表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/34

(四)

 雅が障子越しに声をかけると、暁光が障子を開けてくれた。その彼を見上げ、雅は立ち上がる。そして手許に持っていた文を彼に差し出した。



「これを」


「……これは?」



 暁光は訝しげに雅から文を受け取った。



「智重からです」


「智重……?」



 暁光は首を傾げ、文を広げる。



「なぜこれを雅殿が持っている?」


「智重から受け取りました」


「……会ったのか?」


「はい」



 暁光は広げた文に目を落とした。そこに書かれた文字を目で追い、彼は目を細めた。



「行くのですか」



 その彼に雅は声を掛けた。


 智重の許へ行くのだろうか。彼の願いを叶えるために。



「何か方法は、ありませんか?」


「……ない」



 暁光は雅の声を一蹴し、目を伏せる。



「俺にはこうして楽にしてやることしかできん」


「……」



 その彼に、雅は彼の苦痛を思う。


 ここまで共に過ごしてきた友を斬るのだ。それがどれほどの痛みを伴うのか、雅にも想像くらいはできる。



「迷いはありませんか?」


「……」


「智重は私に言いました。何があっても貴方を見捨てないでほしい、と」



 暁光が瞼を持ち上げる。


 重なった瞳。彼は真っ直ぐに雅を見ていた。その目が一瞬揺れたのを雅は見た。


 暁光は戸惑うような間を数秒落とし、掠れた声で言った。



「離れたければ、そうしても構わない」


「離れません」



 雅は間髪入れずに答えた。



「私はここにおります、いたいのです、――貴方の傍に」



 暁光が目を細める。痛むように、慈しむように細めた目に見えない涙を雅は見た。


 その瞳を見詰め、雅はそっと彼の手に触れる。



「きっと貴方がこれからすることを見届けても、私は貴方を見捨てないでしょう。それが智重のためだと、智重自身が言うのですから」


「……」


「――でも」



 雅は彼の手を掴む手に力を込める。



「それで貴方が苦しむのなら、私は願ってしまう……貴方が、つらくない未来を」


「雅殿……」



 智重の願いも、暁光の決意も揺らぐことはないだろう。


 それは智重を前にして、暁光を前にして、雅は知った。


 それならば、と思ってしまう。


 貴方がつらくない未来を、と。


 暁光は雅の手を自分から離させる。だが直ぐに自ら彼女の手を掴んだ。その手の温かさとやさしさに、雅は目を伏せてしまいそうになる。



(どうして貴方ばかりがつらい思いをするのだろう)



 生まれが選べないのならば、せめて生き方くらい楽で幸福に満ちたものにしてほしい。彼が笑顔で過ごせる未来があっても、いいのに。それなのに。



「雅殿」



 呼びかけは、やさしい声音で。


 その声に雅は俯けていた顔を上げる。


 彼は微かに微笑んでいた。本当に微かに和らげた表情で雅を見て、彼は言った。



「貴女は俺にやさしくしてくれた」


「そんなことは――」


「目を、見てくれた」



 その一言に雅の呼吸が止まる。


 暁光はそんな彼女に囁くように続けた。



「目を見て話をしてくれた。笑ってくれた。傍にいてくれた」



 そこに卑しい思いがあったことを、彼も知っているだろう。


 だが全てがそんな思いから来たわけでもない。


 彼の命を狙っていたのに。いつからだろう、彼の傍に自ら寄り添うことを望んでいたのは。


 彼の手が、雅の頬に触れる。慈しむように頬を撫で、髪を撫で。引き寄せられた。


 彼の逞しい腕に身体を抱き締められ、耳元に彼の吐息を感じた。



「俺は、貴女を愛しく思う」



 その声は、吐息。


 切なさが、雅の胸を突いた。私も、と言いたかったのに言葉は咽喉に絡まって告げることができない。



「行ってくる」



 暁光の身体が離れる。


 その身体に指を伸ばす、彼女の手から逃れるように暁光は背を向けた。



「待っていてくれ」


「暁光さま……」



 彼の腰には、刀。


 その刀身は、友の血で赤く染まるのだろう。


 彼は振り向かなかった。


 決意と覚悟を胸に、友との約束の地へ歩き出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