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俺と彼女と宇宙輸送艦セドナ  作者: 川越トーマ
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最後の望み

「地球艦隊、応答してください! こちら小惑星ウルジーナ」

 中央制御室に戻ると、リサさんが地球艦隊に向かって必死で呼びかけていた。

 地球艦隊の攻撃と思われる鈍い衝撃は続いていた。

 正面の大型モニターには、艦隊中央の宇宙巡航艦と思われる戦闘艦艇が映し出されていた。

 ステルス性能を高めるために多面体で構成されたサメのようなフォルムの宇宙船だった。

 軍の資料映像で見たままの姿だ

『こちら、地球艦隊旗艦ドルトムント。ウルジーナ聞こえるか?』

 通信装置のスピーカーから、若い男の声が聞こえてきた。地球なまりの発音だった。

 リサさんが、俺の方を見て安堵の笑みを浮かべた。俺は大きくうなづいた。

「聞こえる! 聞こえます! 状況を伝えます。現在、ウルジーナは推進機関が爆破され自力航行ができません。ウルジーナの軌道変更に必要な各種データを送ります。通常の電磁誘導砲やミサイルではウルジーナの軌道変更や破壊はできません。攻撃中止をお願いします」

 しばらくして攻撃が止んだ。

『現在データ解析中だ。いずれにしても危険なので、君たちは先に脱出しろ』

 地球艦隊から帰ってきた言葉は予想外の優しいものだった。

「どうしようダイスケくん、できたら交渉を代わってくれる?」

「わかりました」

 リサさんが自信なさそうな視線を俺に送ってきたので、俺はマイクを代わった。

「地球艦隊旗艦ドルトムント、残念ながら当方は自力では脱出できない。推進機関だけでなく、ゲートも破壊されている。おまけに脱出用の宇宙船もない。図々しいお願いかもしれないが、救助してくれればありがたい」

 しばらく間があった。

『了解した。救助方法を検討する。そちらに自動防衛システムのようなものがあれば解除しておいてくれ』

「幸か、不幸か、そのようなものは装備していない」

『了解した。ゲートの厚さやウルジーナの内部構造に関するデータを送ってくれ』

 俺はウルジーナのデータベースから必要なデータを取り出し、相手に送った。

「意外といい人たちですね。救助活動なんか引き受けてくれないと思ってました」

「そうね。でも、希望があったから頼んでみたんでしょ?」

 リサさんは微笑みながら答えを返した。

「そのとおりです」

 俺はリサさんに、にっこりとほほ笑み返した。

 何十分も待ったわけではないのだろうが、待つ時間はとても長く感じられた。

 地球艦隊から返信があったころには俺とリサさんは再び不安にかられ始めていた。

『小惑星ウルジーナへ、こちらドルトムント、聞こえるか?』

「聞こえます」

『諸君たちから送られたデータは信じるに値するデータだった。諸君の救助方法及びウルジーナの軌道変更方法をともに検討した。その答えを伝える』

 俺たちは固唾を飲んだ。

『悪いことに、ウルジーナは地球に接近しすぎている。また、地球艦隊は現在艦艇数が一〇隻に満たない。火星艦隊との決戦で多大な損害を蒙ったのが原因だ』

 言葉の端に苦々しい感情がのぞいた。

『諸君から話があったとおり、火力を一点に集中させて集中砲火を浴びせても、ウルジーナの軌道を変えることはできないだろう』

 声の調子はさらに暗くなった。

『そこで地球の残存艦艇のほとんどを順次超高速に加速して自動操縦でウルジーナに体当たりさせることにした』

 リサさんの想定通りだ。

『この作業は加速に必要な時間を考えると直ちに着手する必要がある。そのため、残念ながら先に諸君を救助する時間的余裕はない。君たちの救助作業は軌道変更後に行うことになる』

