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衝突……/罰……

長老の家を出るとアルフは一言もしゃべらずに歩き始めた。俺はそのあとを無言のままついていく。

今は夜なのだろう。しかし、俺が知っている夜とは少し異なっている。空が透き通るほど晴れているはずなのに、星が一つも見えない。都会のように明かりがあるならばそれもわかるが、この村には家屋の屋根にろうそくのようなものがついているくらいで、ほとんど真っ暗に近い。それにもかかわらず星が見えないということは、そもそもそんなものがない世界なのかもしれない。

異世界。考えただけでも馬鹿らしく思える。しかし、セイナの灯した火と宙で動き続ける水の玉はトリックではないと俺は感じた。信じたくはないがそういうことなのだろう。

あの長老は一週間後に俺を元の世界に帰してくれると言っていたが、そもそもここが異世界だという確証はない。星が一つも見えないというのもこの地域特有の現象という可能性もある。どうせ、一週間は何もすることがないのならば、ここがどんなところなのか調べるというのもありなのかもしれない。村を囲う大きな壁を越えたら、普通の道が続いていて、知っている街にたどり着くということだってあり得るのだから。

そんな風に村からの逃亡を考えていると、前を歩いていたアルフが立ち止まった。前を見ると、小さな家がある。おそらく、ここが俺の一週間の寝どこなのだろう。


「ありがとう」


一応、ここまで案内してもらった礼を告げ、家の中に入ろうとしたとき、後ろからアルフに肩を掴まれた。


「なんだ? 」


肩を掴んだまま下を向き、何も言おうとしないアルフに声をかける。しかし、それでも何も答えようとしないこいつに、俺はしびれをきらせて、手を振り払う。


「悪いけど、俺は眠いんだ。用がないなら、休ませてもらう」


それだけ言って、中に入ろうとすると再び肩を掴まれる。


「だからな……っ!? 」


バガッ!!


いい加減にイラつきも限界に来ていたので、文句の一つでも言おうかと振り返った瞬間、頬を思いっきり殴られた。俺は体ごとふっとばされて、地面に転がる。口の中に鉄の味が広がり、唇からツーっと熱いものが流れるのを感じた。

俺は体を起こして、自分の拳で口元を拭った。


「いてぇな、急に何すんだよ」


どすを効かせた声で、下を向いたままのアルフに問う。


「お前、ずっと俺につっかかってきてたよな。いったい何なんだよ?

俺は別に何も悪いことしてないと思うんだけどな。何が気に食わないんだ?

お前らの勝手なお願いを断ったことか?お前だって俺に最初にあった時に言っていただろ?こいつには何の力も感じられないって。そんな奴にこの世界の命運とやらを任せる気か?

それとも、お前の大切なセイナ様に近づいたことか?だったら、安心しろ。あいつが星奈じゃないって今、俺には何の興味もない。

いい加減、黙ってないで何とか言ったらどうだ? 」


こんなわけのわからない場所に連れてこられ、怒鳴られ、小突かれ、押し付けられ、挙句の果てには、わけもわからずに殴られる始末。俺は聖人君子じゃないんだ。いい加減、限度ってものがある。

こいつの返答次第で、ここに来てからの積もり積もったストレスをこいつをぶん殴って解消しよう。俺の心はそう決めた。

俺がいつでも殴りかかれるように構えていると、ようやく顔をあげたアルフが、鋭い瞳で俺をにらみつけてきた。


「私は…………、私は、お前が嫌いだ。何も知らない癖に偉そうな物言いをするところ、セイナ様になれなれしくするところ、長老や私たちの願いを最初から歯牙にもかけていない人としての慈悲がもちあわせていないところ、私はそんなお前が大っ嫌いだ」


口を開けば罵詈雑言の嵐。本当にふざけてるとしか思えないよな。今日はなんて厄日なんだろう。

それもこいつを殴って、チャラにしてやる。

俺は握りこぶしを固めて、一歩前に踏み込む。


「俺はお前らのことなんて知るか!

