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俺と彼女と宇宙輸送艦セドナ  作者: 川越トーマ
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敵襲

「敵襲! 総員戦闘配置!」

 凄まじい衝撃とけたたましいサイレンと怒りに満ちた館内放送のトリプルパンチで俺は叩き起こされた。

 世の中そう都合のいいことは起こらない。

 先程のあれはすべて夢だったわけだ。

 戦闘態勢に移行し回転をやめて無重力となった艦内で俺は慌てて居室のハンガーにかけてあった赤い簡易宇宙服に袖を通し、中央制御室に急いだ。

「迎撃ミサイル、パルスレーザー砲、全方位に神経を集中しろ!」

「索敵担当! 敵のデータはないのか!」

 中央制御室では、猛禽類のようなクラウゼン副長の鋭い声と火器担当のチーフを務めるガンビーノ中尉のガラガラ声が交錯し、緊迫した空気に包まれていた。

「とっとと座れ!」

 普段とあまりにも違う雰囲気にのまれ呆然としていた俺に操艦担当チーフであるアナン中尉の怒声が飛んだ。

 アナン中尉をはじめ、もともと当直だった人たちは赤と黒の軍服姿のままだった。

「はい!」

 俺は慌ててアナン中尉の隣の席に座りベルトで体を固定した。

 操艦担当は中央制御室の最前列に位置していた。

「回避運動を開始します」

 アナン中尉は黒檀でできたギリシャ彫刻のような端正な顔を強張らせ、姿勢制御ノズルを使って、宇宙輸送艦セドナを不規則に蛇行させ始めた。

「敵の規模は? 我が方の損害は?」

 赤毛の熊のようなイワノフ艦長は意外にも一人落ち着いていた。

「敵の規模、艦種ともに不明! レーダー反応なし。最新鋭のステルス艦と思われます」

 索敵担当のエステバン中尉が悲痛な声を上げた。

 普段は血色のいい小麦色の肌が心なしか青ざめて見え、赤いルージュも精彩を失っていた。

「本艦は第一装甲板を損傷。しかし損害は軽微です」

 クラウゼン副長は多少落ち着きを取り戻しかけていた。

「積み荷は?」

「今のところ無事です」

「巡航艦バステトは?」

「バステトもミサイルによる攻撃を受けています。こちらの無事を問い合わせています」

 通信を担当する銀縁眼鏡のウーラント少尉が声を上ずらせた。

「今のところ、無事だと伝えろ」

「ミサイル接近、五時の方向! 距離三〇〇〇。数量三」

「レーザーで迎撃!」

 エステバン中尉の報告に艦長は即座に反応した。

 俺は緊迫した中央制御室の中で、天体観測用の光学機器を操って周辺に何か見えないか目を皿のようにしていた。

「畜生、もう少しで目的地だっていうのに!」

 操艦担当チーフのアナン中尉が俺の横で罵り声をあげていた。

 普段は端正な顔が焦りと恐怖で歪んでいた。

「迎撃成功!」

 マリオの声が元気良く響いた。

 パルスレーザー砲でミサイルを撃ち落としたらしい。

「よし!」

「巡航艦バステトがミサイルの発射点に向けて攻撃を開始しました」

 俺の覗いている光学機器に、宇宙巡航艦が発射した電磁誘導砲の火線とミサイルの噴射光が映った。

 しかし、電磁誘導砲の火線は虚空に吸い込まれ、ミサイルは目標を見出すことができずに彷徨っていた。

「リモートミサイルだ」

 クラウゼン副長がイライラしたつぶやきを漏らした。

 敵のステルス艦はあらかじめミサイルを点火せずに低温ガスで射出し虚空にばらまいていたようだ。

 時間をおいて遠隔操作でミサイルに点火するため、ミサイルが発射された空間にはすでにステルス艦はいないという寸法だ。

「遠隔操作用の電波の発信ポイントは割り出せないか?」

「検知できませんでした」

「尾行されていたんですか?」

