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俺と彼女と宇宙輸送艦セドナ  作者: 川越トーマ
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復旧作業

 俺は三時間ほどウルジーナの内部を動き回り状況を確認した。

 破壊されたのは推進装置だけではなく思った以上に事態は深刻だった。

「メインの推進装置は手が付けられません。ゲートですが開閉のためのハードが遠隔操作式の爆弾で破壊されています。それと高速エレベーター脇のパイプスペースも」

「やっぱりだめだわ、私。推進装置に設置された爆破装置しか気づかなかった」

 リサさんは深いため息をついてうつむいた。

「気づくわけないですよ。リサさんの落度じゃありません!」

「ごめんね。愚痴っぽくて」

「いいえ……システム系の動作状況はどうですか?」

「外部モニター、天体観測システム、通信システム、とにかく外部からの情報がまるで入らないわ、目も耳もふさがれている状態よ」

「多分、高速エレベーター脇のパイプスペースが爆破されたのが原因です。あそこには、この中央制御室と外部のアンテナやカメラ、センサーを結ぶ通信ケーブルが集中していますから」

「そうね」

「とりあえず、俺は破断しているケーブル類を復旧しようと思います。リサさんは、このウルジーナの軌道を変える方法を考えてください」

「でも推進装置が破壊されてしまった状況では自力ではどうしようもできないわ」

「通信システムさえまともに動けば、状況を説明して助けを求めることはできます」

「誰に?」

 リサさんの疑問はもっともだった、火星艦隊はすでに全滅しているのだから。

「このウルジーナを破壊するためにやってくる地球艦隊にです」


 超弩級宇宙戦艦や大型航宙母艦は別として、戦闘用の宇宙艦艇には、通常メンテナンス専門の要員は搭乗していない。

 しかし、当然、故障や、事故、戦闘時の損傷は発生する。

 そのため、宇宙軍士官学校では徹底的に応急修繕のテクニックをたたき込まれた。

 それが役に立つことになった。

 俺は、まず、修繕に必要な通信ケーブルや工具類を探しまわった。

 ひとくちに通信ケーブルといっても、コンピューターネットワーク用のものや映像データ用のもの、音声通信用のものと用途も様々で、それによって、太さや材質も違い、金属製のケーブルもあれば、グラスファイバー製のケーブルもあった。当然使用する工具も異なる。

 俺が作業に必要なケーブルや工具を全て見つけ出すのに、たっぷり二時間以上かかってしまった。

「遅くなりました。これから作業を開始します」

 一度、中央制御室に戻ってリサさんに報告した。

 腕についている情報端末の無線通信機能は使えたが、俺はリサさんの顔を直接見たかった。

「ダイスケくん、身体壊すよ。とりあえず休憩しよ」

 リサさんは心配そうな表情で俺に椅子をすすめた。

 無重力状態なので立っても座っても同じようなものだったが、俺は彼女の言うとおり腰を下ろした。

「ちょっと、待っててね」

 リサさんは無理してつくったような微笑みを浮かべると席を立った。

 俺はぼんやりとリサさんが立ち上げているコンピュータの画面を眺めた。

 俺にはよくわからない計算式が並んでいた。

 やはり彼女は頭がいいんだなと今更ながら認識した。

「お待たせ」

 リサさんは両手にフリーズドライの食糧を持っていた。食事を作ってくれたらしい。

「治部煮とボルシチ、どっちがいい?」

「ありがとう。リサさん……じゃあ、治部煮で」

 俺は一瞬、またお湯の入れすぎで薄味になってるのかなと思ったが、渡された食事は適量のお湯できちんともどされていた。

「とっても、おいしいです」

 ひとくち食べるとすぐに俺は笑顔を浮かべてリサさんにお礼を言った。

 疲れていた胃袋にしみるような食事だった。

 お腹の空いていた俺は無言で食事で平らげた。

「……ごめんね。こんなことに巻き込んじゃって」

 リサさんはあまり食事が進んでいなかった。

 うつむいたまま、つぶやくように言葉を紡いだ。

「好きで巻き込まれているんですから、気にしないでください」

 俺はリサさんを見つめながら、ゆっくり優しく言葉を返した。

 リサさんは顔を上げ、眼に涙をいっぱいためて俺のことを見つめていた。頬も赤い。

「?」

 俺は何か余計なことを言ってしまったのだろうか? 何となく居心地が悪い気分になった。

 リサさんの立ち上げたコンピュータの画面に視線を向けて強引に話題を変えた。

「ところで、自分で言ったことですけど。地球艦隊がこのウルジーナを止めるとしたら、どんな手段をとると思いますか?」

 リサさんは小さなため息をつくと、表情を引き締めた。

「……恐らく、地球艦隊は単純に破壊しようとするでしょうけど、電磁誘導砲や通常ミサイルでは破壊はおろか、軌道を変えることもできないでしょうね」

「核ミサイルなら?」

「表面を焼き払うだけよ」

「手がないっていうことですか?」

「このウルジーナの軌道を変えるためには大きな運動エネルギーが必要なの。電磁誘導砲の砲弾みたいな小さな質量ではなく、もっと大きなもの、例えば超弩級宇宙戦艦とかをぶつける必要があるわ」

