(六)
暁光は智重に指定された場所に来ていた。この場所は森の中に存在する野原。昔酷い火事でもあったのか、この一角だけ草も生えない空間と化していた。その場所に佇み、暁光は友が現れるのを待っている。
(……智重)
何度思っただろう。
この身体が龍神のものならばよかった、と。さすれば救える命もあっただろう。
だが暁光は忌龍。人を救うことのできない、毒が流れる四肢は人を殺す。
雅が龍神であると知った時、頭を過ったことがあった。彼女ならば、智重を救えるかもしれない。そう思った。思ってしまった。
きっと彼女ならば助けてくれただろう。死に行く友とその首を刈る約束を交わした自分を。
だが。
暁光にそれはできなかった。
父に無理やり送り付けられた花嫁だった。花嫁を送ると告げられた時、どうせ刺客だろう、と直ぐに勘付いた。可哀想に、と自分のところに重い任を背負って送られてくる顔も見たことない嫁のことを思って、何度思ったことだろう。だが彼女は強かった。暁光の目を見ても臆することなく、傍に近付いてきた。それが彼女の決意の強さならば、と好きにさせておいた。だが暁光に誤算があったとするならば、彼女が暁光の目を見ることに戸惑わなかったことだろう。
彼女は朱色の瞳を見ても恐れなかった。むしろ、目を合わせて話をすることを望んだ。彼女の全てを理解できず、だが理解したいと思ったのはいつからだっただろう。
家臣としてでもなく友としてでもなく、傍にいる彼女にどう接すればいいのか分からなかった。それでも彼女の傍で過ごす時間は不思議なほど穏やかだった。
――暁光。
あの晩、部屋を訪れた智重が言った。
――雅様が国に帰るそうだよ。
それを聞いた途端、暁光は声もなく部屋を飛び出していた。暗闇の中を走りながら、彼女の姿ばかりを探した。
失いたくない、と思った。
龍神は人を助ける時、血を流す。命を分け与えるように助ける。その時智重を救おうとする彼女が受けるだろう痛みを思い、暁光は言葉を飲んだ。助けてほしい、とその一言を飲み込み、思った。――これが、誰かを大切に想うことだと。
智重に、雅が龍神であることを話すと、彼はただ笑うだけだった。彼も知っていたはずだ。龍神の血は不治の病を治す力がある。だが智重はそれを望まなかった。
誰かを犠牲にして生き延びることを選べるほどに彼は強くも弱くもなかった。否、もしかしたら彼は十一年前のあの日から、死ぬことを望んでいたのかもしれない。
妹を両親に殺され、両親を殺すように暁光に頼んだあの日から。死を望み、生きてきたのかもしれなかった。
暁光は腰の刀に触れる。小さく響いた金属音。
大きく息を吸い込み、吐き出す。
現れるだろう友を思い、覚悟を決めた――その時だった。
「暁光さま!」
耳を打った、声。
この場に現れるはずのないその声は後方から。
馬の駆ける音。
その音の主が木々の間から姿を現す。
その馬上に乗った彼女を目に留め、暁光の唇が戦慄いた。
「雅、殿……――?」
そこにいたのは見紛うことなき、己の花嫁の姿だった。




