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俺と彼女と宇宙輸送艦セドナ  作者: 川越トーマ
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密談

 当直明け扱いとなった俺は、夕食をつくるため宇宙輸送艦セドナの給湯器のところに行こうと居室を出たところで、なぜか当直中のマリオに出くわした。

「あれ、当直中なんじゃないの?」

「戦闘のない火器担当なんて暇なのさ。現在、俺はセドナのミサイル格納庫を点検中だ。」

 マリオはそういうとニヤリと笑った。それから急に表情を引き締めた。

「ところでダイスケ、『長芋にマカロン』っていうことわざ、知ってるか? さっきのあれはマズい。懲罰房入りくらいですめばいいけど、時と場合を考えないと処刑されるよ。軍隊はそういうところだ」

「それを言うなら『長い物には巻かれろ』だろ。軍隊嫌いのマリオにしちゃあ物分りのいい意見じゃないか」

『そうか、マリオは友人として忠告したくて、わざわざ俺のところに来てくれたんだ』

「違うね。わかっていたから俺は軍人になりたくなかったんだ。でも、なっちゃったんだから、仕方ないだろ。『郷に入れば郷に従え』だ」

「そうだな。気をつける」

 マリオに感謝してそう言ってはみたものの、多分無理だ。性格はそう簡単に治せない。

「ところでダイスケ、さっきの話で攻撃中止命令が出た時、なんで、セドナの中から遠隔操作でウルジーナの針路変更をしないんだ? その方が便利だろ」

「セキュリティ対策上、ウルジーナの推進装置は遠隔操作が一切できないようになっている。地球の奴らにハッキングで管理者権限を乗っ取られて、火星に落とされでもしたら、しゃれにならないからな」

「なるほど、『善いも悪いもリモコンしだい』というわけか」

「それ、ことわざじゃないからな」

 何かの子供向けロボットアニメの歌詞だったと思う。しかも大昔の。

「ダイスケ、もう一回言うけど副長に思いっきり疑われてる。言動にはくれぐれも気をつけろよ」

「ああ、わかった」

 俺が素直に答えると、マリオは黙ってうなづき、ミサイル格納庫に向けて去っていった。


 俺は共同スペースの給湯器のところまで出かけ、フリーズドライのミートボールと温野菜のサラダにお湯を注ぎ、居室に戻った。

 俺の居室の前には白磁のように肌理きめの細かい白い肌と漆黒の髪の女性士官がたたずんでいた。

「リサさん」

 帰ってきた俺に気づくと、リサさんは潤いを感じさせる黒い瞳を俺に向けた。

 残念ながら、彼女の心の様子はわからなかった。

 なんとも不思議な何か言いたげな表情だった。

「リサさん、この間は生意気言ってすみませんでした」

 リサさんが黙っていたので、俺はとりあえずウルジーナ関連でリサさんを責めるような口をきいたことを謝った。

 リサさんはなぜか泣きそうな眼になってフルフルと首を横に振った。

「そんなことない、あなたの言う通りよ。あなたはきちんと艦長に自分の意見を言った。立派だと思うわ」

「でも、結局、最後には俺は口をつぐみました。たいした人間ではないです」

「仕方ないわよ……あれは、艦長の気持ちを考えてのことでしょ?」

「まあ……」

「ねえ、少し私の話を聞いてもらってもいい?」

「俺なんかでよかったら」

 俺は彼女を自分の部屋に招き入れた。

 女性を自分の居室に招き入れるのは不適切な気がしたが、恐らく通路で立ち話をするような内容ではない。

 リサさんは俺の居室に入ると扉を閉め、鍵をかけた。

 俺は変な想像をして物凄くドキドキしてしまった。

「先に食べちゃって」

『えっ、何を?』と聞こうとして俺は自分が抱えていたミートボールと温野菜のことだと気がついた。

 俺は顔を赤らめながら机の上に食事を置き、慌ててかきこんだ。

 リサさんは、俺のベッドに軽く腰掛けて俺の食事が終わるのを待っていた。

 赤と黒の軍服姿だったが、体型にぴったり合わせて作られた軍服は彼女が魅力的な女性であることを強調していた。

 その彼女が俺のベッドに座っている状態は俺の妄想を掻き立ててしまった。


『ダイスケくんは、私のことどう思ってるの?』

 妄想の中のリサさんは潤んだ黒い瞳を上目遣いに俺に向けた。

『とても、魅力的な方だと思っています』

『ほんとに?』

『はい』

『じゃあ、どうして何もしてくれないの?』

『いや、さすがにマズいと思いまして……』

『いくじなし』

 リサさんは俺に擦り寄ると軽く目を閉じ、くちびるを俺に向けた。


「食事終わった?」

 ぼんやりしている俺の様子を窺うように、現実のリサさんが声をかけてきた。

「はい、終わりました」

 俺は慌てて表情を引き締めると、リサさんに身体を向けた。

「ウルジーナはね、もともと恒星間航行用長距離宇宙船の試作品だったのよ」

「そうなんですか?」

 リサさんはとつとつとした口調で話し始めた。

「資源採掘にあたって、わざわざ中身をくりぬくように掘り進んだのはそのためよ」

「今となっては信じられないですね」

 俺は徐々に平常心を取り戻した。

「私は大学の研究室でウルジーナの航法システムの研究をしてたの。あの頃は楽しかったわ。内部に街を抱えた巨大な宇宙船で太陽系を飛び出して広大な宇宙を旅するなんて、ロマンチックだと思わない?」

「そうですね」

 そのまま研究が進んでいたらどんなに素晴らしかっただろう。

「でも、地球との戦争が始まると、ウルジーナは移動要塞として改造されることが決まったの、嫌だったわ、とても。でも逆らえなかった。私は研究の成果を生かすために軍人になることを強要された。機密保持のためにもそのほうが都合がいいものね」

