深夜の邂逅、再び
魔物がいるだろうという、確信はあった。
今まで会ったことはなくても、魔物の雰囲気は何となくわかる。
けれど、蟻塚美門がここにいるとは思わなかった。
確かに以前、深夜の運動公園で会ったことはあるが、まさか、また同じ場所で会うことになるとは……。
蟻塚がここらで噂になっていた巨大カマキリを操る、魔術師だという事実。
あまり嬉しくない事実だが、何も悪いことばかりじゃない。 やり方を間違えなければ、貴重な情報を聞き出せるかもしれない。
状況を再確認する。 俺が今いるのは、運動公園だ。
桃子の言っていた二人の魔術師は、危ないところだったが何とか無事だ。 俺がよっぽど間抜けなことをしない限り、死なせることはないだろう。 ひとまず安心する。
目の前にいるのは、蟻塚美門と彼女の操る魔物三体。 内一体は、姿形が他の個体と少し異なっている。 何より、やや大きめだ。
桃子には予め約束した通り、連絡済みではある。
けれど、状況が状況だ。 桃子が来るまで何もせずに大人しく待つというわけにもいかない。
「蟻塚。 お前は魔物がどんな存在なのか、わかって使っているのか?」
「……そんなの知らないわ。 わたしの意のままに動く、駒じゃないの?」
昆虫型の魔物が三体迫り来る。
見た感じ、こいつらは強化魔術で強化されている。 ならば、蟻塚は強化魔術が使えるということか。
魔物たちは、鋭い爪で俺を切り裂こうとする。
敵の攻撃速度は決して遅くない。
しかし、ここまで単調な攻撃ならば、魔眼を発動していなくても回避できただろう。
「魔物は、お前が思っているようなものじゃない。 魔物を操る力も、即席のリモコンみたいなものだ。 いつ、操作不能になるかわからない、不安定なものでしかない」
攻撃を見切り、身を翻し、一体の魔物の懐に入り込む。
そして、魔物の腹部に目掛けて、握りしめた拳を突き上げる。
バラバラに砕け散る魔物。 散らばった肉片は、すぐに黒い砂と化す。
「不安定なもの? 何よ、それ……! そもそも、何であなたは魔物のことを……」
「言っただろ。 魔物の同類みたいなものって。 だから魔物のことについては詳しいんだ。 この際だから教えてやるよ。 この魔物たちはな、人を殺す為に生まれた生命体なんだ。 その人ってのに、お前も当然含まれる」
「人を、殺す為……?」
残る魔物は二体だ。 蟻塚自身に戦闘能力があるのかは知らないが、すぐに終わるだろう。
「そうだ。 もし、お前の魔物を操る力が失われたら、その魔物たちは真っ先にお前を殺すかもしれないんだ」
「………………っ!」
「そう驚くようなことでもないだろ。 むしろ、こんな化物に、どうして身の危険を感じないのかが不思議なくらいだ。 魔物たちがお前の忠実な下僕で在り続ける保証なんて、どこにもないだろ」
「…………………」
黙り込み、苦々しい表情を見せる蟻塚。 俺の言葉を信じてくれているのだろうか。
「……どうでも良かったのよ」
「………………?」
「わたしだって、自分が危ないことをしているって自覚くらいはあるわ。 下手をしたら、死ぬかもしれないともね。 でも、それでいいのよ。 わたしが自ら望んで選んだことだもの」
「言っている意味が、わからないな」
「……あなたには、わからないわ」
動きを止めていた残る二体の魔物が、再度攻撃を仕掛けてくる。
やや大きい個体は、その体躯を生かし俺を叩き潰すように前脚を振り下ろす。
もう一体は、体勢を低くして、俺の胴体を横一文字に切り裂こうと襲い掛かってくる。
まず、振り下ろされた前脚を素早く躱す。 そしてすぐに、飛び掛かってくるもう一体の動きを捉え、自身の体を少しだけずらす。
「おっと……!」
俺のすぐ横を通り過ぎていく魔物。 俺を切り裂こうとしていた爪は、ただ宙を掻くのみだ。