 リサさんの堅い声が後ろの方から聞こえてきた。

 中央制御室に現れたらしい。

「そうかもしれん」

『尾行?』

 俺は光学機器を必死で見つめながらも、リサさんと艦長のやり取りに不審を覚えた。

 この艦が敵のステルス偵察部隊に目をつけられるほど重要視されている理由を知りたかった。

「巡航艦バステトと通信回線開け」

「回線、開きます!」

 ウーラント少尉の声と同時に、獰猛な狼のような雰囲気を漂わせた宇宙巡航艦バステト艦長トンタット・トゥエット中佐の鋭い眼光がスクリーンに映し出された。 

「敵を目的地に案内するわけにはいかない。頼む」

「俺を誰だと思っている? 安心しろ」

「無理はするなよ」

 二人の艦長にとってはそれで十分だったらしい、通信はあっさりと終わった。

「赤外線センサー、磁気センサーに反応ないか?」

「ミサイルの熱源反応以外は検知できません」

「慣性航行か、それとも低温ガスの噴射で航行しているのか……」

 索敵担当のエステバン中尉の答えに、さすがの艦長も思案にくれた。

「慣性航行だとして、ミサイルが点火された空間点から、ステルス艦の航行ルートをわりだせないか?」

 クラウゼン副長が手詰まりを訴える索敵担当にそう助言した。

「やってみます!」

 今のところ、攻撃は二回、直接で結べば大まかな航行ルートは推測できた。

 ただし、推測通り敵艦が動いている保証はなかった。

 我々をはめるためにミサイルの射出方向を調整している可能性もあった。

「予想航行ルートのデータをバステトに送れ!」

「バステトにデータを送ります」

 ウーラント少尉はエステバン中尉の算出したデータを直ちに送信した。

「バステトから連絡! 予想ルート周辺に照明弾を使用するので、光学観測に協力されたしとのこと!」

「原始的だが、ほかに打つ手なしか……総員、目を皿にして、敵を見つけ出せ」

 中央制御室の大型モニターに周囲の暗黒の宇宙空間が分割表示された。

 宇宙巡航艦バステトから照明弾が発射され次々に閃光が走った。

 航行ルートを想定したと言っても対象空間は広く、小さな懐中電灯ひとつで闇夜のコウモリを探すようなものだった。

「六時方向からミサイル! 数量五!」

「迎撃!」

 そうこうしている間にも三度目のミサイル攻撃が行われた。

 幸いにも距離があるので迎撃は可能だった。

 しかし、これが至近距離になったら迎撃は不可能になる。

 俺たちは一刻も早く敵を発見しなくてはならなかった。

「畜生、照明弾の明かりが消える!」

 火器担当チーフであるガンビーノ中尉のガラガラ声が後ろから聞こえた。

 二〇発ほど放った照明弾はしばらくは輝き続けるがせいぜい数分の命だ。

 おまけに慣性の法則に従い、徐々に我々から遠ざかっていき受け取る光も弱くなる。

「!」

 焦りながら眼球を必死で動かしていた俺は、天体観測用の光学モニターにゴマ粒のような黒い点を見つけた。

 デジタル処理も組み合わせて最大望遠をかけるとステルス艦特有の多面体の艦影が確認できた、全体のフォルムはサメのようだ。

「七時の方向に艦影!」

 俺は叫びながら、観測データを艦内全員に送り付けた。

「バステトへ、敵艦は七時から八時方向に向かって移動中!」

 通信担当ウーラント少尉の声から間をおかずに敵艦の周辺に照明弾が次々と打ち込まれた。

 敵艦の影がはっきりつかめ、艦種識別とそれに伴う戦力分析の結果が巡航艦バステトから送信されてきた。

『二〇〇メートル級の強行偵察艦。主武装はリモートミサイル発射管四、電磁誘導砲二か』

 火力は巡航艦バステトの方が遥かに上だった。

 まともに戦うことができれば勝利の女神は我々の方に微笑むはずだ。

「バステトが電磁誘導砲による砲撃を開始します!」