「…………」

 笑顔で話すリサさんの目はとても悲しそうだった。

「火星の人を守るために私の研究が役に立つなら、それはそれでいいかなと思ってた。でも、結局、要塞として完成することはなかった。地球人を皆殺しにするための爆弾になってしまったわ」

「そうですね」

 俺は何とか声を絞り出したが、声はかすれていた。

「すごく嫌だった。でも私は卑怯だから、何も言えなかった」

「仕方ないですよ」

 リサさんは目を伏せた。

「私はね、認められたくてずっと頑張ってきたの。この仕事で私が必要とされて嬉しかった。だから、嫌だなって思っても、それを口に出す勇気がなかったの」

「…………」

 リサさんは無理してしゃべっているように見えた。

「さっき言ったように、この計画に私は初期段階から参加していたの、だから、もし、計画の早い段階で反対していたら……自分の意見をはっきり言っていたら……違う結果になったかもしれない」

 リサさんの声に嗚咽が混じった。

「リサさんが反対したとしても、きっと、リサさんが外されてほかの人がやっていたと思いますよ」

 そう、俺があの場で反抗し続けていたら俺は懲罰房に入れられ、アナン中尉が俺の代わりにリサさんの補佐を務めることになっただろう。

「そうかもしれないわね」

 俺たちは押し黙った。

 残念ながら俺が妄想したような甘い展開には全くならなかった。まあ、予想はしていたが。

「私ね、小さいころは地球と火星を結ぶ定期客船で仕事がしたかったんだ」

「ありましたね。以前はそんなものが」

 しばらく沈黙した後、リサさんは何かを振り払うように話題を変えた。

「子供の頃ね。父に連れられて地球に行ったことがあるの。重力がきつくて、太陽のギラギラした星だったけど。優しい人が多かったな……もちろん、悪い人もいたけど。でも、それは火星も同じ。今は残念ながら敵同士だけど。もともと同じ人間だものね」

 地球人嫌いの火星人が多い中、彼女のような考え方の人間は珍しいかもしれない。

「ねえ、ダイスケくん、地球が降伏しなかったらどうする?」

「え?」

「脅しに使うのは仕方ないと思うけど。私は自分の手であの美しい惑星を破壊したくない。あの人たちを皆殺しにはしたくない。あなたにしか、こんなことは言えないと思ったの」

 俺が艦長に自分の気持ちを正直に話したのを見ての告白だろう。

「…………」

 俺の頭の中に『国家への反逆』の文字がちらついた。

 簡単に答えられる質問ではなかった。

「ごめんね。困らせて。でも、私は今度の任務を命令されてずっと苦しかった……」

 そう、俺はつい最近知ったばかりだが彼女は自分の本当の気持ちを誰にも打ち明けることができずにじっと我慢してきたのだ。

「お願い。私の味方になってくれる?」

 やがて、リサさんは意を決したように俺のことをじっと見つめて言った。

 真剣で思いつめた彼女の表情は今まで見たどんな女性の表情よりも気高く美しかった。

 俺は息を呑んで、彼女を見つめ返した。

「俺なんかでよかったら……」

 俺は思わず、そう答えてしまっていた。


「ダイスケ、見直したよ」

 次の朝、宇宙輸送艦セドナの通路を清掃していると、当直明けのマリオが話しかけてきた。

「何が?」

 マリオはキョロキョロと周囲の様子を窺い、誰もいないことを確かめて言葉を続けた。

「『据え膳』食べたんだろ?」

「はい?」

『なんのことだ?』

「照れるなって。俺見たんだよ。リサさんがお前の部屋に入っていくのを。言い忘れたことがあってお前の部屋に行こうとしたら物凄い場面に出くわしてしまった」

『えっ、あの瞬間を見られてたのか!』

「ちょっと待て、誤解だ」

「五階も六階もないだろ。おじさんは心配してたんだよ。変な趣味がないくせに女性経験がまるでなかったからな。ダイスケもこれでやっと大人の仲間入りだ。いやあ安心した」

「いつから俺のおじさんになった! じゃなくって、俺とリサさんはそんな関係じゃない!」

 そう言ったものの、リサさんが俺のベッドに座ったときの邪な妄想を思い出して、俺は頬を真っ赤に染めてしまった。

「またまたぁ。顔が赤いぞ。それに二人は少なくともファーストネームで呼び合う関係ではあるわけだ」

「うっ」

 少なくとも恋人ではない……と思う。

 仕事の補佐役で、居室のお掃除係で、悩み事の相談相手ではあるかもしれない。

 最近は『共犯』という役回りが新たに加わった。

 しかし、親友のマリオにも、いや親友だからこそ、『共犯』になった話はすることができなかった。

 もし何かあればマリオにまで累が及ぶことを避けるためだ。

「心配するな内緒にしておいてやる。いやあ前から怪しいと思っていたが年上趣味だったか」

「そうじゃない、俺は……」

 『ビアンカが好きなんだ』と言おうとして、その言葉が素直に口から出ないことに気づいた。

 俺はビアンカの面影を鮮明に思い出すことができなくなっていた。

 何ヶ月も経ったわけでもないのに、なんて移り気な奴なんだと、俺は自分が嫌になった。

 もっとも移り気も何もビアンカは俺のことを友達のうちの一人としか思っていないだろうが。

「わかった。年上趣味というわけではなく、たまたまリンドルース中尉がお気に入りというわけだな」

「…………」

 反論しようにも詳しいことを話すことができないので俺は黙るしかなかった。

 マリオは丸い顔にニヤニヤ笑いを浮かべていた。

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