俺の家族
卒業記念パーティーまでは、まだ大分時間があった。
丁度、昼休みの時間だったため、俺は父親に電話をすることにした。
現場に配属される前に久々に声を聴きたかったからだ。
「ダテ・ダイスケです。電話の使用許可をお願いします」
俺は学生寮に戻り、三名ほどの順番待ちをした後、白髪交じりのいかつい寮監(寮を管理する職務を担う軍人)に敬礼して『公衆電話』の受話器を受け取った。
軍隊以外では見たことのない博物館級の旧式の機械だ。
携帯できず固定されており音声通話以外一切できないという冗談のような機械だった。
おまけに運用方法もふざけていた。
寮監のすぐ横でそのまま通話をすることになっていたのだ。
これではプライバシーもクソもない。
俺たちは全員高性能の情報端末を腕につけていたが、セキュリティの関係で外部との通信が一切できないようになっていたので、士官学校以外と連絡をとるときにはこの冗談のような機械を使うしかなかった。
機械に詳しいからといって携帯情報端末を改造することなど、もってのほかだ。
そんなことをしたら最悪スパイ罪で処刑される。
不便この上ないが宇宙軍士官学校の外部との連絡は、この『公衆電話』を使うしかなかった。
そして、この『公衆電話』は寮監が聞き耳を立てているだけでなく、通話内容も記録されているというのが周知の事実だった。
「ああ、おやじ? ダイスケだけど」
『……久しぶりだな。繰上げで卒業なんだろ。ニュースで見た。配属先は決まったか?』
火星と宇宙ステーションは距離が離れているため音声通話はタイムラグを伴った。
ちょっともどかしい。
「ああ、決まった。輸送艦セドナで、操艦担当だ」
『……まあ、よかったじゃないか……人を殺めないですみそうな配属先だ』
およそ息子を兵隊として送り出した父親とは思えない発言だった。
実は俺の父親はキリスト教の牧師だった。
そして、牧師だけでは暮らしていけないので、役所の委託で孤児院もやっていた。
そのため、俺には血のつながりのない『弟』や『妹』が二十人ほどいた。
役所のくれるお金は充分ではなかったので、俺たち家族は飢え死にするほどではないものの、ほどほどに貧乏だった。
俺が士官学校に入学した理由は他でもない、ひとつには他の上級学校に通うほどの金がなかったからだ。
士官学校なら衣食住が無料で給料も出るため、『弟』や『妹』に十分におやつを食べさせてあげることができる。
そして、俺が士官学校に入学しようと思ったもうひとつの理由は俺が上級学校をどうするか考えていたとき、火星と地球の紛争が激しくなり、何人かの戦災孤児を引き受けたからだ。
俺はそいつらに代わって親の仇をとってやりたかった。
「輸送艦勤務だからといって戦闘に巻き込まれないという保証はどこにもないよ」
そう言ったものの、確かに父親の言うとおり、通常の戦闘艦艇に比べて平和なんじゃないかなと実は俺自身も思っていた。
『……まあ、そうだろうな』
「ちょっと俺の希望と違ったんだけど」
横で寮監に聞かれていたが、つい不満が口をついて出てしまった。
『……贅沢言うな軍艦に乗るという希望は叶ったんだから……地上勤務の同期もいるんだろ』
「そうだけど」
こういうなだめ方をされるのはちょっと意外だった。
父親の本心としては地上勤務になって欲しいと考えているはずだった。
軍に検閲されていることを気にしているのだろうか。
『……身体を大切にな。それから、何があっても必ず生きて帰って来い。いいな』
「わかった」
大切に思ってくれるのはわかるが、やはりなんとも物足りない感じがした。
さりとて俺の父親が『火星のために命を捧げろ!』みたいな言葉をかけるとも思えなかった。
『……ん? あっ、ちょっと待て電話代わるな』
「?」
父親の電話の向こうで何か騒がしい声が聞こえた。
チビ助たちが騒いでいるのだろうか。
『……おにいちゃん?』
「ナナか?」
小さな女の子の声が受話器から聞こえてきた。
ナナは四年前、五歳のときにうちに来た戦争孤児のひとりだった。
栗色の髪の毛でそばかすの目立つやせた女の子で俺にとても懐いていた。
『……うん、ナナだよ』
「待ってろよ。ナナ。おにいちゃんが悪い地球人をやっつけて、みんなのパパやママの仇を討ってやるからな」
『……あのね。危ないことはしないで、ちゃんと帰ってきてね。約束だよ』
残念なことに、父親と同じく『頑張って!』とは言ってくれないようだ。
「頑張って帰ってくるようにするよ。ナナも元気にしてるんだぞ」
『……うん』
ナナと話すことによって、俺は彼女たちを不幸にした地球人と戦いたいという想いを改めて強く抱いた。
そして、輸送艦という職場に改めて不満を感じた。