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俺と彼女と宇宙輸送艦セドナ  作者: 川越トーマ
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生存者

 敵ステルス艦の生存者は意識を失っていた。

 俺たちは、生存者を宇宙輸送艦セドナに運び込む前に、小型艇の中で、生存者が銃器や、刃物、爆発物、毒物、その他武器になりそうなものを持っていないか徹底的にチェックした。

 腰に軍用拳銃を下げていたが、当然、取り上げた。

 相手が女性だったこともあり、エアロックの近くで待機していたリサさんにもボディチェックを手伝ってもらった。

 生存者は宇宙輸送艦セドナの居住区から少し離れた懲罰房に運び込まれた。

 ヘルメットは脱がされ、口元には酸素吸入器が当てられた。

 青さを感じさせるほど白い肌で、癖のない真っ直ぐな金髪を肩にかからないように短くカットしていた。

「重症なのか?」

 俺とマリオ、リサさんがベッドの周りを取り囲み、イワノフ艦長がその後ろ、クラウゼン副長が部屋の入り口に立っていた。

 酸素吸入器を当てられた生存者を見て、イワノフ艦長が誰にとはなしにそうつぶやいた。

「先程、身体検査を行いましたが、目立った外傷はありませんでした」

 リサさんは振り返るとハキハキした口調で答えた。

「うう」

 軽い呻き声を上げ、生存者は目を開いた。

 サファイアのように深みのある青い瞳だった。

「怪我はない?」

 リサさんは小さな子供に声をかけるようなとても優しい口調で話しかけた。

「ここは?」

 生存者はぼんやりとした瞳をゆっくりと動かした。

「宇宙輸送艦セドナだ」

 イワノフ艦長が重々しく答え、生存者は俺たちの赤と黒の軍服をまじまじと見つめていた。

 そして酸素吸入器をはねのけて上半身を起こし腰に手を当てた。

 しかし、頼りの軍用拳銃はもうそこにはなかった。

「殺せ! 貴様らのような野蛮人の情けは受けない」

 生存者は両目に青い怒りの炎を燃やした。

「フランクール少尉ということでいいかな」

 イワノフ艦長は生存者の簡易宇宙服につけられたネームプレートと階級章から、生存者にそう呼び掛けた。落ち着いた静かな声だった。

「残念ながら、我々は紳士なので捕虜を虐待したりはしない」

 イワノフ艦長は回答は期待していなかったかのように言葉を続けた。

「自決するのを止めたりはしないがな」

 扉の横で腕を組んで立っていたクラウゼン副長は氷のような視線をフランクール少尉に投げつけていた。

 フランクール少尉は悔しさに唇をかみしめた。

 チャンスがあれば本当に自殺してしまうかもしれないと俺は心配になった。

「少なくとも、あなたを庇った人はあなたに生き延びて欲しかったはずだ」

 俺は彼女を発見した時の様子を思い出して諭すように言った。

 背中に金属片が突き刺さった男は多分咄嗟にフランクール少尉を庇ったのだと、俺は勝手に想像していた。

「ううっ」

 一瞬、彼女は俺の顔を見つめ、必死で記憶をまさぐる様子を見せた後、両手で顔を覆った。

「我々の任務について知っていることがあったら話してもらおう。なぜ我々を追跡し、このタイミングで攻撃した?」

 クラウゼン副長は彼女の心の動きを一切無視したかのように質問を投げかけた。

「あなたたちは卑劣な悪魔よ! 地獄に落ちるといいわ!」

 フランクール少尉の長いまつ毛は涙にぬれていた。

「非戦闘員だった私の妻も五歳の娘もお前たちの無差別爆撃で殺された。その言葉、そっくりお前に返してやる」

 俺はクラウゼン副長の机の上に置いてあったフォトスタンドを思い出し、かたく目を閉じた。

「やめておけ」

 イワノフ艦長が静かな、それでいて有無を言わさない口調で二人のやり取りを遮った。

 室内がやるせない沈黙に覆われた。

「彼女は我々が火星に帰還するまで、このまま懲罰房で過ごしてもらう。世話はマルコーニ准尉と、ダテ准尉の二人が交代で行え。……必要に応じてリンドルース中尉もサポートをお願いします」

「はっ、捕虜の世話をします」

「わかりました。サポートします」

 イワノフ艦長の指示に俺たちは立ち上がり敬礼で答えた。


「何か必要なものがあったら言ってくれ。自由を与えることはできないが、尊厳ある人間として扱うことは約束する」

 別れ際、マリオが柔らかい表情で彼女に言葉をかけた。

 イワノフ艦長もクラウゼン副長も中央制御室にもどり、懲罰房に残っていたのは俺とマリオ、リサさんの三人になっていた。

 フランクール少尉は、うつむいたまま、なんの言葉も発しなかった。

「では、私はこれで」

「ありがとうございました」

 リサさんは一瞬、視線を俺の方に向け、何か言いたそうだったが結局何も言わず、仕事用の凛とした態度を崩さないまま踵を返した。

「なんか地球人も俺たちとおんなじだな」

 二人きりになり居住区に向けてのんびり廊下を歩き始めると、マリオがしみじみとした口調で話しかけてきた。

「ああ、そうだな」

 戦争がはじまる少し前から、メディアで流される地球人のイメージは、『冷酷』『残酷』『狡猾』『卑怯』『貪欲』『鬼畜』といったマイナスのものばかりだった。

「きっと、彼女たちも自分たちが正しいと思っているんだろうな」

「そう思わなければ殺し合いなんかできないってことだろうさ」

 俺は仲間を失って悲しみや怒りに震えるフランクール少尉を見て、自分たちの正義を純粋に信じる気持ちが揺らいでいた。

「『人の振り見て我が振り直せ』ってところかな」

「いいセレクションだな。『眼には眼を歯には歯を』よりずっといいと思う」

 俺はマリオに心の底から同意した。

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