中編
「鈴音様?」
目が覚めたら、知らない場所だった。病院?
「ああ、目が覚めたのですね、鈴音様」
え?鈴音?私は鈴音じゃなくて、有紀、梁瀬有紀。どうなっているの?
手が動く、髪に触れる、長い、しかも毛先が巻かれている!
私、すごく短い髪だった。いつもお母さんが切ってくれていた。動きやすくて気に入っていたけれど、たまに男の子に間違われるのが嫌だった。
ズキ!
一瞬、激しく頭が痛くなった。
目の前の人は、綾小路家で働いているお手伝いさん、芽衣。定年後の再就職で最近、綾小路家に来た。ああ、これは鈴音の記憶だ。私、鈴音なんだ。これが転生って?
なんでよりによって、鈴音なんかに!異世界が良かった。
「鈴音様は3日間意識不明だったんですよ。痛い所ありませんか」
体は、どこも痛くない。起き上がってみよう。
ああ、ここは病院だ、しかも個室。
「お父様は?梁瀬有紀はどうなったの?」
「旦那様、奥様はクルージング中です」
なんだそれ、娘が意識不明中もクルージングとは。ああ、鈴音は学校が終わってから、先にクルージングしている両親を追いかけたていたんだっけ。その途中であの事故にあったんだ。
「梁瀬様親子は、亡くなられました」
「――」
「ぶつかってきたトラックの運転手も即死でした。鈴音様とうちの運転手は奇跡的に無事でした」
思わず、涙がこぼれた。見た目鈴音だから泣くのはおかしいけれど、中身は有紀だから、泣くのは我慢出来ない。
「鈴音様…」
ひとしきり泣いたら、受け入れるしかないと開き直った気持ちになった。
一度死んだ人生だ、好きにやってみましょう。
トラックに轢かれたのに、鈴音のけがは大した事がなく、一週間もしないうちに退院となった。退院の時も、お父さんもお母さんも来ない。芽衣の運転する車に乗って、鈴音の家に来た。
門を開けたら車に乗ったままで、玄関に行く。玄関までの間は庭が広がっている。きちんと手入れされている芝生と、木々。テーブルやいすもあって、ガーデンカフェをする事も。
そういえば、鈴音は学校に車で来ていた。学区の端だから、歩くと40分はかかる。お嬢様がよく行く私立の学校も受験したけれど、落ちた。鈴音は中学で再チャレンジするみたいだった。私はわからないけれど。鈴音の記憶と、有紀の記憶は共存しているから、わけがわからなくなる。鈴音のような振る舞いがよくわからないから、変に思われているのかもしれない。鈴音の巻かれた髪が未だに慣れなくて、つい手で触ってしまう。
有紀は鈴音の家には行った事はないけれど、鈴音の記憶で家のつくりはわかる。鈴音の部屋は、学校の教室の半分ほどの広さ。大きなベッドに、高級な素材の勉強机、ソファー、パソコン、テレビ、オーディオ、冷蔵庫、色々ある。この部屋だけで暮らしていけそう。
「鈴音様、これから旦那様と奥様のクルージングに行きませんか?」
芽衣がそう言った。クルージングか、有紀は羨ましかったんだ。本当は。私は壁にかかっているカレンダーを見上げた。綾小路の会社のロゴが付いているカレンダー。
「あれ、明後日って、登校日じゃなかったけ?」
明日は夏休み中の登校日。自由参加だけど、みんなに会えるのは楽しみ。出席を取って、みんなでゲームをして、一時間で終わり。図書室の本も借りれるし、主に図書室目的?これは有紀の記憶。鈴音はクルージング中だから、登校日は行くつもりなかったみたい。
「鈴音様は、『そんなの別にいい』って仰っていましたよ」
芽衣はくすりと笑った。
「いいの、行きたい気分なの。クルージングは別にいいわ」
「わかりました。私はご飯の支度をしますね」
芽衣は去っていった。この広いお家には、芽衣と私の二人だけ。他にも運転手やお手伝いはいるけれど、皆クルージングに行ってしまっている。静かで寂しい。
