鬼のパンツ
くだらないお話ですが、よろしければどうぞ。
「畜生が!またか!」
交番で制服に身をつつんだ一人の若い鬼ー柊巡査長ーが被害者の話を聞きながら毒づいていた。
巡査長が腹を立てているのは、この近辺で急に発生し、ここ数日で急激に被害者を増やしている事件、その名も『鬼のパンツ連続強盗事件』。深夜に鬼族の成人男性用民族衣装である虎のパンツを履いた男性を無差別に襲いパンツを強奪、代わりに白ブリーフを履かせるといった、猟奇的かつ変態的な犯行が相次いでいるのだ。また、この犯行は、今までの被害者の証言から人族であることが判明している。
「で、お前は誰にやられたか覚えてるか?」
巡査長は乱雑な口調で調書を取る。
「ひ、人族でした。身長は自分より少し低い位です」
被害者の鬼は、まだショックから立ち直っていないのか、少し声が震えている。しかし、有用な情報をきっちりと提供している。巡査長の手が一旦止まり、
「お前、身長何cmだ?」
と質問した。被害者は、
「あ、180cmちょうどです。は、犯人は目測で170くらいだったと思います。す、すぐに殴られて意識なくなったんであいまいですけど・・・」
「いや、貴重な証言をありがとう。それで、犯人の体格や服装は覚えているか?」
「け、結構引き締まった体でした、で、それで、その、なんかよくわからない模様がプリントされたTシャツを着ていました」
震えが止まらない中で状況を伝える被害者。それを見て巡査長は哀れに思ったのか、
「・・・煙草、要るか?」
「あ、ありがとうございます、いただきます・・・」
巡査長は被害者に煙草を渡し、火をつけてやった。ぷかぷかと紫煙が狭い交番内にくゆり始める。被害者は大きく煙草を吸い込んで吐いた。すると、少しは人心地ついたのか、ほっ、とため息を漏らした。
「調書取りは以上だ。んで、大丈夫か?何ならパトカーで自宅まで送ってやるが」
巡査長の気遣いは、
「いえ、大丈夫ですありがとうございます、家がこのすぐ近くなので。」
と断られた。。巡査長はそうか、と一言言って、被害者を交番から送り出した。
「はぁ・・・鬼族と人族が手を取り合ってから数百年、まだわだかまりは無くならないもんかねぇ」
と、ため息を吐きながら奥のほうから人が出てくる。
「桜木部長、いらしてたんですか」
桜木部長と呼ばれた男は、薄くない頭を除けば白髪の量も顔のしわも腹の出方も何もかもが40代の平均値みたいな人間だ。
「今日は珍しく夜勤なんだ。ハイ、これ焼きそば」
そう言って部長はカップ焼きそばを差し入れた。巡査長はありがとうございますとそれを受け取った。
「にしても、物騒な世の中になりましたね。何が目的で虎のパンツを狙うんだか」
「私にもさっぱり見当がつかないよ。まぁ、なんにせよ小難しい話は後だ、まずは目の前の焼きそばさんに集中しよう」
部長はそう言うと、猛烈な勢いでカップに入った焼きそばをはふはふやりだした。巡査長もそれに続く。しばらくの間、交番の中を麺を啜る音が支配する。音が止んだ時、時計の針は12時半を指していた。
「ふう、ご馳走様。柊君食べ終わった?ついでに片付けておくよ。」
ああ、それじゃあすみませんと、巡査長は空になったカップを部長に手渡す。程よく満ちた小腹をさすりながら、巡査長はこの一連の事件についてぼーっと考えていた。一体犯人は何を考えてこんな奇妙極まりない犯行に及んだのか、犯罪者のやることは分からん、そんな適当な考えを紫煙と一緒に吐き出す。そんな独り言が耳に届いたのか、部長が、
「鬼ーのパンツはいいパンツー、強いぞー強いぞー、っていう童謡が人間のほうにあってね、それにまつわる犯行かもよ?」
と、言っている。明らかに冗談だと分かる口調だが、なぜかその言葉が巡査長の胸に引っ掛かった。強いパンツ、普段なら小学生かよと鼻で笑って流すのだが、この時はなぜかその言葉がどこか不穏に思えた。
「部長、俺の勘なんですけど、意外とそれいい線いってるかもしれないです」
真面目腐った巡査長の表情がツボに入ったのか、部長はいきなりケタケタと笑い始めた。巡査長は、いたって真面目にこれはきたかもと思ってした発言を茶化されたので、すこしむすっと膨れる。