初めて会った人に命かけてくださいなんて言われて、はいなんて言うやつどこにいるんだ、馬鹿野郎!! 」


拳を振り上げて、全力でアルフに殴りかかる。

しかし、軽くよけられ、逆に膝で腹をけられてしまう。


「ごほぁ! 」


地面に倒れこんだ俺の上にまたがり、アルフは容赦なく殴ってくる。


「……ガハッ、……グッ、……いい加減、どきやがれ!! 」


アルフが拳を上げた瞬間、体を思いっきり転がして、アルフのバランスを崩す。そして、力でアルフを抑え込み、今度は俺が上の状態でアルフの両腕を押さえつけた。

アルフがものすごい力で腕を振り払おうとしてくる。


「……くっ、こんのっ!! 」


俺はアルフの顔に頭突きを入れて、一瞬力が弱まった瞬間に両腕を離し、片手で胸を押さえつけて、拳を振り上げる。そのまま、振り下ろそうとしたとき、押さえつけた手に違和感を感じ、動きを止めてしまう。


「……っ!?お前、おん……っ!? 」


押さえつける力が緩んだため、さっきとは逆に頭突きを顎に入れらて、後ろに倒れた。

そして、両手で胸倉をつかまれる。


「女だからどうした?これだけ殴られて殴り返す勇気もないのか?私だって好きでこんな体に生まれてきたんじゃない。

もっと腕力があれば、もっと魔力があれば、みんなを救えるのに。助けられるのに!どうしてそう願わずにはいられるだろうか!?

お前の言っていることがわからないわけじゃない。私のやっていることはただの八つ当たりだ。

けれど……、私には何も……何もできないんだっ!!

お前の代わりに魔獣を滅することも!!

フローラル様のようにセイナ様を助けることも!!

何も…………。

だから……、だから頼む。セイナ様を……、セイナ様を助けてくれ」


アルフの叫びには、途中から涙がまざっていた。おそらく、こいつは正義感が強いのだろう。みんなを護りたい。セイナを護りたい。でなければ、女で魔力もないこいつが、ダンジョンなんて化け物がうようよいるようなところについていくなんてことはしないだろう。

こいつの気持ちはよく分かった。こうして、嫌いな人間に頭を下げるほどに、こいつは、いや、こいつらは追い込まれているんだ。

けれど、それと俺が引き受けるかは別の問題だ。こいつが言っていたように、俺には力がない。それで何の役に立つ?むしろ、お荷物が増えるだけだ。なら、俺はこの件にかかわらない方がいい。