 俺は愕然とした。リサさんの表情も青ざめていた。

「そちらの艦艇が加速している間に、救助作業をしてもらうわけにはいかないのか?」

 それがどれくらいの時間かはわからないが何とかしてほしかった。

『残念ながら現在この場にいる地球の艦艇には工作艦のようなものはない。そちらから送ってもらったデータから君たちの救助方法を検討したが、レーザー削岩機のような装備と十分な時間が必要だ』

 本当に残念そうな気持ちが伝わってきた。

『申し訳ないが、地球人全員の命がかかっている。理解してほしい』

「ここは無事ですかね」

 俺は大きなため息をついて、できるだけ気楽な調子でリサさんに話しかけた。

「ウルジーナ自体が完全に破壊されることはないでしょうけど、衝撃に中の人間が耐えられるかは別の話よ」

「俺たち死んじゃったりはしないですよね?」

 リサさんは曖昧に首を振った。

「頑丈な箱に入ったデコレーションケーキを落としたときとか、生卵の入った買い物カバンを落としたときとか、そんな状態にならなきゃいいけど」

 分かりやすい例えだ。

 俺は思わずウルジーナの壁に叩きつけられて生卵みたいにつぶれている自分の姿を想像してしまった。

「それでもリサさん、了解していいですね」

 リサさんは黙ってうなづいた。

 まあ、俺たちが了解してもしなくても地球艦隊が作戦を開始するのは明らかだった。

「こちら、ウルジーナ。了解した。衝突予定時刻を教えてくれ」

『理解してくれてありがたい。ウルジーナとの衝突予定時刻は後で連絡する』


 俺たちは狭い倉庫を避難場所にした。

 天井が落ちてくる心配はなさそうだし、狭い範囲に柱が多く使われているので、構造上、頑丈だ。

 倉庫の中にはウルジーナの居住区にあったマットレスや掛け布団など、クッションになりそうなものを目いっぱい詰め込んだ。

 それから扉は閉めない。扉が開かなくなり出られなくなると困るからだ。

『作戦開始まで、六〇秒……五〇秒……』

 コンピューターの人工音声がカウントダウンを始めた。

 ウルジーナのメインコンピューターには地球艦隊から送られてきた作戦開始時刻をセットしてあった。

 俺とリサさんは宇宙服を着用し、ヘルメットをかぶり、倉庫の中に入った。

「これだけ準備しておけば、きっと大丈夫ですよ」

 それから、どれくらい意味があるかはわからなかったが、俺はリサさんを抱き寄せ、庇うように覆いかぶさった。

 ありえないことだったが宇宙服越しにリサさんの体温を感じたような気がした。

「ダイスケくん……」

「リサさん、身体を丸めて」

「はい」

 俺は、あの地球のステルス艦でフローラ・フランクール少尉をかばって死んだ男のことを思い出していた。

 彼も少しでも相手の盾になりたいという気持ちだったのだろう。

「リサさん、ありがとうございました」

「えっ?」

 通信機ではなく密着したヘルメットを通じてリサさんの声が身近に聞こえた。

「リサさんが一緒だったから、俺、がんばれました。もしも一人きりっだら、きっと絶望して何もできなかったと思います」

「ううん、私こそ、もしも、このまま死んでしまったとしても最後に一緒にいたのが、ダイスケくんでよかった」

 リサさんは俺の腰に回した手に力を込めた。

「……俺もです」

 そんなことを言ってもらえるとは思えなかった。

 連続する悪夢の中で最後にいい夢をみることができた。しかも、その夢には続きがあった。

「ダイスケくん、もしも、これで生き残れたら……」

「えっ?」

「……あのね」

 リサさんの甘い声が俺の心を溶かした。

 コンピューターのカウントダウンはすっかり耳に入らなくなっていた。

 幸福感にゆるんだ俺の身体の中に凄まじい衝撃が突き抜けた。

「うっ……」

 最後の最後に油断した俺は、何度も受けた衝撃のせいで不覚にも意識を失ってしまった。

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