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(五)

 この島にやって来て、二日目の夜。


 昨日とは打って変わって晴れ渡った夜空には、半分に欠けた月が浮かんでいる。それを縁側に立って見上げている雅の耳に床の軋む音が届いた。


 暁光だろうか。


 昨日の様子だと部屋が近いようだったから、今日も寝室に向かう彼と鉢合わせてしまったのかもしれない。そう考えながら雅が目を向けた先に立っていたのは、暁光ではなかった。



「……相田雅」



 粗暴な空気を纏った藤脩仁だった。彼は雅の傍まで近付いてくると立ち止まる。



「……何ですか?」



 確か、自分は彼に嫌われていたはずだ。雅はそう記憶している。何をしたかも、覚えてはいないけれど。


 警戒しながら彼を見上げていると目前に彼の右手が差し出された。恐る恐る視線を向ければ、そこには昨晩失くしたと思っていた短刀が握られていた。龍神としての自分の力以外の、唯一の雅の武器だ。



「これは……」


「何のためにこんなもんを持ってきたのかは訊かねぇが、」



 脩仁は言いながら、雅の寝衣の帯へ短刀を差し込む。随分と不敬な行為だったが、そこに他意を感じさせなかった所為か、不思議と怒りは沸いてこなかった。


 自分から離れていく脩仁の指先を目で追う雅の耳へ、彼の声が続く。



「俺はテメェが気に入らねぇ」



 雅は脩仁の顔を見上げた。糸の細さをした彼の眼。瞼の間から、殺気すら孕んだ覇気のある眼光が放たれている。


 この人は私のやろうとしていることに気付いているのかもしれない。――雅は、そんなことを思う。初めて出会った時から、彼は他の誰とも違う、警戒心剥き出しの獣の目をしている。その目と目が合う度、蝮に睨まれた蛙のように嫌な汗が雅の皮膚を湿らす。



「……貴方に何かしましたか、わたくし」


「してねぇよ」



 試しに訊いてみれば、脩仁の返答はあっさりとしていた。



(じゃあ、どうして?)



 なぜ彼にこれほどまでに嫌われているのだろう。これから自分は彼に殺されるかもしれないほどの大罪を犯すだろう。だが、今はまだ何もしていないのだ。出会って、会話をしたのもこれが初めてのようなものだ。



(それならば、なぜ?)



 その雅の疑問を汲み取ったように、脩仁は雅から視線を離すと口を開いた。



「親に命令されたのか何だか知らねぇが、自分の意志のねぇ奴は気に入らねぇ」



 そう吐き捨てると彼は踵を返してしまう。



 ――自分の意志のねぇ奴は気に入らねぇ。



 雅の頭の中で、脩仁の台詞が木霊する。


 違う、と思った。反射のように、頭を過っていた。



「わたくしは自分の意志でここへ参りました」



 気付けば、そう声を放っていた。放った声は、彼の耳を打ったようだった。背を向けて歩いていた彼が足を止め、雅へ視線を投げる。その目は相変わらず瞳の色も分からないというのに、鋭い光が溢れていた。その彼の目を真っ直ぐに見返して、雅は告げる。



「どれほど貴方に嫌われようと、わたくしはここを出て行きません」



 ここへやって来たのは、雅の意志だ。


 そうだ。相田の領土で生活する民に少しでも楽をさせたくて、雅はここへ来た。誰かに命じられたわけではないのだ。


 脩仁は雅をじっと凝視していた。何かを確かめるような彼の視線を真っ直ぐに受け止め、雅は視線を逸らさない。



「精々足掻いてろ」



 脩仁は素っ気ない口調で言い残すと、それ以上振り返らず去っていく。先程まで雅に向けられていた軽蔑の色はわずかにだが、薄くなっていたように感じられた。


 雅は彼の姿がなくなると、左の袖を捲った。そこにある一枚の鱗。月明かりの許で見るそれは昼間に見る時よりも影が薄いのに、増して気色が悪い。その逆鱗が、雅の弱点だ。


 雅は右手で鱗をそっと抑える。



「……」



 雅は幼い頃から、自分の身体にある鱗を気味悪く思っている。けれど、この身体は傷ついた人々を幾度となく救ってきた。


 だが、血一滴で人の命を繋ぎ止めることのできる自分は、人間だ、と言えるのだろうか。相田雅という存在から龍の力を除いた時、自分の価値はどこにあるというのだろう。



(やらなくては……)



 自分の存在意義を失わないためにも、この使命を全うしなくてはならない。


 雅は逆鱗の輝く左腕を眺めながら、不安に目を細める。


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