無慈悲と思われるかもしれないが、それでもかまわない。

俺は静かに口を開き、再び自分の答えを告げる。


「すまない」


そして、アルフはゆっくりと手を放し、立ち上がった。そのまま、もと来た道を戻っていく。

俺は仰向けに転がり、空を見上げていた。

本当に月も星も一つも見えない空。俺はそんな空見上げて、初めてこう思った。


「……寂しいな」


俺は目を閉じて、アルフの叫びをもう一度かみしめる。そして、口の中の血とともにそれを飲み込み、立ち上がった。



♦♢♦♢♦



コンッ、コンッ


何かが窓を叩く音で、俺は目を覚ました。いつもはこんな小さな音では起きないのだが、昨日は気を失ってばかりだったから眠りが浅かったのだろう。

俺は体を起こして、窓の外を見る。そこにいたのは小さな木箱を抱えたセイナだった。

俺はベッドから出て、彼女を家に迎え入れる。


「こんな遅くに、大変申し訳ございません。アルフから主様の手当てをしてあげてほしいと頼まれましたので、失礼とは存じておりましたが、押しかけさせていただきました」


丁寧に頭を下げるセイナに、なぜか不満を感じた。その不満がどこから来ているのかわからず、とりあえず、胸にしまっておく。

俺は気にしなくていいとだけ告げて、椅子に腰かけさせた。


「このような小さなところで申し訳ありません。何分、主様をお呼びする儀式は、秘密裏に行ったものでしたので。王国からの援助は受けられないのです」


手際よく傷の手当てをしていくセイナから告げられた事実に、俺は少なからず驚いた。


「なんで王国に伝えなかったんだ?そうすれば、強制的に俺を使うことができたはずだろ?手伝わなければ、死罪にする、とかな」


俺の言葉に、セイナは一瞬手を止めた。そして、再び手を動かし始めながら、答えを口にする。


「まさにその通りでございます。王国に言いさえすれば、簡単に主様と一緒にダンジョンへ行くことができたでしょう。

けれど、それではダメなのです。主様に選んでいただくことは、とある方との約束なのです。

私はその約束を破るわけにはいきません」


自分の世界が滅亡の危機に瀕しているのに、選択をさせてくれるなんて、どれだけこの世界の人たちは慈悲深いのだろう。いや、違うな。アルフのようにきちんと自分の気持ちにまっすぐなやつもいるのだから、セイナたちが慈悲深いのだ。

おかげで俺は自分の命をかけずに済むのだから、感謝はしておこう。

心の中だけで感謝をして、気になったことを質問してみる。


「そのとある方っていうのは秘密なのか? 」


質問されることは予想していただろうが、少しだけ寂しさの混ざったような顔をしてから、答えを返してくれた。


「そうですね、それもその方との約束です。主様に自分のことを話さないと。私としてはその方と主様が面識をお持ちのわけではないので構わないとは思うのですが」


面識はないけれど、話されると困る……か。

本当に不思議に思っていることがある。もしセイナが本当に星奈じゃないなら、こんなにも俺は彼女の表情を読むことができないはずなんだ。けれど、彼女の作る表情は星奈のものと瓜二つで、さっきの長老の話と照らし合わせると、もう何が嘘で何が本当か、答えが出てしまう気がするんだ。

俺は自分の中で出した結論を、間接的にセイナに告げてみることにした。


「今の話と長老の話に出てきた嘘は、その人物と関係があるのか? 」


セイナは目を見開いて、俺の顔を見てきた。俺にとってその顔こそが、俺に確信を与えてくれた。


「別に答えられないならそれでもかまわない。俺はあと一週間でこの世界からいなくなる人間だからな」


俺の最後の言葉に、落ち着きを取り戻したのか、先ほどと同じように寂しげな表情を作った。


「そうですね、申し訳ありませんが、それはお答えできません」


そういって、セイナは目を閉じると同時に、いつの間にか手当てを終え、救急用具の入っていた木箱を閉じて、その上に手を置いた。

そして、次に目を開いた時に、まっすぐとこちらを見てから、頭を下げる。


「主様、この度のアルフの非礼、大変申し訳ありませんでした。如何なる罰もお受けいたしますので、何なりとお申し付けください」


静かに、けれど、強い意志を込められたその言葉を聞いて、俺はいたたまれない気持ちになってしまった。

俺はため息をついてから返答する。


「罰なんてそんなもんないよ。あれは俺も悪かったからな。気にするな。

それに、あれはお前じゃなくて、アルフが悪いんだろ? 」


「ですが……」


「それでも、そっちの気が済まないっていうなら、その、なんだ。主様って呼び方、それだけなんとかしてくれ。俺はそんなたいそうな人間じゃないんだ。だから、光介でいいからさ。様とかも禁止な」


俺の提案した罰に、セイナがでもとか言いたそうな顔で見ていたが、やがて、覚悟を決めたのか、上目づかいこちらを見てきた。


「で、では……、


(……こーちゃん)


光介さん……と、お呼びしても……、よろしいでしょうか」


一瞬だけ、記憶から星奈の呼ぶ声が聞こえた。それは、2年前のあの日に失った声。もう戻ってくることはない。

俺はどこかで期待していたのかもしれない。目の前のセイナがあの星奈であることを。

それは、当然のように否定され、俺は現実というものをもう一度味わうことを余儀なくされた。


「ぬ、主様……? 」


何も言わない俺の顔を、心配そうに覗き込んでくるセイナは、やっぱり星奈に似ていて、一滴の悲しみがぽたりと俺の心に染み渡った。けれど、それをセイナに悟られてはいけない。そう感じた俺は無理やりに笑顔を作り、セイナの頭をなでる。