「そんなに笑わなくたっていいじゃないですか」
「いやね、君がそんなことを大真面目に言うから少し面白くて、すまないね」
部長は素直に謝罪する。そして、
「にしても、丈夫なパンツが欲しい人ってどんな人なんだろうねぇ」
と、先程のネタを引っ張った発言をする。しかし純粋バカすぎる巡査長は、部長がまともに取り合ってくれたのかと思って、喜んで意見を言う。
「恐らく、いえ、間違いなく犯人は超巨根の男性です。それこそ半勃ちになっただけで並のパンツなら引き避けてしまうほどの!」
部長がお茶を盛大に噴出した。蛍光灯の明かりを反射して虹が煌く。
「何で笑うんすかぁ!」
そんな悲痛な叫びも面白さを加速させるスパイス、部長の笑いはより一層強いものとなった。
「だって、普通大きさでいくら悩んでても他人のパンツなんて履く?あはははは!」
「ッツ!・・・確かに履きたくないです」
「でしょ、プッ、あははは!」
「・・・・・本官、パトロールに行ってまいります」
「いってらっしゃはははは!」
巡査長は自分の意見が笑われて、少し腹立たしそうにして深夜のパトロールへと赴いた。
しばらく歩いていると巡査長は、一人の、ちょうど170cmくらいの人族とすれ違った。これは、と思った巡査長は職務質問をすることにした。
「すみません、少しいいですか?」
と、尋ねると相手の男性は「早く家に帰りたいんで手短にお願いします」と言ってきたので、手短に済ませるために、ぱぱっと荷物のチェックを済ませながら質問をすることにする。
「すみませんがお名前とご職業、それと年齢をお願いできますか?」
「藤田 悟34歳、しがないサラリーマンですよ」
「そうですか、こんな時間まで残業ですか?」
「ええ、お互い大変ですね」
「全くです」
そこからはしばし無言が続く。しばらくして巡査長が、はい、という声と共に顔を上げた。
「荷物も大丈夫でした。呼び止めてしまってすみません」
「いえいえ、お勤めご苦労様です」
「それではさようなら。おやすみなさい」
「ええ、さようなら」
淡々とした社交辞令の後、再びお互いは自分たちの向かっていた方向へ歩き出した。静かな夜に戻ろうとしていたその時、巡査長がああ、と声を上げた。
「藤田さん!」
その突然の大声に驚いたのか、どうしました、と、大きめの声で返事をする。
「いえ、一つ聞き忘れていたことがありまして。」
その宣言に、サラリーマンは引きつった顔をする。自分なんか悪いことしたっけ?してなかったと思うんだが、と軽く思考が逡巡する。だが、巡査長の口から続けられた言葉が想像の斜め上を爆走したため、それは中断された。
「あなた、超巨根だったりします?」
「バフォッ」
思わず噴き出すサラリーマン。それも仕方が無いだろう、真面目腐った顔でこんなばかばかしいこと聞かれたら。
「・・・・・また笑われた」
笑われたことに対する憤りを通り越してもはや悲しさを感じつつある巡査長は、くの字に体を曲げ引き笑いしているサラリーマンを遠い目で見下ろす。
しばらくして、サラリーマンの笑いがおさまってきた。サラリーマンは、どこか泣きそうな目をしている巡査長を見て、少し罪悪感を覚えた。
「あー、そのー、なんかすみません、それと巨根ではないです、むしろ粗品です。じゃ」
それだけ言ってサラリーマンはいたたまれなくなったのか立ち去って行った。
「・・・・・・行くか」
巡査長はそうぼやいて、巡回を再び始めた。
しばらく歩いていると、なにやら片足が異常に肥大した人物とすれ違った。そのズボンの上からでも分かる異常さに目を引かれた巡査長は職務質問をする。場合によっては救急車も呼んだほうがいいかもしれない。巡査長は端末を用意しながらその人物に近づいた。
「すみません警察です。少しお話よろしいですか?」
その人物ーどうやら男らしいーは、巡査長をチラッと見ると
「いいですよ」
と短く答えた。
「それじゃあすみませんが手荷物を出してもらえますか?」
「ええ、かまいませんよ。」
