火星宇宙軍士官学校卒業式
俺の名は、ダテ・ダイスケ、『火星宇宙軍士官学校』の三年生だ。
学生という身分ではあったが、すでに火星宇宙軍に入隊した扱いとなっており給料もでていた。
軍での階級は准尉、一応士官のはしくれだ。
もっとも拠点制圧任務の宙兵隊が乗務している強襲揚陸艦にでも乗らない限り、宇宙艦艇の乗組員に士官より下の身分の下士官や兵はいない。
だから士官学校卒業生といえど宇宙艦艇に乗る限りはエリート気分は味わえなかった。
俺は、ロドリゲス提督のような凛々しい軍人になりたかった。
しかし、最上級生になるにいたっても一向に凛々しい雰囲気は醸し出されていなかった。
確かに嫌というほど鍛えられたので筋肉質にはなった。
しかし、もともと屈強な骨格の所有者ではなかった上に瞬発力よりも持久力を重視した軍隊内でのトレーニングのため、服の上からでもわかるほどのマッチョにはならなかった。
また、士官学校に入る前には町でよく道を聞かれていたが、そうした人畜無害そうな雰囲気は、まるで失われてはいなかった。
もって生まれた性格のせいなのか、それとも、くせのある黒い髪、手入れの悪そうな浅黒い肌に、草食動物のように穏やかな光を放つ黒い瞳という外見のせいなのか、ともかく俺は、かっこいいはずの赤と黒の火星宇宙軍の軍服姿が軍事マニアのコスプレに見えてしまう残念な士官だった。
「本来であれば、卒業まで、あと三か月、そして、卒業後は一年間の現場実習を行うところであるが、残念ながら戦局がそれを許さない」
講師が変わり、講堂の壇上では頭髪が薄くなり皮膚もたるんだ青い目の校長が、ピンと背筋を伸ばして、普段でも大きい声をさらに大きくして『演説』していた。
残念さ加減で言えば、校長も俺と似たようなものだった。
生粋の軍人というよりも地方議会の議員のように見えた。
卒業生に送る言葉のはずなのだが、街頭演説のようにしか聞こえなかった。
「卑劣な地球の利己主義者たちは性懲りもなく、着々と我々の祖国火星を侵略する準備を進めている」
話の内容に興味を抱かなかった俺は、周囲に気づかれないように視線をめぐらせた。
講堂の天井は驚くほど高く、採光のために透明になっていた。
その透きとおった天井からは、赤と青と緑に彩られた惑星がゆっくりと移動していく様を覗き見ることができた。
かつては赤一色だった火星は、惑星改造の結果、澄んだ青い海と、豊かな緑の森を有する美しい惑星になっていた。
火星の宇宙軍士官学校は、その火星の衛星軌道上に浮かぶドーナツ形の宇宙ステーションの中に作られていた。
宇宙ステーションは回転により発生する遠心力を人工重力として利用しており、主な居住エリアは火星の地上の重力と同じ0.6Gに調整されていた。
「地球人たちは、先日も我が火星に対し大規模なミサイル攻撃を行った。軍施設を狙ったものではない。火星の一般市民を標的にした卑劣な攻撃だ」
校長の言うとおり、二か月前、地球軍は、先ほど講演したロドリゲス提督の戦法である高速機動艦隊による一撃離脱戦法を模倣して、超高速で火星の防衛網を突破、一〇〇〇発を超えるミサイルで火星に対する無差別爆撃を行った。
ロドリゲス提督が一撃離脱戦法で多くの地球の戦闘艦艇を葬ったのとは異なり、地球が行ったのは非戦闘員も対象にした無差別テロと言っていいものだった。
衛星軌道上に展開する防衛艦隊や軌道要塞からなるミサイル防衛システムにより、ミサイルの九十九パーセントは迎撃に成功したものの、残り一パーセントは火星の首都タルシスシティに到達した。
核ミサイルは国際条約で使用が禁止されており、このときミサイルの弾頭に使用されていたのは通常爆薬ではあったが、いくつものビルが倒壊し、数万人の命が奪われた。
「この攻撃で、火星の首都タルシスシティにおいて、数万人に及ぶ無辜の市民が犠牲になった。軍人が戦場で死ぬのはある意味仕方のないこと。しかし、何の罪もない幼い子供まで無差別攻撃で殺戮するやり口は、どんなにきれいごとを並べても決して許されることではない」
校長は一段と声を張り上げ顔を紅潮させた。
話を聞いていた学生たちも怒りを蘇らせているようだった。
「我々は、全力を上げ、地球を叩かなければならない。決戦の日は近いのだ。無敵の火星艦隊が諸君を待っている」
息を切らした校長は、ここでいったん言葉を切り呼吸を整えた。
そして改めて姿勢を正した。
「祖国火星のため、粉骨砕身、職務に精励してほしい」
「敬礼!」
見事な敬礼で演説を終えた校長に、俺たちも一糸乱れぬ敬礼を返した。
「以上で、宇宙暦二一四年火星宇宙軍士官学校卒業式を終了します」
「解散!」
司会役の女子学生の声に続いて、号令係の鋭い声が響いた。