出会い
叔母夫婦が亡くなったらしい。
そう聞いた南淵楠樹は一瞬何のことか分からなかった。そして、記憶の底から、自分が幼い時に、雪さん――父の妹が突然いなくなったことを思い出した。雪さんのことは覚えていても、それが叔母にあたることを思い至るには少し時間が必要だったのである。
実家は田舎の名家だから、冠婚葬祭といった催事にはこだわる。実家から離れて暮らす楠樹にも、葬式に出席するように要請があった。そして、記憶の中の雪さんを埋葬するためにも、彼は葬式に行くことにしたのである。
彼は教師である。母校の、私立の中高一貫校共学の、日本史の教師であった。校長は快く楠樹の忌引きを認めてくれた。その校長は、楠樹が生徒として在籍していた時には物理の教員として、楠樹の指導を行ってくれた恩師だった。
「お前たちの叔母――雪はな、駆け落ちしたんだ」
実家に帰って一段落すると、楠樹は妹の千秋と一緒に、父親からそう聞かされた。
楠樹の父、信己は、町医者であり、診療所を開いているが、その多くの時間を往診に使っているらしい。
駆け落ちしたから突然いなくなったのか、と楠樹は少し納得した。幼い楠樹には、優しかった雪さんと突然会えなくなったことしか分からず、何が理由だったのかは知らなかったのだ。
駆け落ちの理由について、父は多くを語らなかった。あまり話して愉快なことではないだろう。そう思った楠樹は、詳しいことを聞こうとは思わなかった。
萩原家、と葬式場には書かれてきたのに、集まっているのは南淵家だけである。正確に言えば、萩原家からも一人だけ出席していた。
「萩原詩月です、よろしくお願いします」
小学校高学年と思われるような少女は、丁寧に挨拶をしてあたまをぺこりと下げた。黒くて小さなドレスはあまりにも痛々しいが、それ以上に両親の死という大きな衝撃の中で、泣いたり喚いたりせず、静かな無感動を湛えているのがどうしようもなく不憫であった。
密葬と言うべきひっそりとした葬儀だった。出席者は五人。喪主は故人の兄、あるいは義兄にあたる南淵信己。他には、信己の妻である恵津子、息子の楠樹、娘の千秋、そして故人の娘にあたる萩原詩月だけだった。
千秋が何かと詩月に気をかけていたが、詩月は人形のように無感動に、両親の遺体に別れを告げ、焼かれるのを見送り、遺骨を拾った。そして、母親の骨壷が入った桐箱を、静かに抱いていた。本当は、軽いものでもないし、楠樹と千秋が持つ予定だったのだが、少女は片方を自分が持つことを主張してやまなかったのである。
「取り敢えず、詩月ちゃんはうちにいらっしゃいな」
恵津子の言葉に、行儀よく頷いて、詩月は自分の境遇を受け入れた。