「では、失礼します・・・・・・」
ことわりを入れ、巡査長は男の持っていたスポーツバッグの中身を検めていく。無言もなんなのでと、巡査長はところで、と置いてから雑談を始めた。
「いやぁ、普段なら声をかけるの面倒くさいからしないんですけどね、ちょっとあなたが気になったもので」
少し違う意味にも取られかねない発言ではあったが、相手の男は正確に意味を捉えてくれたらしく、
「ああ、この左足ですか?」
と返した。
「ええ、そうです。余計なお世話かもしれませんが、よかったら救急車呼びますよ?」
「ああ、大丈夫です。というより、これ実は足じゃないんですよ」
奇怪なことを言う男に巡査長は怪訝な目を向ける。
「どう言うことですか?」
すると男は照れたようにしながら小声で、
「いやぁ、その、大きな声で言えることではないのですが如何せん大きくて、いや、その・・・・・・巨根なんです・・・・・・」
「・・・・・・」
場を、沈黙が支配した。チンと言ってもそれはきっとチン違いだ。何の隠喩でもない。ただの沈黙だ。
「その、あれだ、ごめんなさい」
巡査長は混乱しているのか、どもりまくりながら謝罪を口にする。男のほうは、割とこういう反応に慣れているのか、いいんですよ、と言って場を流した。
スポーツバッグの中身の検品が終わったがこれと言って怪しいものは無く、バイトの帰りといった感じの持ち物で、中身は殆ど空だった。携帯とスポーツドリンク、バイト先の制服らしきものくらいしか入っていなかった。巡査長は、
「すみませんね呼び止めちゃって。もう結構です、ありがとうございました」
「ええ、お勤めご苦労様です。ところでおまわりさん鬼族の人ですか?」
「ええ、そうですけど何か?」
「いえ、人間にしては結構でかいなーって思っただけです。ほら、特徴の角も帽子で隠れてるし」
「ああ、そういうことでしたか」
「はい、それじゃあお疲れ様です。よい夜を」
そう言って男は立ち去っていった。巡査長はパトロールを続けるために一歩歩き出したその時、散々笑われていた推理を思い出した。
『犯人は恐らく巨根』
「すみませんーーー」
と言いつつ振り返るとそこには拳が迫っていた。
「ッツ!」
訓練のときに習った動きで、紙一重で攻撃をかわす。そして、そのまま蹴りを相手に叩き込んだ。
「ウゴッ!」
そんな声と一緒に襲い掛かってきた輩は吹き飛び、電信柱に当たった。巡査長は反撃をされる前に抵抗する意思を奪おうと追撃の膝蹴りを食らわせた。
バキッ、っとどこかの骨が折れる音が響いた。襲い掛かった奴は意識を失っているようで、そのまま崩れ落ちた。巡査長が近寄って顔を確認してみると、先程の巨根男であった。
「まさか・・・・・・」
巡査長は確認のため男のズボンを脱がす。するとそこには虎柄のパンツがあったのだ。
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「いやぁ、まさか本当に超巨根の男性が犯人だったなんてねぇ。狐にでもつままれたみたいだよ」
巡査長が巨根男を捕まえて、署まで持っていったその日の朝8時、巡査長と部長はコーヒーを飲みながら勤務交代を待ちつつ、件の変態野郎がした供述の内容に関する雑談で盛り上がっていた。
「ほんとですよ!部長に散々笑われたの覚えてますからね!」
「悪かったって。今度アイスおごるよ」
「・・・・・・ダッツ先輩2つで手を打ちましょう」
「君は人の懐事情を少しは気にしたらどうだい全く・・・・・・ああ、分かったよ2つね!」
ジト目に押し負けた部長はそんなことを約束した。
巡査長は何気なくテレビのリモコンを取りながら、
「そう言えば、動機を聞いてませんでしたね」
と言ってテレビを点けた。
「そう言えばそうだね、っと、ちょうどそのニュースが始まったよ」
『容疑者は、並のパンツでは使い物にならなかったと、わけの分からない供述をしており・・・・・・』
「動機まで予想通りとは恐れ入った」
「・・・・・・ダッツ3っつにしてもらっていいですかね?」
少しでも楽しんでいただけたら幸いです




