蒼闇からの声
その扉が開いた時、周りに居た者たちは我れ先に飛び出していった。
だが彼は1人だけそこに留まった。
あの者達が居る世界よりもこの場所で1人で居たいと思ったのだ。
それはとても静かで心安らぐ時間だった。
平穏。まさにそう呼んでいい至福の時間。
彼は幸せだった。
孤独であってもそれに優る平穏な時間が彼を幸せにした。
また孤独であるからこそ自分だけの平穏を味わえた。
どれほどの日々が過ぎただろう。
次第に彼は幸せな日々に翳が差すのを感じていた。
自分と言う存在が果たすべき義務を強く感じるようになっていた。
平穏な日々を取るか果たすべき義務を取るか・・・・・
だが彼にはわかっていた。
果たすべき義務を意識したその時から
もうすでに自分は幸せではなく、もう心に平穏は無い事を。
彼はゆっくりと扉から出た。
その直後、彼は大きな靴底で踏み潰された。
2度3度青い光を放って彼は死んだ。
世界は彼が存在する事を容認する事さえ出来なくなっていた。
彼はあまりにも我が身ひとつの平穏に浸り
永い時をたった1人で過ごしてきたのだ。
世界の事など関心も持たずに
取るに足らぬちっぽけな存在が死んだからと言って
世界は何ら変わる事はない。
なぜなら彼同様に世界もまた彼の事になど関心を持たないのだから。
ここで私が彼の名を告げる事に何か意味があるとも思えない。
だが敢えて私は彼の名を告げようと思う。
いま石畳の上で緑色のシミとなった彼の名は
彼の名は
希望




