猫のように死にたいだなんて
猫のように死にたいと。そう思っていたのに。
猫みたいだね、ってよく言われた。
警戒心が強いところ。気まぐれなところ。小生意気なところ。
窓から日がさすのが見えると、思わず昼寝をして。「ホラ、やっぱり猫みたい」って言われたり。
だれにも気付かれないうちにひっそりと死ぬ。弱ったところをだれにも見せない。
猫みたいって言われるたびに、そう思ってた。
「あと、余命半年、でしょうか」
背骨が痛いと思っていたら脊髄に癌が出来ていた。全身に転移し始めていて、もう助かる見込みはないと。そう言われた。全身痛かっただろうによく辛抱出来たね、辛かっただろうとも言われた。
母親は俺を産む時に死んだ。もともと体が弱かったらしい。それでも俺のことは丈夫に産んでくれたらしく、今の今まで大きな病気にはかかったことがなかった。
父親はどうしようもないほど気の弱い人で、息子の俺にですら人見知りをしていた。それがどうにも鬱陶しく、高校に上がると同時に家を出た。一人暮らしだった。
やっと自由になれたと喜んで、自分で作る飯の微妙さ加減に顔をしかめて。段々動かなくなってくる体に、もう体の高齢化が始まっているのかと首を傾げた。
余命宣告を受けても、俺は呑気だった。
やっと手慣れてきた自炊に一人満足して、制服のアイロンがけを失敗して慌てて。そして、段々動かなくなってくる体に、あぁもう死ぬのかとぼんやり思った。
死ぬ、と聞かされても何ら変化しない生活は、まるで命をただ消費しているかのように空虚だった。でも、よくよく考えてみたらもうずっと前から自分の生き方がひどく空しかったことに気付いた。
恋をして、部活して、偶に遅刻して?
あぁ、意欲的な日々はさぞ甘美なことだろう。死ぬのを億劫にさせることだろう。だけど、ただなんとなく日々を過ごしていた俺には、そんなもの一つだってありゃしないんだ。それは、過ごすと呼ぶにはあまりにもからっぽで。むしろ“こなす”という表現の方が正しい気さえした。
猫みたい、と言われるたび、少し嬉しかった。
俺には彼らがとても気高い生き物に見えたから。
気まぐれで、でもそれだけじゃない。自分の中のセオリーというものに乗っ取って生きている彼らは受身に見えて実はすごく能動的だ。
ある意味、自分のしたいことをしている訳だから。
自分のしたいことを聞かれて素直に答えていたのはいくつまでだったか。
サッカーが好きだからサッカー選手と答えていたのは幼稚園のとき。
政治家ってものがひどくまぶしく見えて、総理大臣になると言ったのは小学校4年生のとき。
中学生の時の夢……。いや、そもそもそんなこと考えていただろうか。たった一人の家族との生活が息苦しくて、逃げたくて。友達と仲良くするために体裁を取り繕うのも面倒になっていなかったか。夢、なんてもの、描いていただろうか。やりたいことですらなかったような生活なのに。
好きなことは、昼寝。
そう言いだしたのは中学に入ってからだったと思う。
休みの日にひたすら寝続ける父親の気持ちが初めて理解できたように思えたのも、自分が無類の昼寝好きになってからだった。
今思うと、父親がそんなにも睡眠を欲していたのは自分を養うために一生懸命働いてくれていたからだった。
なんで一回でもそれを考えなかったんだろう。
親孝行したい時には親はなし。
上手いこと言ったもんだと思う。いやマジで。俺の場合、親孝行したい時には命なし、だけど。
あんなに疎ましく思っていたのに、もっと話してみたらよかったとか、あぁ、父親が俺のせいで一人になっちゃうな、とか。そんなことばかり考える。なんでもっと早くに思わなかったんだろう。鎮痛剤の投与のしすぎで頭がいかれてたとか? そんなバカな。
猫のように気高く、なんて。結局のところただの受身の人間にはできっこないことだった。ただ与えられるものを当たり前と思い、命をただ消費する。それが俺だ。
認めよう。俺は情けない。
猫は死期を悟ると姿を消すという。