 最大望遠の光学観測モニターを確認すると、電磁誘導砲の火線が次々に敵艦の近くをかすめていった。

 レーダーが役に立たず、光学観測での砲撃のため精度が低いようだった。

 一〇発撃っても当たらず、いったん砲撃は休止された。

 電磁誘導砲は、電流を流すことによって生じるジュール熱で砲身が高温になるため、連続射撃には制約があるのだ。

「五時方向からミサイル接近! 数量三!」

 また、敵艦とは違う方向からミサイルが飛んできた。

「畜生、事前に大量にばらまいてやがる」

 ガンビーノ中尉が吠えた。

 ミサイル攻撃のターゲットは巡航艦バステトではなく主に輸送艦セドナの方で、マリオが青い顔をしながら火器管制システムを操作していた。

 バステトはセドナを庇うような位置取りをする必要があるため独自の回避運動は行わず、そのため動きが単調になっていた。

「おい、気を付けろ! 動きを読まれるぞ」

 イワノフ艦長が通信装置のマイクを握り、バステトに向かって大声で呼びかけていた。

「赤外線センサーに反応! 敵艦、エンジンを始動させました! 慣性航行をあきらめた模様です!」

『よし! これでセンサーと連動させた精密射撃や赤外線追尾式のミサイル攻撃が行える!』

 エステバン中尉の報告を耳にして、俺は内心我々の勝利を確信したが、次の瞬間、バステトの右舷が爆発した。

「バステト被弾! 電磁誘導砲です!」

 ステルス航法をあきらめた瞬間、敵は電磁誘導砲を使用してきた。

 当然各種センサーと連動させた精密射撃だ。

 電磁誘導砲は発射時に高温を発するため、赤外線センサーに引っかかる。

 そのため今までは使用を控えていたのだ。

「損害は?」

「左舷大破!」

 イワノフ艦長は左舷の装甲板をえぐり取られた宇宙巡航艦バステトの映像を食い入るように見つめていた。

「敵艦の右舷も爆発、バステトの電磁誘導砲です!」

「相撃ちか?」

 クラウゼン副長が力なくつぶやいた。

「いや、バステトの勝ちだ」

 イワノフ艦長の確信に満ちた台詞の直後、複数の砲弾が次々に敵艦に襲い掛かり、原形をとどめないほど粉砕した。

「やった!」

 中央制御室に歓声が上がった。

「無事か?」

 イワノフ艦長がすかさず宇宙巡航艦バステトに連絡を入れた。

 大型スクリーンにトゥエット艦長の顔が映し出された。

 そして、トゥエット艦長の声よりも先に『ダメージコントロール!』とか『炭酸ガス除去装置、機能正常!』といった騒然としたバステト内部のやり取りが聞こえてきた。

「なんとかな」

 トゥエット艦長は背後のやり取りに注意を払いながらも少し疲れたようにニヤリと笑った。

「ミサイル接近! 数量一〇! 至近です!」

「何!」

 喜びに包まれていた艦内の空気をエステバン中尉の悲鳴が切り裂いた。

「迎撃します!」

 火器担当六人全員が艦長の指示を待つまでもなく、迎撃ミサイルの、パルスレーザー砲の、トリガーに手をかけていた。

 迎撃ミサイルは間に合わず、パルスレーザーが命中直前に何とか敵のミサイルをとらえた。

「!」

 至近距離で爆発したミサイルの破片が、セドナの装甲板を叩き、艦内は激しい衝撃に見舞われた。

「きゃあ!」

 リサさんの悲鳴が聞こえ、俺は思わず後ろを振り向いた。

 リサさんは椅子のアームレストにしがみついていた、特に異常はない。

 俺は視線を戻し、自分の席の光学モニターを覗き込んだ。

「バステトが!」

 我々を守ってくれていた宇宙巡航艦バステトが、敵の複数のミサイルの直撃を受け爆発していた。

 艦内の弾薬庫が誘爆を起こしたような激しい爆発だった。

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