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俺と彼女と宇宙輸送艦セドナ  作者: 川越トーマ
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最後通牒

「別の部隊が発射した小惑星の月への着弾を確認しました。ステルス偵察艦からの映像が全軍に送られています」

 正面の大型モニターに巨大なクレーターが月面に形成される様子が映し出された。

 衝撃で月の表面の砂が大量に舞い上がり、もやがかかったようになっていた。

 ちょうど俺の当直時に地球と火星の戦いは緊迫した局面を迎えていた。

「火星から地球に向けたメッセージです」

 銀縁メガネをかけた通信担当のウーラント少尉が緊張した声で艦長に告げ、映像ファイルを再生した。

 映像ファイルで演説をしていたのは火星のデビッド・デイビス大統領だった。

 金髪碧眼で胸板の厚い、海獣のようなパワフルなイメージの初老の男だった。 

『我々は長きにわたり地球の圧政に苦しめられてきた。また、先日も地球の無差別爆撃で無辜の火星市民があまた犠牲になった』

 デイビス大統領の背後では、赤地に白ぬきで槍と盾を意匠化した火星の国旗が翻っていた。

『今回、月への攻撃に使用したのはささやかな石ころだが、地球のためにもっと大きな岩の塊を用意している。かつて恐竜を滅ぼした小惑星よりも大きなやつだ。直径は約三〇キロほど。これが地球に落下したら、どれほどの被害が生じるか、科学者たちに聞いてみるがいい』

 デイビス大統領の顔が大写しになり、画面を見るものに向かって鋭い眼光を飛ばした。

『慈悲深い我々は、人類発祥の地である地球を無残に破壊したいとは思っていない。しかし、地球人がこれまでの行いを悔い改めないのであれば、恐竜のように滅びの道をたどるしかないだろう』

 デイビス大統領は声を押さえ静かに続けた。

『滅亡か降伏を。賢明な地球人のことだ。正しい決断ができるものと信じている。四十八時間以内の回答を待っている』

「メッセージはこれで終了です」

 ウーラント少尉の声が告げ大型モニターの映像も終わった。

 モニターには小惑星ウルジーナの航路予測図が映し出された。

「これで、この戦争も終わりだな」

 俺が深いため息をついていると、早目に中央制御室にやって来ていた次の当直のマリオが後ろの席から話しかけてきた。

「そう、うまくいくかな」

「地球の奴らもバカじゃないだろ」

「だといいが」

 俺は悲観的過ぎるのかもしれない。

 自分たちを皆殺しにできる兵器を前に降伏しないなどありえないと考えるのが自然なのかもしれなかった。

「俺は戦争が終わったら転職するぞ! お前はどうする? 軍人を続けるのか?」

 マリオは声を低くしながら、とんでもないことを言っていた。

 艦長や副長に聞こえたらかなり心証が悪いだろう。

 しかし、艦長は艦長席で深く物思いに沈み、副長は席にいなかった。

「わからん、とりあえず、ジェームスやビアンカと酒でも酌み交わすさ」

 俺は低い声でマリオに答えた。

 宇宙輸送艦セドナに乗る前、卒業式の翌日に、俺はジェームスやビアンカと約束していた。

 ジェームスには戦場から帰ったら、酒をおごると、ビアンカには土産話をすると。

 単なる社交辞令ではなく、俺は実現させる約束だと思っていた。

 いずれにしても、ウルジーナを使用しないで済むのなら、それに越したことはなかった。

 リサさんと約束はしていたが、俺は軍の命令に違背し国家に反逆する覚悟を決めたとは言い難かった。

 心の中ではそうならないで欲しいと強く願っていた。

 もし、俺に反逆者の烙印が押されたら、父親や血のつながらない多くの弟や妹(孤児院のチビ助)たちも後ろ指をさされ、辛い思いをすることになるからだ。


 航路計算により算出した加速時間が間もなく終了しようとしていた。

『小惑星ウルジーナは十五分後に加速を終了し、慣性航行に移行する。小惑星ウルジーナ及び宇宙輸送艦セドナの艦内は無重力状態に移行する。各員は無重力に備えよ。繰り返す……』

