生命の魔女
むかしむかしある森に、歌の上手い魔女が住んでおりました。
魔女が歌えば萎れた花は元気を取り戻し、魔女の歌を聞いた人間は皆笑顔になりました。
魔女の歌は作物をよく育て、森の生き物たちをたくさん増やしました。
そのおかげで、森の周りはとても豊かでした。
また、魔女は大変賢く、森の近くの村人にとても尊敬されておりました。
魔女の助言の通りにやってみると、大概のことは上手くいきました。
村人は魔女を慕い、魔女は村人を愛していました。
しかし、その国の王様がある時こう言いました。
「魔女は邪悪な存在である。滅ぼさなければならない」
王様はとても熱心に神様を信じていて、国のことはまったくの無関心でした。
国の兵隊は魔女を探しに国中に放たれました。
やがて兵隊は魔女の住む森にもやってきました。
兵隊は言いました。
「邪悪なる魔女よ。お前はその歌で獣を狂暴にさせ、住人に怪我をさせた。またその歌声で住人を魅了し操った」
魔女は言いました。
「それなら私は声を封じましょう。一生何も歌えないように」
魔女は自らに呪いをかけました。
「私の声は戻らない。王様が良いと言うまでは」
そして魔女は森から出なくなりました。
それから森は大変暗くなったようでした。
魔女の歌は森に生命をもたらしていたのに、それがなくなってしまったからです。
作物は十分に育たなくなり、森の動物は減って狩りもできなくなりました。
村人は飢え、国で一番豊かだった場所は国で最も貧しい場所になってしまいました。
なぜなら、その場所は元々国で一番生命の少ない場所だったからです。
森の魔女がそれを生命の溢れる場所にしていただけだったのです。
もちろん魔女はいつか自分の歌がなくてもそこに生命が溢れるようにさせるつもりでした。
しかしそれにはとてもとても長い時間が必要でした。
魔女が声を失ったときはまだ、その場所の生命は強く生きていくことはできなかったのです。
村人たちは魔女にお願いをしに行きました。
「どうかもう一度歌ってください」
しかし魔女は悲しそうに首を横に振るばかりです。
しかし、魔女は村人たちに食べ物を与え、手紙を渡し、王様のいる都の方を指しました。
歌えなくても魔女は賢かったので、どうすればいいのか村人たちに教えることはできたのです。
村人たちは一致団結して都へと向かい、王様に会いに行きました。
王様の前で村人たちは魔女の手紙を読みました。
「枯れてはいない。凍っているだけ。全ての時を動かすのに必要な呪文はたったひとつ。けれどその呪文を知るには多くのことを学ばねばならない。多くのものを失ってみなければ見つからない」
王様は何を言っているのかわからないようでした。そのため家来にこう言いました。
「こやつらは魔女をかばう罪人だ。牢屋に入れよ」
しかし森の生命が弱くなったことを知っていた家来は、村人たちを牢屋に入れるふりをして、そっと逃がしてあげました。
それからしばらくすると、徐々に都の活気がなくなっていき、物がだんだん少なくなってきました。
そして王様の食べるものも、ずいぶん質素になっていきました。
王様が不思議に思って尋ねました。
「なぜ食事が減った?」
「食べ物が少なくなったからです」
「なぜ食べ物が少なくなった?」
「国で一番豊かな森が国で一番貧しい森になってしまったからです」
「なぜ貧しくなった」
「生命を呼ぶ歌を操る魔女が歌わなくなったからです」
「魔女か……ならば仕方ない」
それからも国はどんどん貧しくなっていきました。森の生命は他の場所の生命をも支えていたからです。
国が貧しくなくなると、民衆は怒って言うことを聞かなくなりました。
いよいよ民衆を抑えられなくなり、王は家来に尋ねました。
「なぜ魔女は歌わない?」
「それは王様が魔女を滅ぼしたからです。魔女は声を失い魔女ではなくなったからです」
「邪悪だったのは魔女ではなく、人だということか……」
王様が悔いた言葉を呟くと、どこからか森の魔女が現れました。
魔女は何も口にせず、ただ城の外を指差しました。
そこにあったのは豊かな国の光景ではなく、寂しい畑と森、そしてお腹を空かせて泣いたり怒ったりしている民衆の姿でした。
「ああ、私は間違っていた。もう一度歌ってはくれないか。この国をもとの豊かな国に戻してはくれないか」
魔女は王様の言葉を聞いて、頷きました。
「私は再び歌いましょう。しかしこの国を再び豊かにするためには、貧しくなった時間よりももっとたくさんの時間が必要です。しかし王様の考えが変わったのならば、もっと早くに戻るでしょう」
魔女は森へ帰り、再び歌うようになりました。
王様はそれから国のことをよく考えるようになり、魔女を滅ぼそうとはしなくなりました。
そしてその国は再び豊かで幸せな国になりました。