異世界の予習をしましょう
「翔、バリア張れたの?」
「ーーああ。これで向こうからもこっちからも出入りは出来ない。少なくとも丸一日は。」
「じゃあ次は、失踪した人達を探さなきゃだなっ。」
「いや、まぁそうなんやけど、お前ソレをうやむやに出来ると思うなや。」
何事もなかったふりをする俺に、勇がジト目で言う。
俺の肩には、小さくて真っ黒い、ウサギっぽい生き物が乗っている。
少し先っぽが千切れてしまった耳は復元しなかったが、それでも長い耳。
黒目がちでつぶらな瞳。
フワフワした柔らかい毛並み。
ほとんど見た目子ウサギなのだが、よく見たら額に小さな小さな白い角が。
そんな可愛い毛玉は、なんだかすっかりなついてくれて、数秒置きに背伸びして俺の頬にスリスリしてくる。
マジ可愛い。
「お母はん、何とか言ってやってくれます?」
「お母さんじゃねーけど... 葵、元いたところに返してきなさい。」
勇と翔が何故かコント風に言ってくるが...
「いや... 下ろしても勝手に登ってくるんだよ... 」
そう。
可愛いとは思いつつ、衝動的に治しただけなので普通に野生に帰すつもりでいたのに、まさかここまでなつかれるとは。
正直ちょっと対応に困っている。
「あー... じゃあまぁ、とりあえずいいや。ちゃんと責任もって世話しろよ。」
翔が投げた。
「いいんかい。」
「それよりも、これからどうするかだ。ーーじーさんに連絡してみるか。」
言って翔は、腕輪の画面に触れる。
「なんじゃね?」
すぐ出たじーさんに、
「異世界側に来てゲートにバリア張ったんだけど、そもそもここはどういう世界なんだ? 泊まるところとか飯とかが、こっちでどうにかなるのかとかも。」
翔は訊ねた。
そういえば、その辺の予備知識何もなく来たな。
じーさんも、訊かれなくても教えとけよ。
吸血鬼のいる世界だとは聞いていたが、吸血鬼が支配する国で四面楚歌の中乗り込んじゃったとかだったらもうどうしていいかわからない。
「おお、そうか、諸君にはそういう予備知識がなかったのぅ。
その世界は、多種多様な人種が住む世界でな。
一番数が多いのは人間じゃが、他に吸血鬼やトロール、オーク、ゴブリン、エルフ、ドワーフなどがおる。それぞれの人種は基本的に他の種族を好ましく思っておらず、交流はない。が、今回の吸血鬼という連中は少数民族で国家を持たず小集団で暮らすが人間の血を好むため、比較的人間の集落の近くに居を構えている場合が多いな。
他の種族は、トロール、オーク、ゴブリンあたりは好戦的で人間と表立って敵対しとるが数に押され、エルフやドワーフはもともと他との接触自体好まぬゆえ、森の奥などに引っ込んでおるので住み分けができておる。」
「もろファンタジーの世界やなぁ。猫耳とかはおるんか?」
さしあたってはどうでもよさそうなことを訊いたのは勇だ。
「獣人はまた別の世界じゃ。」
「ふーん。それはともかく、じゃあこの辺にも人間の村とか町とかあるのか?」
翔が、猫耳をものすごくどうでも良さそうにスルーする。
「うむ、歩いて行ける距離にそこそこの規模の村がある。宿などもあるじゃろうから、そちらにいるうちは宿に泊まって過ごすとよいじゃろうて。ああ、そちらの通貨はアイテムボックスに送っておこう。」
「宜しく。ーー他に何かある?」
俺達に訊いた翔に、勇が今度は
「魔法使いとかはおるん?」
こいつ本当に異世界に興味津々だな。
「人間の魔法は、かつては栄えた時代もあるようだが衰退した世界じゃ。まともに使えるものは一握り、諸君の世界の超能力者より少しは多いくらいかのぅ。」
「いや、うちの世界の超能力者、本物がどのくらいいるのか全然知らないんだけど... 」
俺が言うが、
「人間の、ってことは?」
翔が質問を被せてきて俺のぼやきは流された。
「エルフは今でも魔法に長けた種族じゃ。それに今回の被疑者である吸血鬼も、人間を操ることができる能力があると言われておる。」
「あー、そんな感じやなぁ、吸血鬼。」
「それから、その辺にいる野生の魔物も諸君の世界とは違って人間に対して好戦的じゃから気を付けたまえ。」
言われて。
勇と翔が無言で黒毛玉を見たが、見られた当人(?)はいつの間にか俺の肩の上で器用に熟睡していた。