説得
「……あんたね、子供を育てるっているのはペットを育てるのとは訳が違うのよ。あんた一人で育てられるわけないでしょ」
衝撃から立ち直った恵津子は言う。どこか的の外れた言葉であったのは、まだ衝撃から完全に立ち直ってないからだろう。
「僕の家は田舎じゃないから近所の目とかは気にならないし、子供一人食べさせる程度には稼いでいるし、あまり残業とかもないし、小学校も近くにある」
さらに、元々いろんな本を買い込もうと一人暮らしの割には広い家を借りていたのもこの場合には功を奏したことになるだろう。
「でも、あんたまだ若いのよ?でも、詩月ちゃんを引き取ったら少なくとも独立するまでは結婚なんてできなくなるわ」
「それは覚悟しているよ。だけど、こんな田舎の閉鎖的な環境で育つより僕の住んでる環境の方がいいだろう」
元々南淵家は娘の千秋が高校を卒業するまで、今楠樹が住んでいる地域のすぐ近くに住んでいたのである。その理由の一つが、今まさに楠樹が言った理由だった。
しかし、恵津子は納得できないかのように不機嫌そうだ。
「私もたまに兄さんを手伝うからさ、ね」
助け船を出したのは千秋だった。
千秋が住んでいるのは、彼女の通う大学のすぐ近くであり、大体一時間見込めば楠樹の家に着くことができる。毎日は無理でも、要所要所で手伝うことは可能だ。
「別にいいんじゃないか、恵津子」
そう口を出したのは信己だった。
「確かにここで萩原家の娘を育てるというのはあまり都合がよくないかもしれん。何より詩月ちゃんのためにならんだろう。そもそも雪が駆け落ちしたのも、南淵と萩原の歴史のせいだしな……」
信己は静かに息子の顔を見据える。
「本来私らが解決しなければいけない問題だ。それを楠樹に丸投げするのは申し訳なさもある。だけど、確かに、この村で詩月ちゃんを育てるのはできないことかもしれない。私ら以上にあの子のためにな」
楠樹は頷く。彼は大学の学部生の頃に郷土史を調べたことがあったから、南淵家と萩原家が江戸時代から対立していることを知っていた。もっとも、両者が和解をはかろうと婚姻した例もあるから、それだけが駆け落ちの理由ではない気はしていたが。
「……小さい頃には雪さんにお世話になったし、その恩返しもしたいし」
「そうか」
信己は相好を崩した。多分、信己と雪の兄妹はきっと仲が良かったのだろう。
「困ったことがあればいいなさい。お金のことなら特にだ。力になれるはずだ」
「……ありがとう、父さん」
決意を胸に、青年は少女に歩み寄る。しゃがみこんで、少女と目線を合わせると、できるだけ警戒させないようににこやかにほほ笑んだ。
「詩月ちゃん、僕と一緒に暮らすかい?」
じっとおかきを見つめていた少女は顔をあげて青年を見つめた。
一切曇りのない、綺麗な瞳だった。
少女は椅子から立ち上がると、ぺこりとお辞儀した。
「よろしくお願いします」
「よろしくな」
青年は手を差し伸べ、少女はその手を握った。