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俺と彼女と宇宙輸送艦セドナ  作者: 川越トーマ
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戦争の結末

 宇宙軍士官学校の学生寮は、男子と女子では別の寮になっており、厳しい門限、無届の外出禁止、異性の立ち入り禁止、酒・タバコの持ち込み禁止、賭博行為の禁止、一般社会との通信禁止、電子ゲームの使用禁止など様々な規則があり、禁止行為が発覚すると、部屋ごと、学年ごと、寮ごとの連帯責任が待っていた。

 馬鹿な学生を立派な軍人にするための規則ではあったが、規則があれば、それをかいくぐることに生きがいを見出すのも、また、人間の習性である。

 一番多かったのは禁止の網がかからない寮の外部で禁止行為を堪能するというものだった。

 その結果、一番多く摘発されるルール違反は楽しい禁止行為にふけって門限に遅れるというもので、俺とマリオは、この関係で寮監と攻防を繰り広げることが多かった。

「ダテ准尉、マルコーニ准尉。昨日の入退館記録の一部が欠落しているのだが、どういうことか説明したまえ」

 白髪交じりのいかつい寮監が俺たち二人を呼びつけて睨んでいた。

「一部と申しますと、外出時でしょうか、帰寮時でしょうか?」

「無論、帰寮時だ」

 とぼけて質問する俺に寮監は怒りを押し殺していた。

 確かに出かけるときは入退館管理システムに情報端末をかざして出かけたが、帰りは窓から入ったので入退館管理システムにデータが残るわけがなかった。

「申し訳ありません。酔っていたため情報端末をかざし忘れました」

 酔っていたことだけは本当だった。

「ふざけるな、入退館管理システムとドアの開閉はセットだ。入館できないだろ!」

「申し訳ありません。たまたまジャクソン准尉と一緒だったので、彼と一緒に入館してしまいました」

 不本意ながら俺は友達の一人を巻き込んでしまった。

「ジャクソン准尉、管理室に出頭してくれ」

 寮監の呼び出しを受けて、ジェームスはすぐに現れた。

 状況を悟ったらしく迷惑そうな表情で俺たちのことを見た。

「ジャクソン准尉、昨日、帰寮時に、この二人と出くわしたか?」

「はい、出くわしました」

 イケメンで優等生のジェームスは、事情を察したうえで俺たちのことをかばってくれた。

「マルコーニ准尉、昨日、帰寮したのは何時だ?」

「うろ覚えですが、二一四〇時くらいだと思います」

 寮監としてはトラップにかけたつもりだろうが、俺たちは昨日のジェームスの行動はすでにチェックしていた。

「帰寮時は、必ず入退館管理システムに情報端末をかざすこと、以後気をつけるように!」

 寮監は俺たちの言うことをまるで信じていなかったが、特に証拠や証言が得られそうにないので引き下がった。

 多分腹の中では『今に見ておれ!』と思っているに違いなかった。

「いやあ、ジェームス、助かったよ」

 俺は手を擦って、ジェームスにお礼を言った。

「まったく迷惑な奴らだ。お礼にお前たちのコントを見せてもらうからな」

 ジェームスはそう言って、ニヤリと笑った。

「コントなら毎日見せてやる。それと、この間いい店を見つけたから今度おごるよ。次は三人で飲みに行こうぜ。」

 俺は笑顔でジェームスに話しかけると、ジェームスは急に悲しそうになって静かに首を横に振った。

「悪い、もうお前たちとは一緒に飲めなくなった」

 アラート音が鳴り響き、俺は宇宙輸送艦セドナの自分の居室で目を覚ました。


「艦長から諸君に重大発表がある」

 俺は当直明けで就寝中だったが、艦内放送でたたき起こされて中央制御室に足を運んでいた。 イワノフ艦長は沈痛な表情で艦長席に座っていた。

 そして、リサさんや作業班のホラン大尉までが中央制御室に集まるとようやく立ち上がり、口を開いた。

「今から二時間ほど前、火星艦隊は地球艦隊と接触、激しい戦闘が行われた。その結果、火星艦隊は全滅したらしい。旗艦ラクシュミーは爆発、航宙母艦ヴァルキュリアは大破。惑星間航行が可能な大型艦艇はすべて破壊されたとのことだ」

『嘘だ!』

 俺は心の中で叫んでいた。

 確かに地球に勝つことは難しいとは思っていた。

 しかし、全艦艇が破壊されての全滅など考えていなかった。

 敗色が濃厚となれば撤退や降伏といった対応をするのではないのかと思っていたのだ。

 火星艦隊が全滅するまで戦うとは……旗艦の超弩級宇宙戦艦ラクシュミーには同期のアイドルで俺のあこがれの人であるビアンカが、そして航宙母艦バルキュリアには、友人のナイスガイ、ジェームスが乗っていた。

 宇宙艦艇が戦闘で破壊されれば乗組員はほとんど助からない。

 この間の戦闘でもセドナを護衛してくれた宇宙巡航艦バステトの乗員はだれ一人助からなかった。

 地球のステルス艦でも助かったの一人だけだ。

 俺は身体から力が抜けていくのを感じていた。

 怒りや憎しみよりも喪失感が広がった。

「畜生、地球の奴らめ!」

「俺たちのことは無視か!」

 中央制御室で他の士官たちが口々に罵るのをぼんやりと聞いていた。

「高速機動艦隊は? ロドリゲス提督なら何とかしてくれるんじゃあないのか?」

 火器担当のガンビーノ中尉がガラガラ声を響かせた。

 俺は卒業式に来てくれた火星の英雄の顔をぼんやりと思い出した。

 二年前の地球艦隊との戦闘で三倍の数の敵を撃滅した奇跡の英雄、若々しく、自信にあふれ、朗らかだった。

「詳細はわからないが、ロドリゲス提督は戦死されたとのことだ」

 イワノフ艦長の声が中央制御室に空しく響いた。

 喪失感に支配されていた俺は積極的に地球を憎む気持ちもわかなかったが、地球の一般市民のことを気遣う気持ちも正直失せていた。

 人間なんて勝手なものだ。

 ヒューマニズムも人間愛も自分の親しい人たちが害されればきれいに忘れてしまう。

 俺はクラウゼン副長の気持ちを実感として理解できた。

 憧れの女性や友人を失ってこんな気持ちになるのだから最愛の妻と娘を同時に失えば、おそらくもっと気持ちは荒むのだろう。

「通信担当、参謀本部から指令があるはずだ。指令が入ったら、直ちに知らせてくれ。諸君も多くの戦友を失い悲しみにくれていることと思うが戦いはまだ終わってはいない。各員は通常通り任務に励んでくれ」

 イワノフ艦長は落ち着いた様子でそういっていたが、俺よりも軍歴が長いということは知り合いも多いということだ、きっといろいろな想いを抱えているのだろう。

 それにしても神様は不公平だ。

 ビアンカやジェームスは俺なんかより遥かに人間としていい奴だ。

 それなのに俺を生かして彼女たちの命を奪った。

 いい奴ほど神様に好かれて早く天国に召されると聞いたことがあるがまさにその通りだ。

「ダイスケくん」

 イワノフ艦長の話が終わり、俺は自分の居室に戻るために物思いに沈みながら廊下を歩いていた。

 気がつくと、リサさんが通路の脇に佇んで俺に声をかけていた。

「ごめん、今はまともなことを考えられない。少し時間をください」

「信じてるわ」

 リサさんは、小さくつぶやいた。

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