「主様は禁止だって言ったろ?さっきの光介さんでいいよ。本当は呼び捨ての方が気が楽だけどな」


まだ少し心配の表情を見せるセイナの視線から顔をそらし、俺は窓の方を向く。


「それにしても、この世界には星はないんだな」


重い空気のままいるのはあまり好きではない。とりあえず、話題の方向転換をしてみた。


「そうですね。彼の使いからもお聞きしていましたが、『地球シー・ブルー』には星と呼ばれるものが夜の空を照らしているそうですね。私も一度見てみたいです」


セイナは座ったまま、窓の方に顔を向け、俺に同意を返す。やはり、この世界には星が存在しなようだ。

俺は内心、改めて驚いていた。


「じゃぁ、夜は火を灯さないと何も見えないのか? 」


俺はセイナの方に向き直って、率直に感じた疑問を聞いてみる。


「そうですね、他に明かりがありませんから。ただ、この世界の人々はみなさん、魔法が使えますから、火を灯して道を照らすくらいなら子供でもできるんですよ。それに、フローラル様が賢者と呼ばれる所以となった、魔力をためることで設定された魔法を使用できる魔道具があります。ご覧になられたと思いますが、この村の家屋についていたやつです」


セイナの説明に、長老の家からここに来るまでにあった家屋に取り付けられた火を思い出した。あれはろうそくのように燃え続けるものを取り付けていたのではなく、魔道具とやらで火が連続で出されていたようだ。

俺はその魔道具にすこしだけ興味がわいた。


「その魔道具とやらはどんな魔法でも設定できるのか? 」


俺の問いに、セイナは首を横に振った。答えはノーだったらしい。


「魔道具で設定できるのは、あくまで基本的な魔法のみに限ります。ですので、魔族を倒せるような強い魔法を使うということはできませんよ」


セイナに考えを先読みされて、複雑な気分になった。考えてみれば、子供でも扱えるもので魔族を倒せるなら、わざわざ俺のようなガキに世界を救ってくれなんて頼まないだろう。

俺は頭をかきながら、セイナから視線を外す。


「そりゃそうだよな」


少しだけ気恥ずかしさを覚えた俺は、もう一度、窓の方へと顔を向けた。そして、外からは虫の鳴き声だけが聞こえてくる。たまに入り込んでくる風は元の世界のものと変わらず、優しく髪をなびかせてくる。

二人の間に会話はない。けれど、俺はこういう瞬間が嫌いじゃない。

心地よい静寂の中に身を任せていると、セイナの方から話しかけてきた。


「光介さん、一つお願いがあるのですが」


「ん、何? 」


俺は窓から顔を話して、セイナの方へ向き直る。


「明日、少しだけでかまいませんので、お時間をいただけないでしょうか? 」


「それは構わないけど、何かあるの?今日の話の説得なら、お断りだぜ」


「いえ、そういうことではなく。明日は私も一日何もすることができないので、もしよければ、光介さんにこの村を案内させていただきたいと思ったのですが、ダメ……、でしょうか? 」


セイナの提案は中々に魅力的だ。仮に案内がなかったとしても、一週間の間ずっとここにこもっているつもりはないので、あたりを見て回るつもりだった。それを案内してもらえるなら、断る理由はないだろう。


「いや、むしろ、こっちからお願いするよ」


俺の返事に、セイナが花のようにぱーっと笑顔を咲かせた。


「ありがとうございます!では、明日お向かいにあがりますね」


そう言って、立ち上がったセイナは出入口へと歩いていく。そして、扉のまでこちらを向いて笑いかけてきた。


「では、また明日お伺いいたします。おやすみなさい、光介さん」


「あぁ、お休み、セイナ」


軽く会釈して挨拶をするセイナに、俺は片手を上げてこたえる。そして、扉を出ていくセイナを見送った俺は、椅子に腰を掛けた。

大きくため息をついて、天井を見上げる。

やはり、彼女が星奈じゃないとわかっていても、気を抜くと星奈と同じように扱いそうになる。


「本当に同じなんだな……」


俺の呟きは小さな空間に響き、消えていく。

彼女が星奈じゃないのは理解しているつもりだ。でも、心が納得できていないのだろう。

だから、明日はちょうどいい。

俺の頭はいっぱいいっぱいで、外を眺めながら、今日は眠れないと感じていた。

彼女のいた余韻を、その身に感じながら、ただただ外を眺めていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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