ホラン大尉
宇宙輸送艦セドナの周囲を船外作業服に身を包んだ作業員が飛び回っていた。
小惑星ウルジーナに駐在していた現地作業員だ。
「係留作業が完了したとの連絡です」
ウーラント少尉の報告を聞くまでもなく、宇宙輸送艦セドナが多量のワイヤーで固定される様子は大型モニターに映し出されていた。
「乗降口、設営完了」
「気密をチェックしろ」
巨大な推進装置の基部から蛇腹の乗降口が伸び、セドナに接続していた。
「気圧正常、扉開きます。ウルジーナとの往来が可能になりました」
「よし、各担当のチーフは艦内に残れ、他の連中は俺について来い。向こうでの作業を行う。リンドルース中尉も来てください」
イワノフ艦長はあわただしく席を立つと中央制御室を後にした。
イワノフ艦長を追いかけるように宇宙輸送艦セドナを後にした俺たちは、小惑星ウルジーナの施設内に入っていった。
巨大な推進装置の基部に設けられた宇宙船の発着場所から、二〇人乗りの高速エレベーターで数百メートル『上昇』したところに、ウルジーナの中枢部はあった。
「宇宙輸送艦セドナの艦長イワノフです。お疲れ様です。皆さんをお迎えにあがりました」
宇宙艦艇の中央制御室のような部屋に到着すると、イワノフ艦長が室内に声を響かせた。
赤いつなぎの作業服を着た三〇人ほどの技術者たちが、俺たちに気づくと一斉に立ち上がり敬礼した。
「技術責任者のホランです」
部屋の中央にいた、やや太った白髪交じりの男がイワノフ艦長に敬礼すると、こちらにやってきた。
赤いつなぎの作業服の胸には、槍と盾を意匠化した火星の国旗がデザインされ、肩には大尉の階級章をつけていた。
「予定の作業はすべて完了しています。残っているのは燃料の注入作業だけです」
ホラン大尉は誇らしげな表情でイワノフ艦長に報告した。
「わかりました。燃料の注入作業が終わり次第、作戦を開始します」
イワノフ艦長は、そう言いながら後ろにいたリサさんに視線を送った。
「航路計算及び推進機関の出力調整を行うのは、彼女です」
「リサ・リンドルースです」
リサさんは凛とした表情で敬礼した。
「おお、あなたが……お噂はかねがね聞いていますよ。タルシス工科大学始まって以来の才女だとか」
『えっ? リサさんて凄い有名人?』
ホラン大尉はにこやかにリサさんに話しかけた。
「いえ、私はどこにでもいる普通の技術者です」
「謙遜も度が過ぎると嫌味になりますよ。あなたは飛び級でタルシス工科大学に入学し最年少で卒業した記録保持者だ。おまけに今度の計画の中心人物ときた。もっと堂々としてていい」
「はい……」
猛烈に持ち上げるホラン大尉にリサさんは困惑気味だった。
『飛び級? 最年少記録? リサさんて思ってたよりもずっと若いってこと?』
俺にとって、それはとても気になる情報だった。
中尉という階級からいくつか年上と勝手に決めつけていたが、そうではないかもしれない。
「ところで、リンドルース中尉には補佐が必要だな。天体観測やその他航法関係の雑用をこなす要員が……ダテ准尉、リンドルース中尉の作業を補佐せよ」
突然、艦長に指名された俺は、あたふたしながら敬礼した。
「ダテ・ダイスケ、リンドルース中尉を補佐します」
リサさんの方にちらりと視線を送ると、彼女の口元がかすかに微笑んでいた。