 艦内にウーラント少尉の声が響いた。

 当直前待機扱いの俺は、そのとき、セドナのトイレを清掃していた。

『リサさんの部屋は大丈夫かな?』

 最初はひどかったが、ウルジーナ入港前にお邪魔した時(当然掃除で!)は何とか許容範囲内に収まっていた。

 しかし油断は禁物だ。一週間で居室をごみ屋敷にした実績のある人だ。

 俺はトイレ掃除を慌てて片付けるときれいに手を洗い、リサさんの居室に向かった。

「ダテ准尉、清掃作業に参りました」

 俺はリサさんの居室の扉をノックした。

「ダイスケくん?」

「はい」

 扉を開けて顔を出したリサさんは勤務時間扱いではないらしく、例のクリーム色のジャージ姿だった。

「どうしたの?」

 リサさんは少し眠そうな目をしていた。

 寝ていたのだろうか? 嫌な予感がした。

「艦内放送を聞きましたか? 間もなく艦内は無重力になります」

「そうなの……えっ!」

 リサさんは小さな叫び声をあげると、自分の居室内に視線を走らせた。

「失礼します」

 俺はリサさんの居室に強引に入った。

 程よく散らかっていた。

 二日分くらいの食糧の空き容器、椅子に置きっぱなしの洗濯物、机の上の書類、多分一人では制限時間内に片付けることができないだろう。

「いやだ! 聞いてない!」

「航路計算したのは、他ならぬリサさんですよね!」

 不毛な会話を交わしながらも、俺は素早くごみを分別処理し、ごみ袋の口を縛った。

 リサさんは机の上の書類を束ねて、とりあえず引き出しに突っ込んでいた、

『間もなく無重力状態に移行します。五、四、三、二……』

「きゃあ!」

 リサさんが、椅子の上に置きっぱなしの洗濯物を片付けようとした瞬間、俺は胃が持ち上がるような不快な感触に襲われた。

 リサさんのブラジャーやパンティーが舞い上がり、艦内用の靴を履いていなかったリサさん自身も浮き上がった。

「いやだ、助けて!」

 艦内用の靴、磁力で床にくっついている靴を履いていた俺は、立ち上がるとリサさんの手をつかんだ。

 リサさんは慌てて俺にしがみついてきて俺たちは抱き合う形になった。

「あ」

 リサさんが妙な声を出した。

 リサさんの髪からはシャンプーの香りがした。

 俺はリサさんの胸のふくらみをジャージ越しに感じてしまった。

「リサさん!」

 俺の理性は消し飛びそうになった。

「ダイスケくん?」

 リサさんはおびえる小動物のような目をしていた。

 リサさんの唇は、リサさんの背中に回した俺の手に少し力を入れるだけで俺の唇と重なるだろう。

 その俺の行動を妨げたのは、ウーラント少尉の艦内放送だった。

『参謀本部から重大連絡、繰り返す、参謀本部から重大連絡……』

「何かあったのかしら?」

 リサさんの表情は、知的なリンドルース中尉の表情になっていた。

「失礼しました。大丈夫ですか?」

 俺は呪縛から解放されたように、リサさんを床に置いてあった彼女の靴の方に誘導した。

「ありがとう。ダイスケくん」

『地球は我が火星の最後通牒を拒否する模様、繰り返す、地球は我が火星の最後通牒を拒否する模様』

「まだ、あれから四八時間も経っていないのに」

 リサさんは表情を曇らせた。

「どうやら地球の奴らはバカだったようですね」

『地球からの回答は以下のとおり、『我々は、どんな脅しにも屈しない。地球に侵攻してくる敵は、断固排除する』』

 ウーラント少尉の艦内放送は、俺たちに重大な決断を促すものだった。

「ウルジーナによる地球攻撃は、これで確定ですか?」

 俺は仕事の表情になっているリサさんに、不安にさいなまれながら問いかけた。

「いいえ、今、地球に向かって進攻している火星艦隊が地球艦隊に勝利すれば、ウルジーナでの攻撃は必要なくなるわ」

 一縷の望みはあったが安心できる内容ではなかった。戦力は地球艦隊の方が上だった。

「でも、火星艦隊が敗北し、攻撃命令が出された場合のことも考える必要があるわ」

 リサさんは、火星の赤い軍服を肩にかけると、真剣なまなざしを俺に送ってきた。

「攻撃命令が出た場合、とりあえず艦長に攻撃中止を直訴しょうと思っています」

 俺は何度も考えていた結果を口にした。

「艦長を信頼しているのね。でも、艦長には司令部の命令を覆せる権限はないわ。艦長だけでなく、誰にもね」

 リサさんの言うことはもっともだった。

「それでも、まずは正しい道を進むべきだと思います。一度でダメでも何度でも主張するしかないと思っています。ただでは済まないでしょうが……他にも理解してくれる人が現れ、反対する人が増えれば、軍の方針も変わるかもしれません」

 場合によっては投獄されたり処刑されたりするかもしれなかった。

「やっぱり、ダイスケくんは真面目ね」

 リサさんはため息交じりにつぶやいた。

「だめですか?」

「ううん、私は別の手段も考えておくわ」

 リサさんの目が怪しく光ったような気がした。

「別の?」

「そお」

「それは、どんな?」

「万が一のとき、ダイスケくんも同罪になっちゃうから教えなぁい」

 リサさんの表情は、いたずらをするときのチビ助たちのような表情だった。

 俺は心の中で『いまさらなんですけど』とリサさんに突っ込みを入れていた。

「じゃあ、私着替えるから」

 それは居室から出ていってくれという合図だった。

「わかりました。失礼します」

 俺はリサさんに敬礼すると、部屋から出ていった。

「ところで、ダイスケくん」

「はい」

 部屋から一歩出たところでリサさんが俺に話しかけてきた。

「助けに来てくれてありがとう」

「いえ」

 俺は扉の外でリサさんに向き直った。

「でも、私の部屋、散らかってると思ったんだ」

 リサさんは少し拗ねたような表情をした。

「もしかしてと思って」

「はあ。傷ついちゃうなぁ」

 リサさんはわざとらしくため息をついた。

「すみません」

「うそうそ、感謝してるよ。それにドキドキしちゃった」

「えっ?」

「私、ダイスケくんに食べられちゃうかと思った」

 リサさんは顔を赤らめながらそう言うと、恥ずかしそうに扉を閉めた。

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