魔人は人間の百倍以上、一日の魔術使用回数に余裕があるってことだな」
……聞き間違いだろうか。
「ちょっと待て。 その百倍以上というのは、何を根拠に……」
「一度、一日の間に上級魔術を千回以上使用したことがあるんだ。 後もう数百回くらいは上級魔術を使うことが出来そうではあったんだが、そんなに魔術を使う予定もなく、試していない。 でも、とりあえず人の百倍以上の魔術使用回数はあるんじゃないかと思って」
一日に上級魔術を千回以上? 桁がおかしい。
わたしは魔術会から貰った指輪を装備していても、十回も上級魔術を使えばまともに歩けなくなるというのに。
「……ということは、魔人は人間以上にエネルギーが大量にあるということなのか?」
鬼山さんが更に疑問をぶつける。
魔術を発動する際に必要な、三つの要素。 魔術の使用回数に制限があるのは、三つの要素の内のエネルギーが足りなくなるからだ。
そう考えれば、魔人が人間の百倍以上エネルギーを持っていると思ってしまうけれど……。
「いや、ちょっと前にも言ったけど、魔人は基本的に人間とほとんど変わらないんだ。 体内のエネルギー量にそんな差はない。 じゃあ、何でそんなに魔術が使えるのかって言うと、魔人には魔術を使用する際に使われる器官があるんだよ。 腎臓や、肺と同じような器官が」
魔術専用の器官。 当然、わたしたち人間にはそんなものはない。
「その器官により、魔術使用時の負荷を軽減しているというわけか?」
「そうだ。 ゲームなんかで例えるなら、魔人も人間の魔術師も、どんなにレベルを上げたところでMPの上限は一○○。 MPの量に差はない。 だけど、魔人は魔術を使用する際に消費するMPが軽減される。 故に、人間だと一回使用するだけでMP上限の一○○を失うような魔術を、魔人の場合、MP消費一とかで発動することができるわけだ」
なるほど、これで色々と繋がってくる。
人間には使えない、超級魔術。 それが使えてしまう、目の前の魔人である青年。
つまり、大量に消費するエネルギーをだいぶ軽減できるから、魔人には超級魔術を扱うことが可能だということだ。
「それが本当なら、魔人は魔術師がまともに戦って勝てる相手ではないな。 数で攻めて敵のエネルギー切れを待つだなんてことも不可能に近い」
魔術が使用できなくなるほど魔人を疲弊させるには、少なくとも百人ほどの魔術師が必要ということになる。
仮に百人以上戦闘要員の魔術師が仲間に加わったところで、ネアレスの攻撃によりこちらがダメージを受けないわけでもないので、実際はそううまくいかない。
つまり、魔人相手にエネルギー切れを狙った長期戦は、相当多くの人間の犠牲を伴う、非効率的なものというわけだ。
「……啓人が強いのは知ってたけど、そこまでチートだなんて知らなかった」
「チートって言われてもな。 俺から言わせてみれば、本来はこれが普通なんだよ。 魔人には魔術を使用する為の器官があって、人にはそれがない。 けれど、人は体内の色々な部分を代用して、魔術を使ってしまっている。 そりゃあ、一日に何回も魔術を使えないわけだ。 無理をすれば、体がぶっ壊れてしまう」
「その、魔術を使用する為の器官って、どんなものなの……?」
そろそろ何か喋らなきゃと思っていたところに、ちょうどいい疑問点。 人見啓人に尋ねてみる。
「俺たち魔人が自分たちの体を解剖するわけでもないから、実際のところ俺も詳しいことはわからない。 けれど、体の中心辺りにそれがあることは何となくわかる。 魔術を使用した時に受ける負担はだいたいその辺りに感じるからな」
たまたま魔術が使えてしまったわたしたちと、生まれつき魔術を使用する為の器官が備わっている魔人。 その差はあって然るべきというわけだ。
「次に魔人が人とは違うのは、超級魔術が使えるという点だ。 超級魔術というのは、上級魔術よりも更に上の魔術で、人には扱うことが出来ない。 無理に使おうとすれば、死ぬかもしれないな。 魔人だからこそ、超級魔術の発動によって生じる負荷に耐えられるというわけだ」
「……………………」
ここまで話を聞いただけでも、もうわかってしまった。 魔人は、人がまともにやりあって勝てる相手では……。
「もしかすると、俺の話を聞いて魔人とやり合うのは無謀だと思っているのかもしれないけど、第二世界では魔人に匹敵する強さを持つ人間も結構いたんだ」
「えっ……」
……嘘だ。 信じられない。
「第二世界の人間ってのは本当に俺たちと同じ人間なのか……?」
何せ、別世界の住人だ。 見た目はそっくりでも、中身はまったく違うだなんてことがあってもおかしくない。
「同じ人間のはずだよ。 ただ、そこらの人間の戦闘能力がこの世界の人間と比べるとだいぶ高いだけだ。 だから、特別強い人間も生まれやすい」
どれだけ高いのやら。 第二世界はわたしの思っている以上にハードな世界なのかもしれない。
「啓人。 魔術に関して圧倒的に差のある魔人に匹敵するほどの強さの人間というのは、一体どうやってその差を埋めているの?」
「それはもちろん、魔術以外の部分でだ。 剣などの武器を用いた武術とかな。 生まれつき身体能力の高い人間が幼い頃より厳しい戦闘訓練を受け、現代兵器だけじゃなく魔術も扱うと言えばイメージしやすいか? そんな奴と戦えば、いくら俺たち魔人でも楽に勝てるとは言えなくなる」
そうは言っても、残念ながらわたしや鬼山さんは銃火器を持っていない。
