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(四)

 深緑の森を抜け、雅は暁光たちと屋敷へ戻ってきた。彼らの後に続き、屋敷の中へと足を踏み入れる。すると戸が開く音を聞きつけたのか、ぱたぱたと近付いてくる足音があった。それに顔を上げると、こちらへ駆け足で近付いてくる女性の姿があった。顔だけ見れば雅とそう変わらぬ年頃のようだったが、その髪色の所為で幾分か老けて見える。


 白髪だった。女性は景時と同じ白い色の髪を首の後ろで一つに結び、胸元へ流している。瞳は彼よりもぱっちりとしているが、その髪色を見た雅は、彼女が景時の妹だろう、と瞬時に判断する。傍らで足を止めると女性は笑顔を浮かべた。



「おかえりなさい!」


「ただいま、志乃」



 返したのは智重だった。靴を脱いでいる暁光は小さく頷いただけで、声は返さない。


 景時は屋敷の中を見回すと、志乃へ問う。



「脩仁はどうした?」


「脩仁は道場にいるよ」


「そうか」



 礼を言いながら景時は屋敷の奥へと向かい、その後に暁光が続く。それを見た雅はハッとして口を開いた。



「あ、暁光さま――」


「奥方様」


「……奥方さま?」



 だが雅が暁光を引きとめるよりも早く、志乃の声が雅の声に被さった。慣れない呼び方に小首を傾げる雅が志乃に目を向ければ、屈託のない笑みを浮かべた志乃と目が合う。



「はじめまして、志乃と申します」


「あ、相田雅と申します」



 丁寧に頭を下げた志乃に習い、雅も頭を下げる。その二人の様子を小さく笑いながら智重も景時と暁光を追っていった。その背をさらに追いたい気持ちに駆られる雅の手を志乃が掴む。



「実は奥方様に贈り物があります。こちらへ」


「で、ですが――」


「ささっ、はやく」



 抵抗する間もなく、志乃に引きずられるようにして雅は暁光とは正反対の方へと連れて行かれた。そうして辿り着いたのは、屋敷の一室。障子を開いて入った部屋の畳には幾つもの着物が広げられていた。



「これは……」



 呆気に取られる雅に構わず志乃はにこにことその部屋に足を踏み入れた。



「ここで生活するにも衣服は必要ですから。何着か用意しました。どれにしますか?」


「どれも素敵なので、特に選り好みは致しませんが……」



 そこまで言って、雅は口を噤む。


 志乃が一人楽しそうに、これが良いのでは、と幾つも着物を手に取っていた。そういえばこの屋敷にいる女は雅と志乃だけだ。つまり雅がいない間、女は志乃一人でこの広い屋敷にいたのだろう。


 雅は志乃の隣に腰を下ろすと共に着物を眺め始めた。そうして二人で着物を選びながら、雅はふと志乃へ尋ねる。



「そういえば、志乃さまは景時さまと同じく矢代の血を引く者と伺いました。なぜ、この島に? やはり暁光さまの家臣として?」


「そうですね……」



 志乃の声は、少し笑い声を孕んでいる。何かおかしなことでも言っただろうか、と思いながら彼女の顔を見れば、淡い微笑がそこに浮かんでいた。



「表向きは、家臣です」


「表向き?」


「……私は白河の人間です」



 志乃の顔から笑みが消える。真剣な眼差しで暫し畳の目を眺めていた志乃は薄らと笑うと雅を見た。



「奥方様は暁光のことを訊いていますよね?」


「……忌龍、だと」


「はい」



 頷く志乃を見ながら、それが何か関係あるのだろうか、と考える。その雅の視線の先で、笑みを消した志乃がぽつりぽつりと語り出した。



「白河は矢代の分家です。元は同じ血が流れておりますが、代々忌龍が出るのは白河の血筋でした」


「代々……?」


「忌龍は、一種の呪いとされています。矢代の家が昔、どのようなことをして龍の呪いを買ったのかは明らかにされていませんが……その時に生まれた子供が赤い目と白い髪をした忌龍でした」



 龍神は龍の血を引く者のことを表す。かつて昔、この国では龍と人が共存していたという。その時、龍と人が混じり合った家系には時折龍の血を濃く引いた者が現れる。その者が龍神と呼ばれ、龍と同じ丈夫で不死に近い身体を持つ。だが、忌龍はそれだけではない。


 龍の血を引きながらも、龍の呪いをその身に受けた者が、忌龍と言われる存在となる。災いを呼ぶ、というその呪われし身体。



「龍が自分と人間の間に生まれた子を呪うほどの屈辱を受けたのか、定かではありません。ですが、矢代は忌龍の血を継ぐ者を分家とすることで本家に忌龍が生まれぬようにしました」



 ですが、と続ける志乃の目が一瞬、苦痛に歪む。



「それが何の因果か、暁光が紅の瞳を持って生まれた。本当ならば、私か兄が忌龍となるはずだったのでしょうが……」



 その台詞は、どういう意味なのだろう。


 変に深読みしそうになり、雅は開きかけた口元を強く引き締める。その彼女に再び黒い瞳を細めて微笑むと、志乃は言った。



「ですから、私も兄も、暁光と共に島流しにされました。白河で現在生き残っているのは私と兄だけですので」



 雅は何と返して良いのか考えあぐねて何も言えなくなってしまう。眉間に皺を寄せる雅の姿を見て不安がっていると思ったのか、志乃は安心させるように微笑むと、雅の顔を覗き込んだ。



「大丈夫です、奥方様。忌龍の子供が必ずしも忌龍となることはありません」


「……はい」



 首を縦に振りながら、雅は思う。


 ここにいる者は、もしかしたら自分を受け入れようとしてくれているのかもしれない。誰一人、やって来た花嫁が自分の主人を殺そうと企んでいるなんて、考えてもいないのかも、しれない。


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