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俺と彼女と宇宙輸送艦セドナ  作者: 川越トーマ
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抗命

 翌日、宇宙輸送艦セドナのメンバーのほとんどが、小惑星ウルジーナの中央制御室に集結していた。

 すでにリサさんの航路計算のもとウルジーナは地球に向かって加速を開始していた。

 微弱ではあるが加速による擬似重力が発生していた。

「天体観測の結果はどうだ?」

 イワノフ艦長が重々しい雰囲気で俺に尋ねた。

「はい、問題ありません」

 俺はそれらしく答えたが実は問題があった。

 リサさんの航路計算と実際のウルジーナの航行状況には若干のズレがあり、このままではウルジーナは地球に激突しない。

 俺はその方がいいと思っていた。

「アナン中尉、ダテ准尉が行った天体観測の結果を確認せよ」

「はっ、観測結果を確認します」

 クラウゼン副長が俺の熱意のない様子を見透かしたように、作業の確認を操艦担当のチーフに命じた。

 そう、仕事は組織的に行われる。

 俺一人がサボタージュしたところで組織の意思が変わらない限り、結果は何も変わらないだろう。

「航路計算と実際の航行状況に若干のズレがあります。このままだと月軌道の外側を通過するものと思われます」

 アナン中尉は『何やってんだ、お前は』という視線を送ってきた。

「えっ?」

 リサさんは『信じられない』という表情を浮かべた。

「リンドルース中尉、直ちにウルジーナを地球とのコリジョンコースに乗せるための再計算を行え」

 イワノフ艦長は何事もなかったかのように、リサさんに命じた。

「はい。再計算を行います」

「ダテ准尉、わざとではないだろうな。もしそうなら国家への反逆とみなされるが……」

 クラウゼン副長の目が獲物を狙う猛禽類のものとなった。

 その強烈な眼光には逆らい難いものがあった。

 俺は一瞬目を伏せ呼吸を整えた。

 勇気を奮い起こして戦うのは何も銃や大砲によるものとは限らない。

 俺は戦わずに後悔するのだけは御免だった。

「艦長……自分は、火星人民の生命と財産を守るために軍人になりました……」

 俺は立ち上がると直立不動の姿勢でイワノフ艦長を仰ぎ見た。

 リサさんの息をのむ気配を感じた。

 艦長の横に立つクラウゼン副長の視線が俺に突き刺さった。

「おい、やめろ、ダイスケ!」

 俺の異変を察知したマリオが、斜め下から押し殺した低い声で叫んだ。

「兵隊だけでなく、惑星ごと一般市民を虐殺するような大量破壊兵器を使うことが正しいことと言えるでしょうか?」

 俺はできるだけ声を落ち着かせて淡々と意見を述べた。

 軍隊組織で命令は絶対だ。

 最下級の士官が全軍の方針と定めた作戦に意見することなどありえない。

 だが俺は言わずにいられなかった。

「ダテ准尉、自分が何を言っているのかわかっているのか?」

 クラウゼン副長の声は周囲を切り裂くような鋭いものだった。

 俺は最悪の展開を覚悟しながらイワノフ艦長を見つめた。

「この類の兵器は使用するのが目的ではない。脅しのための兵器だ。この兵器を使用したくない気持ちは理解できるが、コリジョン(衝突)コースに乗っていなければ脅しにも使えないぞ。大丈夫。この兵器の存在を知れば地球は降伏する」

 思いのほか温かい言葉がイワノフ艦長から帰ってきた。

 俺はそれ以上意見を言うことができなくなった。

 艦長は俺を『抗命罪』で処分したくないのだ。

 艦長の目からそれが伝わってきた。

「いいから座れ」

 突っ立ったままの俺をイワノフ艦長は促した。

 俺は糸の切れた操り人形のように力なく腰を下ろした。

 重力が弱いため、とても緩慢な動きだったと思う。

「リンドルース中尉、再計算は終わったのか?」

「はい、直ちにとりかかります」

 クラウゼン副長の不機嫌そうな声に、ぼんやりしていたリサさんは弾かれたように作業を開始した。

 ウルジーナの中央制御室には気まずい空気が流れていた。

 気まずい空気を作った張本人の俺は必死で平静さを取り戻そうとしながら、天体観測システムを操作していた。

「再計算終了しました」

 リサさんは、再計算した航行データ、天体観測データ、小惑星ウルジーナの航路予測図を正面の大型モニターに映し出した。

「加速時間を変更するだけで地球とのコリジョンコースに乗せることが可能です。当初の予定を延長し、あと三六時間このまま加速し続け、慣性航行に移行します。地球到達までは、あと約二四〇時間です」

「加速時間の変更により増加する燃料消費は?」

「搭載量の範囲内に収まります」

 すでに計算していたアナン中尉は、イワノフ艦長の問いにすぐに答えた。

「参謀本部に暗号を送れ。『賽は投げられた』だ」

 イワノフ艦長はほっとした表情を浮かべると、通信担当のウーリッヒ少尉に淡々とした様子で命じた。

「参謀本部に暗号通信を行います」

「地球の奴らは信じますかね?」

 クラウゼン副長もようやく緊張を解いた様子で艦長に話しかけた。

「我が軍は示威行動のため直径五〇〇メートルほどの小惑星を月に向けてすでに発射している。おそらく信じるさ」

 艦長はにこりともせずに、そう言った。

『そんなことまで用意していたんだ……』

「今後の手順を確認する。まず、総員、宇宙輸送艦セドナで待機、攻撃中止命令が出された場合、リンドルース中尉とダテ准尉がウルジーナの中央制御室に入り軌道変更作業を行う。この場合、地球や火星などと軌道が交差しないよう慎重に航路計算を行い。太陽を中心とする公転軌道に乗せること」

「はっ、ダテ准尉、作業を行います」

「リンドルース中尉、軌道変更を行います」

 俺は心から攻撃中止命令が出されることを祈った。

「逆に攻撃が確定した場合、敵がウルジーナに侵入して軌道変更をすることができないように、ウルジーナの推進装置を破壊しゲートを封鎖する。この作業は事前にウルジーナから脱出する必要があるため、宇宙輸送艦セドナから遠隔操作で行う。準備作業の指揮は副長に任せる」

「かしこまりました……推進装置を破壊するための爆薬のセットは、三六時間後をめどに開始する。作業は、私、ウーリッヒ少尉、マルコーニ准尉で行う。以上だ」

 クラウゼン副長は、この雑用から俺を外した。当然の判断だった。

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