俺とマリオの配属先
「卒業生に連絡します。配属先は各自、情報端末で確認してください。また、配属先がどこであるかにかかわらず学生寮は明朝一〇三〇時までに退去してください。繰り返します……」
配属先の内示は士官学校内部の情報ネットワークで行われた。
軍隊ではセキュリティ対策のため、外部とはネットワークがつながっていない。
また、士官学校と火星艦隊もつながっていなかった。
技術が進歩しているのに軍部は機密保持のため、情報ネットワークの快適性と利便性をあきらめていた。
俺たちは講堂から出ると、配属先を確認するために広大なロビーで各自、思い思いに左腕につけられた情報端末を操作しはじめていた。
俺の一番の希望は憧れのロドリゲス提督が指揮する高速機動艦隊に配属されることだった。
しかし、高速機動艦隊を構成する高速巡航艦は、すべてベテランの乗組員で固められているという話だった。
士官学校、それも正規過程を終了せずに現場に出てくるヒヨッコはお呼びじゃないはずだ。
であるならば、次の希望としては大型航宙母艦か超弩級宇宙戦艦に配属して欲しかった。
特に大型航宙母艦の無人戦闘機のオペレーターであれば、遠隔操作で隊長機を操作すると四機の無人戦闘機が同調する仕組みであるため、戦闘小隊を指揮する気分を味わえる。
俺はドキドキしながら左腕につけた手のひらサイズの液晶パネルに見入った。
士官学校生全員の配属先が記入された一覧表がゆっくりと下から上にスクロールし、しばらくすると、また同じデータが下から上へと繰り返し再生された。
俺は何度も配属先を確かめた。
しかし何度見ても結果は同じだった。
『宇宙輸送艦セドナ』それが俺の配属される艦の名前だった。
「ダイスケ、そう気を落とすな。俺と一緒の艦だ」
突然、俺はそう声をかけられた。
傍目にも落胆している様子がわかったのだろう。
俺は顔を上げて声の主を確認した。
声をかけてきたのはルームメイトのマリオ・マルコーニ准尉だった。
ミルクティーのような色の髪、チョコレートのような色の瞳、マショマロのようなふかふかした白い肌のぽっちゃりした男だ。
ルックスよりもその人懐っこい性格のおかげで女子に一定の人気があった。
とてもいい奴なのだが残念なことに成績は見事に超低空飛行で一時は卒業も危ぶまれていた。
そもそも軍人になりたかったわけではないらしく嫌々士官学校に入ったようだ。
士官学校の卒業生と言えば軍隊内では一応エリートで、入学したくても入学できない奴もいることを考えれば贅沢な話だった。
なぜか大の日本文化びいきで入学当初いきなり俺に話しかけてきた。
その内容は今でもはっきりと覚えている。
『お前、日本人だよね!』
『確かに日系人だけど』
『じゃあ、友達になろうぜ!』
『はあ?』
『ダテっていうと、ひょっとして独眼竜正宗の子孫か?』
『妙に詳しいな。でも苗字がダテだからといって伊達政宗の子孫てわけじゃないと思うけど』
『そうか、残念だな。それじゃあ、忍術は使える?』
いろいろ、日本文化に対する誤解や幻想を解くのは大変だったが、それ以来、腐れ縁でつるんできた。
配属先が同じなのは嬉しかったが、どうせなら別の艦で一緒になりたかった。
「俺としては航宙母艦や戦艦で、地球との艦隊決戦に参加したかったんだよな」
「いいか、ダイスケ。『人生万事塞翁が丙午』というだろ」
マリオの困った癖は、会話の中にやたらと、日本のことわざや故事成語を混ぜてくることだった。
しかも、そのほとんどは微妙に間違っていた。
「それをいうなら、『人間万事塞翁が馬』だろ」
「細かいことは気にするな。いいか、ダイスケ。何が幸いするかわからない。それに、どの艦に配属されようが俺たちは、どうせ一番の下っ端なんだから同じだろ。戦艦で雑用係をするのと、輸送艦で雑用係をするのにどんな違いがある? いや待て、『蛍光灯となるも牛乳となるなかれ』というくらいだから、むしろ小さな艦の方が俺たちの存在をアピールできるぞ」
「それをいうなら『鶏口となるも牛後となるなかれ』だろ。どうせ間違うんだから、ことわざや故事成語を会話に混ぜるのやめろよ。それとも、わざと間違って突っ込みを入れてもらっているのか?」
だとしたら、逆にたいしたものだ。
「想像にお任せする。ともかく同じ艦なんだから仲良くやろうぜ、しみったれた顔すんなよな」