卒業記念パーティー
「みんな。これからは別々の職場に分かれることになるけれど、祖国火星のために頑張ろう。乾杯!」
洒落た雰囲気の西洋料理の店『ミケーネ』を貸切にして卒業記念パーティーが始まった。
乾杯の音頭は幹事を務めるジェームスだった。
卒業生の卒業生による卒業生のためのパーティーでお偉いさんも教官も寮監もいなかった。
立食パーティー形式で、一〇を超えるテーブルに、野菜のテリーヌ、ポテトサラダ、スモークサーモン、ローストビーフ、フライドチキンといった料理が並び、飲み物も、乾杯用のスパークリングワインをはじめ、ビール、ウィスキー、ワイン、ウォッカ、そして焼酎までもが用意されていた。
俺は乾杯の合図でスパークリングワインの入ったグラスをいきなり空にすると、次にウィスキーの水割りに手を伸ばした。
口当たりがよかったので、これもつい飲み干してしまった。
配属先を巡ってモヤモヤした思いを抱えていた俺は酔いたい気分になっていた。
そして、近くのテーブルに憧れのビアンカ・ビアス准尉を見つけると、普段は積極的に話しかけないくせに、まっしぐらに近づいて話しかけた。
多分、もう酔い始めていたんだと思う。
「よっ! ビアンカ」
ビアンカは、温かみを感じさせる象牙のような白い肌に、アクアマリンのような淡い色合いの青い瞳で、ふんわりとした金髪をショートボブにカットしていた。
美人でスタイルがよく、おまけに性格もいい。俺のお気に入りの同期生だった。
いや、俺だけじゃない、彼女を狙っている同期の男は極めて多かった。
「ダイスケくん、随分ピッチ速いね。大丈夫?」
ウイスキーの水割りをスポーツドリンクのような勢いで飲んでいる俺を見て、ビアンカは少し心配そうに眉を曇らせた。
「大丈夫。艦内勤務になったら飲めなくなるからな。飲み貯めさ」
「知らないよ。酔っぱらっても」
彼女は優しく親しげだったが、それは俺に対して特別好意を抱いているからではなかった。
彼女は誰に対してもわけへだてなく優しかった。
「君も凄い食べっぷりじゃないか」
彼女の取り皿には、ポテトサラダとローストビーフが山盛りになっていた。
しっかり食べるくせにビアンカはすらりとして、とてもスタイルがよかった。
ダイエット中の女子から見ればうらやましい限りだろう。
「うん、宇宙船勤務になるとフリーズドライの宇宙食が中心になるでしょ。きっと、これほどおいしくはないと思うから、食い貯めかな。そう言えば、ダイスケくん。配属艦は?」
『そうか、俺の配属先は見なかったか』
配属先を改めて聞かれて、俺は少し悲しくなった。
俺はお気に入りの彼女の配属先は情報端末ですでにチェックしていた。
「輸送艦セドナさ。君は艦隊旗艦の戦艦ラクシュミーだろ」
「よく知ってるのね……私が旗艦だなんて、ちょっと恐れ多くて」
嫌味はなかった、本当に不安に思っているらしい。
悲しいかな俺は火星が誇る超弩級宇宙戦艦に配属された彼女のことがうらやましかった。
ジェームスのことも合わせ、俺だけ取り残されたようで惨めな気分になった。
「君なら、どんな艦のどんな任務でも務まるさ」
お世辞ではない。
彼女はとても優秀で士官学校のどんな教科でも平均を遥かに超える点数を常にたたき出していた。
ほとんどみんな平均で得意科目が何もない俺とは対照的だった。
「ありがとう」
そういった彼女の笑顔は、俺にはとてもまぶしかった。
「やあ、楽しんでるかい?」
俺が彼女の笑顔をぼんやりとみていると、シルバーブロンズで火星の海のように澄んだブルーの瞳を持つイケメンが俺たちのそばにやってきた。
「ジェームスくん、ありがとう。最高の卒業記念パーティーだね」
ビアンカはその愛らしい笑顔を今度はジェームスに向けた。
「そう言ってくれると、幹事をやった甲斐があるよ」
そのまま、二人は楽しげに談笑し始めた。
「おお、ダイスケ」
「なんだ、マリオか。どうした」
ビアンカとジェームスの横で、会話に加わることもなく、一人寂しくウィスキーをあおっていると、俺の相方のマリオがやってきた。
マリオはなぜか芋焼酎の瓶を手にしていた。
「俺も、あの後いろいろ調べてみた。やっぱ『寄らば大樹の陰』だわ」
「なんのことだ?」
また、ことわざを会話の中に混ぜてきた。
珍しくことわざ自体はあっていた。
しかし、彼の場合、言いたいことと、引用したことわざがあっているとは限らなかった。
「艦内設備は、大型航宙母艦ヴァルキュリアが最高らしい。おまけに乗組員も多いから、若い女性も多いそうだ」
『こいつがうらやましいと思う基準は戦闘能力とかじゃないんだ……』
そう考えて、ちょっと可笑しくなった。
「マリオくん、君は何をするために、軍艦に乗るのかね」
俺は、マリオのおかげでいつもの調子を取り戻した。
「いいか、ダイスケ。人生は楽しまなくちゃ。ストイックなのは結構だが、一歩間違うと、『ネクラ』のそしりを免れないぞ」
マリオは芋焼酎を手近なグラスに注ぎ、ストレートで飲み干すと、俺の目の前で人差し指を左右に振った。
「不埒者の烙印を押されるよりはマシだと思うけどね」
「構わないね。だいたい、もともと俺は軍人になりたかったわけじゃないし」
「そうか、そのぽっちゃり体型と日本文化好きから察するに、相撲レスラーだな、なりたかったのは」
「違うわ!」
俺は機嫌を直して、しばらくマリオと漫才をやっていたが、ビアンカと楽しそうに談笑しているジェームスが、チラチラと目に入ってだんだんと腹が立ってきた。
悪い酔い方をしはじめたらしい。