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俺と彼女と宇宙輸送艦セドナ  作者: 川越トーマ
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ロドリゲス提督

 映像が終わり、外の光を遮断していた天井が透過率を上昇させていった。

 透きとおった天井ごしに漆黒の宇宙空間に浮かぶ指先程の大きさの太陽が光を放っているのが見えた。

 そこは数百人規模の講堂だった。

 壇上にはせいぜい三十代にしか見えない精力にあふれた男が立っていた。

 ウェーブのかかった薄茶色の髪は、きれいに短く刈り込まれ、鳶色の瞳は強い光を放っていた。

 ワインレッドの詰襟の上着、黒いスラックス、胸元には槍と盾を意匠化した火星防衛軍の銀色のマークが輝き、アルファベットで『R・ロドリゲス』と氏名が表示されていた。

 そして肩の階級章には将官を表す金色の五芒星が輝いていた。

 彼が記録映画の中で火星の高速機動艦隊を率いていた『ロドリゲス提督』その人だった。

「卒業おめでとう。私は火星防衛艦隊のロジャー・ロドリゲスだ」

 提督の声は若々しく、よく響いた。

 彼は俺たち火星宇宙軍士官学校の学生が卒業を迎えるにあたり来賓として祝辞を述べに来ていた。

 先ほどの記録映画の上映は、英雄であるロドリゲス提督の偉業をたたえる演出の一環だった。

 軍部としては、老若男女問わず人気のある軍の英雄を士官学校の卒業式に派遣し、学生たちのモチベーションを高めることが狙いなのだろう。

「今、諸君が見た軍の記録映画は、格好のいいところばかりを編集していて、いまひとつ実情がわかりづらいと思うので補足しておく」

 ロドリゲス提督は軍人、それも将官とは思えないほど爽やかだった。

「二年前に火星軌道周辺で行われた大規模な戦闘は、世間で思われているような楽な戦いではなかった。また、奇策により鮮やかな勝利を得たと思われているが、それだけではない。それを諸君には今一度認識してもらいたい」

 ロドリゲス提督は反応を確かめるようにゆっくりと俺たちの顔を見回した。

「確かに我々は敵を油断させるために味方主力艦隊を囮にし、高速巡航艦で編成した高速機動艦隊による奇襲を行った。しかし、士官として艦隊勤務を行う諸君は、その作戦を成功させるために行われた全将兵による地道な努力を想像しなくてはならない」

 提督のにこやかな顔が引き締まり真剣な表情になった。

「戦闘の基本は今も昔も変わらない。敵の情報を集め、敵よりも多い戦力を用意し、敵よりも早く相手を見つけ、こちらに有利な態勢で戦闘を仕掛ける……しかし、我々は最も重要である戦力という部分で、相手に遥かに劣っていた。映像の中でも出てきたように敵の戦力は我々の三倍、本来戦ってはいけない戦力差だ」

 あまりにも正直な意見に俺は不安になった。

 火星艦隊は二年前の艦隊決戦に勝利し、その後もロドリゲス提督の活躍で地球艦隊の戦力を削り続けていた。

 しかし、国力の差はいかんともしがたく、現時点でも地球の方が多くの戦力を有していたからだ。

「我々は全将兵一丸となって敵に立ち向かった。そして、ミスをしなかった。ステルス偵察艦は先に敵を発見し、ミサイルや電磁誘導砲は性能どおりの実力を発揮し、不発弾も照準の狂いもなかった。無人攻撃機は絶妙のタイミングで発進し敵艦隊に予定通りの打撃を与えた。艦隊行動は見事に行われ操艦ミスなど皆無だった。そして、例え味方艦が破壊されても浮き足立って艦列を乱すような艦もなかった」

 ロドリゲス提督はここでいったん言葉を切り、呼吸を整えた。

「翻って、地球艦隊はどうだっただろうか? 策敵が十分ではなく高速機動艦隊という別働隊がいることに気づきもしなかった。最初の一撃で大型航宙母艦を破壊され無人戦闘機を全く展開することができなかった。指揮命令系統も混乱し組織だった反撃を行うことができなかった。もし、指揮命令系統が混乱せず、残存兵力を効率的に運用していたならば、我々も相当な損害を覚悟しなければならなかっただろう」

 ロドリゲス提督は真剣に話に聞きいっている俺たちの様子を見て満足そうにうなづいた。

「諸君らは栄えある火星の軍人だ。明日から誇りと自信をもって任務に励んで欲しい。しかし、慢心は戒めるように。勝者と敗者の間には大した距離はないのだから」

 話を終えると若き将官は俺たちに向かって敬礼を施した。

「敬礼!」

 脇から鋭い声が飛び、俺たち二百名の火星宇宙軍士官学校の学生は、量産されたロボットのように全く同じ姿勢、同じタイミングで敬礼を返した。

「本日は、大変お忙しい中、火星防衛艦隊のロジャー・ロドリゲス提督にお話をいただきました。お帰りになられる提督を拍手でお送りください」

 司会役を務める女子学生の凛とした声に続いて講堂内に割れんばかりの拍手がこだました。

 ロドリゲス提督は、軽く手を振りながらさわやかな笑顔を見せて壇上から去っていった。

 俺は、もともとロドリゲス提督のファンだったが、今日の話でますます彼が好きになった。

 いつか彼のような活躍をしたいと心から願った。

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