「地球最大の宇宙戦艦でも質量が足りなかったら?」

「その時は何隻もぶつけるか、衝突速度を上げるしかないわね」 


 破断したケーブルを復旧するといっても、金属製のコードを溶接したり結んだりするわけではなかった。

 特殊なコネクターを使って接続するか、中継器間のケーブルを敷設しなおすかのいずれかだった。

 そして通信用のケーブルは規格によって中継器を使用しないでつなぐことのできる長さが異なった。

 ある規格は一〇〇メートルであり、ある規格は一〇〇〇メートルだった。

 したがって中継器の設置間隔もそれに合わせたものになっていた。

 点検の結果、一番作業量が多いのは、コネクターを使用できず、八〇〇メートルほどの距離のケーブルの張りなおすというものだった。

 用途の分からないケーブルも多かったので作業量の少ないものから片付けていた。

「リサさん、どうですか?」

 ケーブルを一本復旧させるたびに俺は情報端末でリサさんに連絡を取った。

 通信状態を確認するための検査機器も持っていたが、実際のサービスが利用できるかはユーザーサイドで確認した方がいい。

 という建前もあったが、俺はリサさんの声が聞きたかったのだ。

『……レーダーが使えるようになったわ、ありがとう、ダイスケくん』

「それはよかったです」

 リサさんの喜ぶ声を聴いて俺もうれしくなった。

 これで、レーダー、赤外線センサー、ウルジーナ内部の映像などが復旧し、残りは外部の映像と、通信システムだけになった。


 ケーブル敷設作業を開始してから四時間、ウルジーナに閉じ込められてから九時間以上が経過していた。

 シフト的にはそろそろ当直明けの時間でだいぶ疲労もたまっていたが、たまに聞くリサさんの声が俺にとってのカンフル剤になっていた。

「……そういえば、リサさんて、シフト上どうなってますか? そろそろおやすみの時間じゃないですか?」

 リサさんは基本シフト表に入っていない人だったが、俺とコンビでウルジーナの航路設定をしていた関係で俺と同じ生活時間になっているはずだった。

『大丈夫、心配してくれてありがとう。それよりゴメンね、技術者のくせにケーブル敷設作業とかできなくて』

「気にしないでください。俺だって航法担当のくせにウルジーナの航路計算はできないんですから」

『優しいのね。ダイスケくんは』

「あんまり言われたことないです」

『うそ』

「ほんとです」

 孤児院のチビ助たちには言われたことはあるが、大人の女性には言われたことがなかった。


 俺はリサさんとの楽しい会話を切り上げて、次のケーブル敷設作業に移ることにした。

『あれ、レーダーに何か映ってる。数は九つ。小惑星かしら』

「リサさん、赤外線センサーにはどう映ってますか」

『……熱源体だわ』

「地球艦隊です!」

 俺は慌てた。

 ぐずぐずしていると攻撃が開始されてしまう。

 ウルジーナ自体は破壊されなくても、外部に露出している通信用のアンテナやカメラなどの外部機器が破壊されてしまうかもしれない。

 そうなったら、今、俺のやっている復旧作業は意味がなくなってしまう。

「リサさん、有効射程に入るまでの時間を教えてください」

 俺はケーブル敷設作業をしながら通信端末に語りかけた。

 しかし、なかなか返事が返ってこない。

「リサさん?」

『ごめん、わからないの』

 めそめそした声が返ってきた。

 よく考えてみたらリサさんは宇宙軍の中尉ではあるが士官学校で教育を受けたわけではない。

 地球の主力艦の電磁誘導砲やミサイルの有効射程が何万キロかなんてこと、そもそも知らないのだろう。

「こっちこそ、ごめん。通信機器と外部映像のどちらが復旧したか教えてくれればいいです」

 俺はさらに一本のケーブルの敷設替えを完了した。

「どうですか?」

『外部映像が復旧したわ……あれが地球の主力艦隊……』

 リサさんの呆然した声が聞こえてきた。


 最後のケーブル敷設に取り掛かった。

 結局通信システムの復旧が一番最後になってしまった。

 俺は無重力のパイプスペース内で必死にジャンプを繰り返していた。

 八〇〇メートルのケーブルを引き終わると十分な余長よちょうを残し、中継機器につなぎこむための末端処理を開始した。

 そのとき、鈍い衝撃が伝わってきた。

「マズい!」

 一人きりだったが、俺は思わず大声で叫んでいた。

『地球艦隊の攻撃だわ!』

 通信端末からリサさんの声が聞こえてきた。

 もうちょっとで作業は終わる。間に合え!

「これでどうだ! リサさん、動作確認をお願いします!」

『わかった……直ったわ! ダイスケくん!』

「よし!」

 俺は薄暗いパイプスペースの中で人知れずガッツポーズをした。

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