後はただ、思いっきり腕を振るだけでいい。
『ギィ――!?』
俺の手刀は魔物の後頭部に直撃し、その首を刎ね飛ばす。
頭部を失った魔物は、そのまますぐに倒れ込み、ボロボロと崩れていく。
残る魔物は一体のみ。 俺に休む暇を与えることなく、背後から迫り来る。
「ふふ……。 その子はそう簡単には倒せないわよ?」
簡単に倒せなくとも、倒せるのなら問題はない。 さっきと同じように、回避して攻撃だ。 その繰り返しで何とかなるだろう。
構える。
魔物の動く姿が見える。
避けるタイミングを見計らう。 早すぎると、相手に動きを読まれてしまう。 遅すぎたら、当然攻撃を受ける。
「………………ッ!」
今だ。
地を強く蹴り、魔物から離れる。
回避して終わりではない。 狙いは、攻撃を外し隙だらけになった魔物。
間髪入れず、再度地を蹴る。
魔物に急接近をし、その勢いを殺すことなく拳に乗せ、叩き込む。
吹き飛ばされる魔物。
しかし、随分と硬く、重量感がある。 強化されているにしても、これほどまでとは。 確かにこいつは、簡単には倒せない。
けれど、全く攻撃が効いていないわけではないようだ。 何回も攻撃すれば、倒せる――。
『キィィィィイイ!!』
魔物も自身の受けたダメージがどれほどのものなのか、自覚していないわけではない。
これ以上攻撃を受けない為に、先に攻撃を仕掛けてくる。 牽制の意を込めた攻撃だ。
回避すること自体は容易いことだが、普通に回避するのも面白くない。
垂直に高く跳ぶ。
宙に浮く身体。
狙うのは、魔物の頭部。 鞭を振るうように、蹴りを放つ。
「そんな……!」
魔物の頭部は俺の放った飛び蹴りにより、斜めに傾く。 よく見ると、頭部に罅も入っている。
口から吐き出しているのは、血だろうか? 不気味な色をした液体が、地面を濡らす。
その液体に触れぬよう、魔物の腹目掛けてドロップキックをぶちかましてやる。
魔物は背後の木々をなぎ倒しながら、倒れ込む。
立ち上がろうとする魔物。
立ち上がる前に、また蹴る。 缶蹴りの要領だ。 ちゃんと加減はしてある。
蹴り飛ばされた魔物は、蟻塚の目の前に落下する。
「あっ……!」
流石に蟻塚の表情にも怯えが。 どんな事情や経緯があったが知らないが、これがお前のさせていることだ。 よく見ておけ。
「――気をつけて、君! そいつ、動きを封じる技を……」
これから魔物にとどめを刺してやろうというところで、女の魔術師が何か助言をしようとする。
『ギギギギギギギギギギィイイイイイイイイ!!!!』
「っ――!?」
その声を掻き消すかのように、叫び出す魔物。
「あはははは! 残念ね、その鳴き声を聞くと……」
騒がしいのは嫌いだ。 だから、黙らせてやる。
「……鳴き声が、なんだって?」
立ったまま動かない魔物の胴体に向けて、拳を突き出す。
俺の拳は、魔物の胴体を覆っていた装甲を突き破り、魔物に致命傷を負わせる。
「そ、そんな……。 何で効いてないのよ!!」
「何でって、言われてもな。 効かないんだから、しょうがないだろ」
今度こそ、魔物にとどめを刺してやる。 これだけダメージを与えれば、もう十分だろう。
掌に創り出すのは、赤い光球。
エネルギーを一点に集中させるイメージ。 あらゆる防壁を突破する、赤色の弾丸。
それを、魔物に撃ち込んでやる。
『ガ――』
そして光球は、魔物を一定距離まで吹き飛ばした後、激しく輝き炸裂する。
魔物は跡形もなく砕け散った。
「……魔物はもういないみたいだけど、まだ戦うか?」
「…………………………ふ」
蟻塚が不敵な笑みを見せる。 まさか――。
「何……!?」
どうやら俺の感覚もだいぶ鈍ってしまっているようだ。
まだ、いたのだ。 魔物が。 後一体。
