力を与えられた者
「何よ?」
「いや……。 蟻塚にしては素直すぎるなと思って」
「失礼ね。 わたしは元々素直よ」
嘘つけ。 だが、素直になってくれたのなら、話は早い。
「……蟻塚と言ったな。 俺は、お前が俺たちにしたことをそう簡単に許すつもりはない」
「…………………………」
俺も途中から参戦したので全てを見たわけじゃない。
けれど、鬼山さんたちが蟻塚の操る魔物と戦って、死にそうな目に遭ったことは知っている。 そう簡単に許せるわけがないだろう。
「だが、俺たちに協力すると言うのなら、普通に接してやらんこともない。 人見啓人の話を聞き、事態の深刻さが少しでも理解できたのなら、自らの行為がどれほど危険なことだったか、わからないわけじゃないだろう?」
「…………………………」
ちょっとは自らの犯した罪を実感してきたのか、申し訳なさそうな顔をする蟻塚。 そして、
「……そうね。 今思うと、わたしはどうかしていたわ。 許して欲しいとは言わないけれど、これまでのことは謝らせてもらうわ。 ごめんなさい」
……ナンダコレは。 いや、とても理想的な流れなのかもしれないけど……。
正直、これは気持ち悪い。 ここまで素直だと、何か企んでいるんじゃないかと思えてくる。
「わたしだって、人類が滅ぼされるのは御免だわ。 ネアレスがそんなに危険な奴で、このまま放っておくとマズいのなら、どうにかしたい。 わたしの持っている情報が役に立つのなら、惜しみなく協力させてもらうわ」
……蟻塚美門がよくわからない。 世の中には、こういう人間もいるということか。 それとも俺の言葉によって心変わりしたとでも?
「さっそく話そうと思うけど、その前にちょっといいかしら?」
「ん?」
「わたしが知っていることを全部話す代わりに、あなたたちの話も少しは聞かせてもらえるかしら? 特に、人見啓人。 あなたのいた世界について知りたいわ」
「……? 別にいいけど……。 どうしてそんなことを知りたがるんだ?」
「だって、面白そうじゃない」
……どうやら根本的な部分はまったく変わっていないようだ。
「面白そう、ねぇ……」
「何よ、その顔は。 わたしの純粋な知的好奇心に文句をつけるつもりなの?」
「そんなつもりはない」
普通に囚われすぎていた蟻塚が、自分らしく生きると言う答えがこれか。 魔物を操るよりはよっぽど健全ではある。
とにかく、蟻塚が協力的になってくれたのは良いことだ。 嘘をつく可能性もあるが、 それはそれで何かしらの参考になるだろう。
「わかった。 第二世界の話はいつかするよ。 約束する」
「そう。 じゃあ、話し始めるわね」
やっと、蟻塚がネアレスとのことについて話し始めようとする。
ネアレスが元凶だとわかっていても、どうやって力を与えたのか等、知らないことはたくさんある。
つまり、蟻塚がとても重要な情報を持っているかもしれない可能性も大いに有り得るのだ。
「ちょうど以前、あなたと深夜の運動公園で会った日のことよ」
そういえばそんなことがあったな。 まさか、あの日にネアレスと出会ったのか。
「あの日もわたしはこの服を着て出歩いていたわ。 そのせいもあってか、コンビニ前で面倒くさい連中に絡まれたのよ」
「面倒くさい連中?」
「半分酔っ払ったみたいな面倒くさい男たちよ。 あいつら、脳内でアルコールを作り出せるに違いないわ。 きっと、自分たちに酔っているのよ」
仮にそいつらがろくでもない連中だったとして、蟻塚もきっとろくでもない言動をしたに違いない。
「ネアレスが姿を見せたのは、わたしが絡まれているちょうどその時だったわ。 銀色の髪に、紫色の眼。 見るからに異様な容姿をした青年が、わたしの元へ近づいて来たのよ。 まるで、絡まれているわたしを助けに来たかのようにね」
それだけ聞くと、あいつ、いいやつじゃないかと思えるが。
「でもネアレスは、わたしを助けるとか助けない以前に男たちを無視してわたしの名前を聞いてきたのよ。 当然、わたしに絡んでいた男たちはそんなネアレスに突っかかっていたけど、一人は腕を捻じ曲げられ、もう一人は腕をへし折られて気絶していたわね」
……どう考えてもやりすぎだ。 殺していないだけマシというレベル。
「結果だけ見ればわたしを助けてくれたことになるし、感謝はしているけど、あの時は素直に嬉しいとは思えなかったわね」
「……どうしてだ?」