戦闘訓練だってそこまで本格的なものでもなく、自身の魔術を実際の戦闘で使えるようにする為のものでしかない。
魔人との差を埋める武器となるものが、わたしたちにはないのだ。
「……今から魔術以外の部分で差を埋めるのは難しいな」
「だろうな。 だから俺は、ネアレスの相手をしろとは言わないよ。 魔人の相手は同じ魔人である俺がやるのが一番だ」
一番手強い相手を任せてしまうというのは悪い気もするが、現実的に考えてこれが一番良策だ。
「とまあ、少し話が脱線したけど、他にも魔人には……」
「啓人、あれを見て」
人見啓人が話を続けようとするのを制止し、ソファーの方を見るようにと目で合図する家守桃子。
「……あいつ、いつの間に」
そこにはソファーで寝ている蟻塚美門の姿があった。
ちょっと前にわたしたちの話に飽きたのか、ソファーの方へ移動していたのは知っていたが、まさか寝ているとは。
随分と気持ちよさそうな顔をしながらスヤスヤと寝息を立てている。 あれだけ魔術を使いまくれば、疲れていても無理はない。
「結局、蟻塚美門はどうするんだ」
鬼山さんは何だかんだで、蟻塚美門の身を案じている。
わたしはまだ、蟻塚美門に対する不信感が強いのに。 鬼山さんは大人だなと思ってしまう。
「……それなんだが、正直、あんまり良い考えが思いつかない。 蟻塚にボディーガードとしてずっと付き添うわけにもいかないしな。 だというのに、問題は蟻塚だけじゃない。 ネアレスが俺たちの情報を色々知っているのなら、新たに狙われる人物が出てもおかしくないんだ。 俺と桃子が通う学校の人間はもちろん、その家族……。 守らなければいけない対象は、どこまでも広がっていく。 いや、そもそも、これ以上ネアレスによって東日本連続猟奇殺人事件の被害者を出すわけにはいかないから、特定の誰かを守る程度じゃ足りないんだ」
敵は、前代未聞の大量虐殺さえ可能な相手だ。 今でさえ十人以上が被害に遭っているのに、その数十倍の被害が出るかもしれないなんてあまり考えたくない現実だけど、そうならない為にも現実を直視しなければいけない。
「……………………」
どうすれば、動向の掴めない凶悪な敵に対処することができるのか。
魔人である人見啓人でさえも、打開策を思い浮かぶことができず、悩んでいる。
あまりにも困難な問題に直面する、わたしたち。
「……人見啓人。 確かに俺たちはこれ以上犠牲者を出すわけにはいかない。 だが、どう考えても実現不可能な手段をいつまでも考えているよりは、現在実現可能な手段を取った方がいいと俺は思っている。 それが例え、後悔を生むような選択であってもだ」
「……………………」
鬼山さんのこの考え方は冷たい考え方だけど、現実的だ。
千人を救う方法を考えて悩み続けるよりは、まず百人を救う為に行動する。
結果、九百人の犠牲が生まれてしまうかもしれないが、千人を救う方法を考え続けて結局千人救えなかったなんて結末になるよりは、マシだ。
遥か遠くの理想を実現するより、まず手の届く現実的な目標を。
そんな現実的な判断をするのは格好悪いかもしれない。
最初から諦めていて、敗北主義者のようだと軽蔑されるかもしれない。
冷酷な人間だと罵られるかもしれない。
でも……。
周囲からどう思われようが、一人でも人を救えたのなら、それに価値がないだなんて言わせない。
百人救えず、一人しか救えなかった者が責められるなんて、間違っているはずだ。
これは、都合の良すぎる考えかもしれないけど――。
わたしたちはまず、わたしたちに可能な事から始めていくべきだと、わたしは思う。
「……そうだな。 ネアレスがこれからどう行動するのかわからないけど、この街に近づいて何かをする可能性は高い。 だから、まずはこの街だけを何とかする。 その為に――」
人見啓人は話を続ける。 どんな方法で、この街の住人をネアレスから守るのか。
「――というわけだ」
「……そんなことが可能なのか」
「ああ。 でもこれは、それなりにリスクもある。 だからこそ、三人にも協力してもらいたいんだ」
結局わたしたちが話を終えたのは、日付が変わってからだった。
心身ともに相当疲れていたからだろう。 横になってすぐにわたしは眠りにつくことが出来た。
それからわたしは夢を見た。
わたしは、どこか暗い場所にいた。
わたしは、中学か高校の制服を着ていて……。
『……………………』
この暗い場所から見えるのは……。
大人の男性と、女性。 ちょうど、高校生くらいの子供でもいそうな年齢の夫婦。
二人は一体、誰……?
わたしにはわからない。 わからないけれど、二人を見ていると、とても苦しくなる。
苦しくて、苦しくて、今にも頭が割れそうだ。
そして、その二人の目の前に、新たに現れた黒い人影。
人影は、■■を持っていた。
■■を見た瞬間、わたしは何かを思い出しそうになって――。
「……………………」
夜が明けて、朝が訪れる。
起床してすぐに夢の内容を思い出そうとするが、思い出せない。
「……何だったんだろう」
体が、冷たい。 朝からわたしは、不快感に包まれていた。
何故だろうと自身の衣服を触ってみると、汗でびっしょりと濡れている。 昨晩はそんなに暑くなかったというのに。
夢。 こんな嫌な汗をかいているのだから、もしかすると、悪夢だったのかもしれない。
……なら、思い出さなくてもいいか。
でも、もしその悪夢がわたしの三年前までの記憶に繋がる鍵になっているのだとしたら……。
わたしは、その悪夢と向き合わなくちゃいけないのかもしれない。




