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俺と彼女と宇宙輸送艦セドナ  作者: 川越トーマ
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宇宙輸送艦セドナ

 巨大なドーナツ型の宇宙ステーションの内側は大小さまざまの宇宙船が停泊する宇宙港となっていた。

 俺たちが乗る予定の宇宙輸送船セドナがゆっくりと移動し、宇宙ステーションの動きに同調しながらドッキングするところが、宇宙港のロビーに設けられた大型モニターに映し出されていた。

 宇宙輸送艦セドナは四〇〇メートル級の巨大な艦だった。

 大きさだけで言えば、火星防衛艦隊旗艦の超弩級宇宙戦艦ラクシュミーと同規模だ。

 宇宙輸送艦セドナの外見で一番似ているのは大昔の飛行船だろうか、ラグビーボールのような形で居住区が一番外側に出っ張っていた。

 船体の回転による遠心力で疑似重力を生み出し、快適な長期航海を可能にする機能を有していた。

 もっとも今はドッキング作業のために回転は止めていた。

 民間の客船ならともかく、軍艦でこうした機能がついているのは珍しかった。

 一部の大型艦だけが有する機能だった。

 全長二〇〇メートル前後の宇宙駆逐艦や全長一〇〇メートル前後の宇宙雷撃艇には人工重力を発生させる機能がないため、乗組員は骨密度と筋力の低下を防ぐために艦内で必死にトレーニングに励むことになる。

 当然そのために自由な時間が削られていく。

 人工重力が発生している環境では身体がなまらない程度に運動すればよい。

 快適性という観点では、この差は大きかった。


 二日酔いであることを必死で押し隠し、一分の隙もない軍服姿になった俺とマリオは、配属先である宇宙輸送艦セドナの乗降口へとやってきた。

 荷物は肩に担いだ小さな袋ひとつ、中身はほとんど下着だった。

 宇宙艦艇は持ち物制限が厳しく、あれこれ私物を持ち込むことはできなかったからだ。

 士官学校の学生寮にあった私服などの荷物は朝一番の宅配便で実家に送っていた。

 定例の人事異動の時期ではなく、士官学校の学生による欠員補充だと聞いていたので、宇宙ステーションから新たにセドナに乗り込むのは俺たち二人だけだと思っていた。

 しかし、そうではなかった。

 俺たちの数メートル先の乗降口では軍人らしいきびきびした物腰の若い女性士官が、乗降口を守る屈強な警備兵と何事か言葉を交わしていた。

 彼女は、白磁のような肌理きめの細かい白い肌に、漆黒の髪を肩にかかるかかからないかという長さにカットしていた。

 引き締まった表情で高い知性を感じさせる美人だった。

 身長は火星人としては標準で、あまり痩せた感じのしない女性らしい体型だった。

「彼女もセドナの乗員か?」

 マリオが小声で俺につぶやいた。

『へえ、この艦にもこんな若くてきれいな女性士官が乗るんだ』

「よかったな。マリオ。この艦にも若い女性士官がいて」

 俺も彼女に聞こえないように小声でマリオに言葉を返した。

「まさしく『掃き溜めに鶴』だな」

「おい、まだ掃き溜めと決まったわけじゃないぞ」

『縁起でもない』

「中尉、お待ちしていました」

 乗降口までに迎えに来た灰色の髪、銀縁眼鏡の痩せた士官が、生真面目そうに敬礼した。

 階級章は少尉だった。

「リサ・リンドルース着任しました」

「お荷物を預かります。どうぞこちらへ」

 銀縁眼鏡の少尉はそう言って、彼女を艦内に案内していった。

『へえ、あの人は、リサさんて言うんだ』

 俺は彼女のファーストネームをインプットした。

 火星宇宙軍の軍服には名前が表示されているが、基本的にファーストネームはイニシャルだけの表示だった。

 俺の場合、『D・ダテ』、マリオは『M・マルコーニ』という風にだ。

 だから、完全に仕事モードで『マルコーニ准尉』と話しかけるためには制服を見るだけで充分だったが、ファーストネームを知るには別の機会が必要だった。

 俺たち二人は、乗降口に辿り着くと二名の警備兵に敬礼した。

 屈強な警備兵はロボットのように無表情に敬礼を返した。

「本日付で宇宙輸送艦セドナに配属となったダテ准尉とマルコーニ准尉だ。乗艦を許可されたい」

「身分証の提示をお願いします」

 三〇歳前後と思われる年長の警備兵が俺たちに冷たい視線を向けながら無機質に対応した。

 階級は軍曹だった。

 先程の女性士官とは随分対応が違うような気がした。

 俺とマリオは軽くうなづくと情報端末を目の前にかざし、写真付き身分証を空間投影した。

「本人と確認しました。係官に連絡します……おい」

 軍曹がもう一人の警備兵に連絡を促した。

「係官がくるまでの間、手荷物検査とボディーチェックをさせていただきます」

「えぇ!」

 マリオが一瞬頓狂な声を上げたが、軍曹は有無を言わさず、俺たちから荷物を受け取り、情け容赦のない手荷物検査を開始した。

 先程の女性士官にはこのような対応はしていなかった。

 明らかに差別だ。

 俺たちは迎えが来るまでの間、二名の警備兵に、爆発物、毒物、不正薬物、酒、軍支給の情報端末以外の電子機器などを持っていないか、センサーやボディチェックで徹底的に調べあげられた。

「はう……」

 マリオが俺の横で妙な声を上げた。

 まるでテロの容疑者のような扱いは、お迎えがくるまで続けられた。

「遅くなった」

 灰色の髪の銀縁眼鏡の真面目そうな少尉が来たのは、執拗なボディチェックで俺もマリオもヘロヘロになった頃だった。

「通信担当のウルリヒ・ウーラントだ。情報管理も担当している。よろしく頼む」

「こちらこそ!」

 できれば、もう少し早く迎えに来て欲しかったと心の中で叫びながら、俺たちは精一杯元気にあいさつした。

 第一印象はとても大切だ。

「軍曹、ありがとう。もういいぞ」

 軍曹は無表情で少尉に敬礼し、俺たちはやっと解放された。

「助かったよ後輩ができて。いままで少尉の俺が一番の下っ端だったからな」

 恐らくいろいろな意味があるのだろうが、今はあまり知りたくはなかった。

「まず、情報端末を渡してくれ」

「はい」

 ウーラント少尉は俺たちの携帯端末を小脇に抱えていたデータスキャン専用の機械にかけ、コンピューターウィルスなどの不正プログラムがないか確認した。

 次に士官学校のネットワークの設定を削除し、代わりに宇宙輸送艦セドナの艦内ネットワークの設定を施した。

「これで君たちはネットワーク上も我々の仲間になったわけだ」

 ウーラント少尉は俺たちに笑顔を向けたが、俺は士官学校の仲間たちと切り離されたことに寂しさを感じた。

「中央制御室に案内する。ついてきたまえ」

「はい!」

 俺とマリオは、ようやく宇宙輸送艦セドナの内部に入ることができた。

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