「だって、よくわからないのよ。 よくわからないものって、怖いでしょ? 外見が変わっているだけならまだしも、ネアレスから感じる何かは、あまりにも不気味すぎたわ。 得体の知れない何かが、人のカタチをしている。 そんな印象を抱いたわね」
その言葉は、若干俺の心にも突き刺さる言葉だが、それだけに蟻塚の抱いた印象は間違っていない。
蟻塚は、中々鋭い感覚を持っているようだ。
「とにかく、そんな得体の知れない相手と会話をして、わたしだって冷静でいられるわけがなかったわ。 話している内に、わたしがわたしじゃなくなるような、不思議な感覚に陥ったわね」
「どんな会話をしたんだ?」
「ネアレスは、わたしが日々満たされていないのを知っているようなことを話して、退屈な日々を終わらせないかと持ちかけてきたわ。 ここまであからさまに怪しい勧誘、本来ならまともに取り合おうとは思わないんだけど、相手が相手よ? つい、信じてみたくなったのよね。 それで、聞いてみたら、何か力を与えてくれると言ってきたのよ。 ますます怪しいでしょ? でも、だからこそこれはホンモノだって思ったのよね」
言葉というのは発言者によって説得力が変わる。 そこら辺にいる普通の人が言うのと、ネアレスが言うのとでは、大きく違うというわけだ。
「それで、そのまま魔物や魔術の話を聞いて、力を貰ったわけか」
「そうよ。 あなたの言う、第二世界がどうとかそんな話は聞かなかったけど、魔術って力があることと、魔物の存在を教えてくれたわ。 魔物に至っては、すぐ実物を見せてくれたから信じるしかなかったわね。 映画でも観ているかのような気分だったわ。 しかも、わたしの思うように動いてくれるのよ? 最初は現実だとは思えなかったわ」
現実に退屈していた蟻塚が、非現実的な力を実際に手に入れてしまった。 それが、蟻塚の心のどんな影響を与えたのか、想像に難くない。
「……ねえ。 そのネアレスと呼ばれる魔人は、わたしたち魔術会の魔術師についても話していたの?」
黙って話を聞いていた蕭条八重が蟻塚に質問する。 蟻塚は蕭条の方へ顔を向け、答える。
「話していたわね。 魔術の力を独占している組織がいると言っていたわ。 また、東日本連続猟奇殺人事件の犯人は自分が力を与えたんだとも話していたわ」
「何……? そのネアレスとか言う奴は、そこまでお前に話しているのか」
鬼山竜紀は少し戸惑いを見せながらも、落ち着いた素振りで蟻塚に話しかける。
「そうよ。 特に何かを隠すつもりもないみたいだったわ。 わたしが質問すれば、もっと色んなことを教えてくれたのかもしれないわね。 ちなみに、薊海里は二人目だそうよ。 わたしは三人目みたい」
「二人目? それは、力を与えた順番ということか?」
「ええ。 ネアレスは、わたしに会うより前に二人の人間に力を与えているのよ」
蟻塚美門が三人目。
これが本当なのだとしたら、予想していた最悪のパターンには当てはまらなそうだ。 ネアレスが力を与えた人物の数は、恐らく少ない。
しかし、三人に力を与えることが出来ている時点で、厄介なことに変わりはない。
二人目である薊海里は死んでしまったが、どこかに一人目がまだ存在し、目の前に三人目がいる。
与えられた力にしては、あまりにも強力な魔術。 それを操る人間を三人生み出せるなんて、反則的だ。 何かしらの代価はあるに違いない。
「……蟻塚。 力を与えるというのは、具体的にどのように行われるんだ?」
「どのようにって言われても困るわね。 わたしもよくわからないのよ」
「わからない? どういうことだ……?」
「眩しい光に包まれて、一瞬だけ意識が飛んで……。 意識を取り戻した時にはもう、力を手に入れていたのよ。 これだけ聞いても訳がわからないでしょ?」
「……まあ、そうだな」
ネアレスの奴、力を与える魔術でも扱えるようになったということだろうか。 話だけを聞くと、他者を強化する強化魔術とそこまで変わらない魔術なのかもしれない。
「話を続けるわね。 ネアレスは、わたしに力を与えた後、すぐに姿を消したのだけれど、しばらくしてからまたわたしの前に現れたのよ。 その時に、わたしがちょっとした騒ぎを起こせば、この街に魔術師が来るかもしれないと言っていたわ」
「……何? 奴は俺たちがここへ来る可能性が高いことを知っていたというのか……?」
ネアレスは、魔物目撃情報でもあれば鬼山竜紀と蕭条八重がここへ来るのを予想していた。
おそらく、そもそもネアレスが鬼山さんたち二人がここへ来るように仕向けていたのだろう。
では、何故ここへ?