夕ご飯が出来たので、食堂へ行く。広いテーブルに出ているのは私の分と言われた、カレーとサラダとお茶だけ。
「ごめんなさい、このくらいの物しか作れなくて。シェフも不在ですから」
「え、全然いいよ、カレー好きだし。ねえ、芽衣も一緒に食べてよ」
「では、私も、頂きます」
芽衣は、自分の分のカレーをよそって、私の斜め前の席に着いた。
二人でご飯。
「…なんだか、鈴音様が違う方のように思えます。見た目は間違いなく、鈴音様なのですが、中身が違うような、あら、私ったらなんて失礼な事を、申し訳ありません」
やっぱり、わかるのかな。
「もし、私の中身が鈴音じゃないとしたら?」
「やはり、そうだったんですか?でも、鈴音様の仰る事なら信じます。まさか、転生とか?」
「転生なのかな?私は梁瀬有紀だった。あの一緒に事故にあったね。でも目が覚めたら鈴音だった」
「そうだったんですが、梁瀬様の事はクラスメイトという事しか存じていませんでしたが、鈴音様とは違うとは感じていました。転生って本当にあるんですね」
あれ、芽衣ってもしかして、あの時の?
「芽衣も転生物の本とか読むの?」
「はい、最近は、異世界小学生にはまっています」
「あ、異世界小学生、私が借りたかったのに、なんかおばちゃんに先に借りられてしまったって悔しかった」
「あの時の女の子でしたか。それは失礼しました。もう私読んだので、ご飯食べたら、お持ちしますね」
電話が鳴った、芽衣が取る。
「ご主人様、はい、今日退院しました。ええ、元気にしております。代わりましょうか、いいですか?」
お父様から電話だ。でもなんだか、芽衣が暗い声だ。
「え?、ああ、はい、わかりました」
芽衣は急いで電話を切った。
「綾小路家が、自己破産です。会社の経営がどうにもいかなくなり、会社が倒産します。この家も、3日後には売りに出しますので、鈴音様は旦那様奥様と海外で暮らすそうです。ですが、海外での鈴音様の住まいが見つかるまで、私のアパートで暮せないかと仰っています」
「え!」
転生早々、大変だ。
「お父様は、迎えになんて来ないよ」
自分で言ったことに驚いた。これは鈴音の言葉だ。
「そんな事は、きっと来ますよ」
「前にも、そんな事があったんだ。学校に行っていた私を置いて、お父様とお母さまは家を出て行ってしまった。梁瀬のお父さんが過労死した時だった。私どうしていいか、わからなかった。綾小路としては、梁瀬のお父さんの死は無関係としていたし。だから私も知らない振りするしかなかった。でも学校で有紀の顔を見ると辛かった。お父様は一週間もしないうちに戻ってはきたけれど。だから、私、海外なんて行きたくない。芽衣と一緒がいい」
鈴音が急に話し出した。そうか、鈴音も辛かったんだ。
「鈴音様、これから先の生活は、大変ですよ。私の家は狭いから、この部屋の物は少ししか持っていけません。残りは業者に処分してもらいます。綾小路がなくなるという事は、私の仕事もなくなるので、しばらくお金がなくなります。私もいい年ですから、なかなか次の仕事も見つからないでしょう。それまで苦しい生活となるでしょう。それでもいいですか?」
「うん、そうするしかないものね。芽衣の家ってどこなの?」
「ここから、近いですよ、でも川の向こうだから、小学校は違いますね」
「そっか…」
この家もうなくなるんだ。……
「ねえ、面白い事を考えたんだけど」
私は芽衣にこっそり話した。芽衣は最初驚いていたけれど、面白そうと賛成してくれた。
私は、紙に「招待状」と書いて、たくさんコピーした。家にあるお菓子を庭の木々に結び付けた。お菓子は頂き物が多く、腐るほどある。芽衣も手伝ってくれた。