そんな風に俺も死にたいと思ったものだった。でも、どうかな。実際死ぬってなると父さんに会いたくてたまらない。お礼を言いたくて、謝りたくて、愛してるって、愛してくれてありがとうって、言いたくて。
病気のことは父さんは知らない。
高校に入って、一人暮らしして。そうさせてくれたのは全部父さんだけど。もともと忙しかった父さんはさらに忙しくなって。連絡もだんだん取らなくなって。偶にかかってくる電話がひどく煙たかった。
せっかく一人になったんだから邪魔するなよって。
死ぬ、と言われて呑気だったのは、もしかしたら現実味がなかったからかもしれない。何もなしていない俺は、いつもどこか夢の中で漂っているような、そんな錯覚を感じていたから。もしかしたらこれも夢なのかな、と思ったからかも。
でも、夢で漂ったまま死にたいと思ったのもまた事実。
治療法が皆無だったのもまた事実だから、結局のところ大事なのは父さんに教えなかったこと。なんで教えなかったのかな、と今更後悔してみたり。
今になって気付くこと、多すぎる。
俺、父さんを大切に思ってた。今も、思ってる。
猫みたいに死にたいなんて、嘘だ。
ホントは死にたくないし、死ぬとしても誰か優しい人が傍にいてほしい。
それを振り払ったのが自分だなんてそんな皮肉。
あぁ、と思って少し泣いた。空しかった。
目をつぶる。徐に、小さい頃の記憶が蘇る。
……父さん、よく母さんの写真を見せてくれたっけ。
父さんは忙しいのに休みの日には公園に連れて行ってくれた。ベンチで寝てる父さんを見て、また寝てる、なんてあの時は怒ったけど、父さんはあの時疲れてたんだな。
あぁ、それから。夏の日にはベランダで花火をした。ねずみ花火が思った以上に動き回るから、二人で大騒ぎしてお隣さんに怒られたっけ。
父さんは俺が父子家庭だからって虐められないように身なりに特に気をつけてくれたっけ。結局服のセンスが壊滅的だったから同じような服ばかりになっちゃったけど。
……あぁそうだ。父さんが俺に気を使うようになったのは、俺がやたら刺々しくなったからだった。なんであんなどうでもいいことで怒ったりしてたんだろう。そっかぁ、父さん、俺が嫌いなわけじゃなかった。たった一人の家族に気を遣いすぎていただけだった。
大切にしたくて。でも一緒にいる時間が短すぎて何に悩んでいるのか思い当らなくて。思春期かなって思ってそっとしてみたり。でもやっぱり気になって様子を伺えば怒鳴られたり。
……ホント、不器用なんだから。
俺、父さんが俺に気を使って再婚しなかったってこと、知ってるよ。父さんならきっといい縁がまたあると思うんだよね。……本当は直接言いたかったな。やっぱり病気のこと、伝えるべきだった。
“ちょっと怪我したから通院しなくちゃいけなくて”
そう伝えた時、父さんはいろいろ聞きたそうにしていたのに、俺が話したがらないのが分かるとそっと引いて、黙ってお金を渡してくれた。そうやすやすと渡していい金額でもないのに。
思えば、いろんなところに父さんの優しさや思いやりが溢れてた。それなのに。
……なんで死にたいなんて思えたかなぁ…。
耳を澄ますと、『ピッ、ピッ、ピッ、ピッ…』という機械音。……死ぬ間際になって後悔、なんて化けて出そうだよね。……やだなぁ…。死にたくないなぁ…。
そうは言っても、刻一刻と自分の死が迫っているのを感じる訳で。
やるせなさに泣きそうになる。
ふと、機械音に混じって父さんの声が聞こえた気がした。
薄らと目を開けると父さんの姿らしき人影が見える。
ぼんやり、とその姿を見ながら、俺はある一つの事実を思い出した。
―――――そういえば、俺が猫が好きなのって、父さんが猫好きだったからだよなぁ…。
◇
ピー、という音を最後に音はしなくなった。少年は永遠の眠りについた。その傍らには彼の父親の姿。
「ニャオ」
その声に、父親は勢いよく顔を上げる。どうやら窓の外の黒猫がその声の持ち主ならしい。猫は、父親を優しい眼差しで見た後、静かにその姿を消した。
“ごめん、ありがとう。お幸せに”
そんな声が、病室に響いた。