それは、俺と桃子がこの街に住んでいるからだ。
もしかすると、ネアレスが蟻塚美門に力を与えたのは、偶然じゃないのかもしれない。 ネアレスは最初から、俺と同じ高校に通う生徒に力を与える気だったのかもしれない。
だとすると……。
ネアレスは俺の気づかぬ間に俺の居場所を特定し、俺の姿を確認している……? そして、何かをしようとしている。
「それを聞いてわたしは、実際に魔術師に会ってみたくなったのよ。 だから、わざと目立つような行動を取って、魔術師の方からわたしの存在に気づくようにしていたわけ。 そして、あなたたち二人がわたしの元へやって来た」
なるほど、こうして話を聞いてみると、蟻塚がネアレスにうまく利用されていることがわかる。 蟻塚本人はあくまで自分の思うように行動しているつもりだろうが。
そして、もう一つわかったことがある。 力を与えられた薊海里と蟻塚の二人の共通点だ。
それは、二人とも現実に大きな不満を抱いていたということ。
だから、非日常的で、非現実的な何かを欲し、ネアレスはそれを見抜いて力を与えていたのだろう。 そう思わざるをえない。
「わたしからの話は以上よ。 何か良い情報はあったのかしら?」
「ああ、あったよ」
良い情報は確かにあった。 そして、これから俺たちがどうするべきかもわかってきた。
だが、やはりネアレスの一番の目的が見えてこない。
奴は人間に力を与えて何がしたいのか。 ハッキリしているのは、奴にとって俺はとても邪魔な存在だということ。
「良かったわ。 せっかく話したのに、何の役にも立たなかったら損した気になるもの」
「それは何よりだが、単刀直入に言うぞ? 蟻塚、お前はかなり危険な状況に置かれている」
「何よそれ。 脅しのつもり?」
俺の言葉が何を意味するのかわかっていないのか、平然とした様子で言葉を返す蟻塚。
「いや、考えても見ろよ。 ネアレスがまた蟻塚に接触を試みる可能性は高いんだ。 何せ、奴はお前に力を与えたんだからな。 数多くの人間の中から蟻塚は選ばれた」
他の誰でもなく、蟻塚じゃなければいけない理由なんて、思いつかない。 そうやって選ばれた蟻塚にネアレスがこれから一切接触しないとは、考えられない。
「蟻塚が俺たちの側についたことを知ったら、ネアレスに何をされるかわかったもんじゃないぞ? 更に言えば、蟻塚がネアレスの味方をしたとしても、奴がお前を大事に扱うとは思えない。 こんなことを本人の前で言うのも悪い気はするが、蟻塚はネアレスの気分次第で処分されるかもしれないんだ」
「……殺されるかもしれないってこと?」
「そうだ」
蟻塚の表情が曇る。 けれどまだ、俺の言葉の半分くらいしか真面目に受け入れていないだろう。
いきなり殺されるかもしれないよと言われたところで、実際に危ない目に遭ったことがなければ、そこまで本気にはしない。 それが普通だ。
「……なら、どうすればいいのよ。 夜道に気をつけていれば済む問題でもないでしょ?」
蟻塚の言う通りだ。 蟻塚一人がどう頑張ったところで解決できる問題ではない。 正直、俺もどうすればいいのやらだ。
「ごはん、できたよ」
「お」
エプロン姿の桃子が姿を現し、夕飯の支度が出来たことを告げる。
台所の方から漂ってくる、美味しそうな香り。
色々な事があってお腹が空いていたことを忘れていたが、食欲を唆る匂いに胃が空腹感を取り戻す。
「……とりあえず、食事でもしながら続きを話すとするか」
この場にいた誰もが腹を空かせていたのだろう。 俺の意見に反対する者は誰一人としていなかった。