「あはははは! 油断したわね? さあ、そいつを……。 そいつらを殺しなさい――!」
蟻塚より下された、無慈悲な命令。
しかしその魔物は、俺や魔術師二人に襲いかからない。
「……………え?」
魔物が襲おうとしているのは、蟻塚美門だった。
今にも蟻塚を殺さんと、跳躍の構えを見せる魔物。
「どっ……。 どうして……!? 何でわたしの命令が……! い、嫌っ……!!」
理由はわからない。 わからないが、どうやら蟻塚の『魔物を操る力』が消失しているようだった。
「……………………」
俺は、このまま蟻塚が魔物に襲われて死ぬのをただ見ているだけでも良かった。 因果応報だ。
それに、俺は予め忠告していた。 魔物を操る力は即席のリモコンみたいなもので、不安定な力だと。
けれど、俺は……。
「へ……?」
地を蹴り、拳を握る。 攻撃をする為に。
攻撃対象は、蟻塚を襲う魔物。
『ギィ――!?』
先程倒した個体と比べると、あまりにも手応えがない。
俺に殴られた魔物は、たった一発で粉砕された。
「………………」
恐怖からか。 すっかり気が抜けて地面に座り込んでいる、蟻塚。
蟻塚は、焦りや悔しさやら様々な感情の入り混じった表情をしていた。
ただ何を言うわけでもなく、黙り込んだまま動かない。
やはり、蟻塚本人には戦闘能力がないのだろう。 蟻塚に出来るのは、あくまで他人のサポートのみ。 駒が死んでしまえばそれまでだ。
このまま桃子が来るまで、互いに沈黙し続けても別に良い。
けれど、個人的に聞いておきたいこともたくさんある。 答えてくれるとは思えないが、聞くだけ聞いてみるか。
「もう、戦えないみたいだな。 それに、今のでわかっただろ? 魔物はお前に都合の良い駒なんかじゃない」
「……っ……!」
俺が一歩前へと踏み出すと、ビクッと体を震わす蟻塚。
「……俺が、怖いか?」
また一歩。 蟻塚に近づいていく。
「仮にだ。 これから俺が、蟻塚を殺すとする。 それでも蟻塚は、納得できるのか? これは自らが望んだ道の結末だと、受け入れられるのか? ……さっきだって、魔物に襲われようとしていて、お前は酷く怯えていたのに。 自らの死をすんなりと受け入れられるのか?」
「………………………………」
殺すだなんて物騒な発言をしたからか、余計怯える蟻塚。
「……受け入れられないよな。 その様子じゃ。 だからこそ、わからない。 蟻塚が誰にどうやって力を与えられたのかは知らないけど、何かを命令されたわけではないんだろ? それなら、何の為に魔物を操り、魔術師をおびき寄せ、戦わせた? 蟻塚に何の得がある?」
蟻塚はどうしてこんなことをしたのか。
薊海里の場合、動機は復讐だった。
復讐の為に、与えられた力は使われた。
最終的に殺人というカタチで、復讐は果たされた。
こうして振り返ってみると、まるで復讐を果たしたいと願っていたから力を与えられたかのようだ。
だとしたら、蟻塚は何故力を与えられたのかだ。 誰かに復讐をしたいだけなら、目撃情報を増やすようなマネをするだろうか。 避けられた戦いをする必要があっただろうか。
「俺が見た限り、蟻塚は魔術なんてものとは無縁の生活を送れる人間だ。 それなのに、どうしてわざわざ危険な世界へ踏み込もうとする? そんな必要、ないはずだろ。 もしかして、その力を使っていないと殺すとでも、脅されているのか?」
「……違うわ」
「じゃあ、何でこんなことをした。 お前は確かに、人を殺そうとした。 蟻塚が直接手をくださずとも、お前の操る魔物たちがこの二人を殺すところだったんだぞ?」
「わかっているわよ、それくらい……」
「わかっていないだろ。 人を殺すという行為が、どんな意味を持つのかさ。 それとも蟻塚は、既に人を殺しているのか?」
もし、殺していると答えたら、俺はどうすればいいのだろう。 わからない。
