ランドリーの前で
リサさんは中央制御室での当直がないので定期的に顔を合わせる機会がない。
この日は当直明けに、たまたまランドリーの前で顔を合わせた。
「どうかしましたか?」
リサさんは洗濯機の蓋をこじ開けようともがいているところだった。
仕事中のクールなリサさんではなく、プライベートの多少頼りない雰囲気のリサさんになっていた。
「洗濯物を追加しようと思ったんだけど開かなくて」
リサさんは俺に気づくと無防備な普段の顔を俺に向けた。
洗濯機からは水を注ぐ音が聞こえ注水中のランプが灯っていた。
「もう注水してますよね」
「わかってるわよ」
『馬鹿にしないでよ』と目が訴えていた。
「開かないのはそのせいです」
リサさんは上官だったが、いろいろあったので俺はひるんだりしなかった。
「なんで?」
「艦内は常に重力が発生しているとは限りません」
「?」
彼女はさっぱりわからないという表情をした。
理系で俺よりはるかに賢いはずだが勘が鈍いのだろうか?
「無重力下で大量の水をぶちまけたらとても面倒なことになりますよね」
「じゃあ、追加で洗濯物は入れられないってこと?」
ようやく御理解いただけたようだった。
「はい、終了まで洗濯機のふたはロックです」
「そうなんだ」
「中尉……リサさんは、宇宙船に乗るのは初めてですか?」
「初めてではありません。地球に行ったこともあります」
生徒が先生に答えるような素直な言い方だった。
「最近のことですか?」
「いいえ、だいぶ前です……ひょっとして、私のことバカにしてる?」
リサさんは、不機嫌そうな表情になると俺のことを睨んだ。
「そんなことはありません。この間のことといい宇宙船に慣れてないなと思っただけです」
リサさんは何かにつけて無重力状態になったらどうなるかという想像をまるでしていないように思えた。
「いい? あのことは絶対言っちゃダメよ」
リサさんは不機嫌そうな表情のまま俺に詰め寄った。
「何をですか?」
リサさんに急接近されて俺は少しどぎまぎした。
生ごみの匂いはせず、シャンプーの匂いがほのかに漂った。
「私の部屋でのことよ」
『リサさんの部屋がごみ屋敷になっていたという話か』
「すみません。同期のマリオにはしゃべっちゃいました」
「ひどい! お嫁にいけなくなったらどうするつもりよ!」
「ちょっと、へんな言い方するのはやめてください!」
さっきから、『私の部屋でのこと』とか『お嫁にいけない』とか通りがかった他の士官が耳にしたら問題になりそうなフレーズのオンパレードだった。
「いい? 秘密よ。ひ・み・つ」
しっとりした柔らかそうな唇が俺の方に近寄ってきた。
俺は、リサさんを女性として強く意識し、心臓の鼓動が激しく高鳴った。
「わかりました。秘密は守ります。失礼します!」
俺は上ずった声で答えると敬礼し、逃げるようにその場を立ち去った。