「……殺すわけ、ないじゃない」
安堵する。 が――。
「わたし、誰かを殺したいと思ったことは一度もないわ。 だって、なんか負けたみたいじゃない」
「負け……?」
何を言いだすのかと思えば……。
「殺したいと思うほどの感情を、相手に向けているってことになるでしょ。 それって、馬鹿みたいじゃない。 かといって、軽い気持ちで人を殺そうとも思わないわ。 くだらない人を殺して、そんなくだらない奴と殺した殺されたの関係になるのも嫌。 想像しただけで腹立たしい……」
そんな変わった理由で人を殺したがらない人間がいるとは。 だが――。
「……矛盾していないか? 蟻塚はその二人を殺そうとしてただろ。 魔物を操っていたのは他の誰でもない、お前なんだから」
「わたしはただ、その二人の魔術師と魔物が戦うのを見たかっただけよ。 その結果どうなろうが、知らないわ」
あくまで殺す気はなかったと言い張るのか。 まあいい。 それよりも……。
「戦うのを見たかっただけ? 何でまた、そんなものを見たがって……」
「退屈だからよ」
「は……?」
まさか、蟻塚の動機は暇つぶしだとでも言うのか?
「わたしにはね、ずっと思っていたことがあるのよ」
蟻塚は語り始める。 その顔に、先程までの怯えは見受けられない。
「この世に生を受けたからには、楽しみたい。 楽しい日々を送りたい。 つまらない日々は送りたくない」
誰だって、つまらないよりは楽しい方が良いだろう。 蟻塚は、当たり前のことを言っている。
「そんな思いを抱いたところで、わたしの日常はつまらないことばかり。 退屈な日々の連続よ」
「……そりゃ、毎日楽しいことばかりってことはないだろ」
「わたしだって、そこまで高望みをするつもりはないわ」
「じゃあ、何で……」
「気付いてしまったのよ。 普通に生き続けることの、恐ろしさに」
普通に生き続けることの、恐ろしさ? ……言っている意味がわからない。
「世の中の多くの人間は、“普通”を楽しく受け入れることが出来るのかもしれない。 でも、わたしは違ったのよ。 わたしにとって“普通”なんてものは、辛くて嫌なものでしかない」
「……どうしてそういい切れるんだ?」
「どうしてって……。 ただ、周りが普通に楽しんだり、喜んだりできるものを、わたしは楽しんだり喜んだりできないだけよ。 嫌になるのに、十分な理由でしょ? 一言で言えば、ズレてるのよ、わたし」
周囲とのズレ。 誰だって、程度に差はあれど、周囲とのズレを感じることはあるはずだ。
分かち合うことの出来ない、感情。 それは、確かに辛いことだが、決して蟻塚一人だけの特別なものではない。
「そんなズレてるわたしが、無理をして周りに合わせて、普通に生き続けたその先に、何があるのよ。 たまに楽しいことがあったとしても、周りと比べたらだいぶ充実していない日々を送り続けることになるじゃない。 そうやって歳を取って死ぬ。 そんなの、許せないじゃない……!」
その気持ち、全くわからないわけじゃないが……。
「このままじゃ、一生満たされない。 満たされないまま、死にたくない。 ……だからわたしは、普通から逃れたかったのよ。 何よりも、わたし自身の為に。 自分に嘘をつかない為にね」
周囲の普通に合わせることを拒んだ蟻塚。
拒んだからといって、周囲が蟻塚に合わせてくれるわけはない。 その果てにあるのは、孤独だ。
それでも、孤独に勝る何かがあれば、蟻塚は満たされたかもしれない。
けれど、どうだ。 蟻塚が望んでいることは、本当にこんなことだったのか。
「そんな時現れたのが、ネアレスと名乗る銀髪の青年だったのよ。 わたしに魔術の力を与えてくれた。 魔物の兵を与えてくれた。 普通じゃないものを与えてくれたのよ」




