別人……
「うるせーーーー!! 」
聞き覚えのない怒鳴り声とともに、俺の頭に衝撃が走った。
「いってーーーーーー!! 」
俺は頭を押さえながら、ベッドのを転がり、痛みでのたうち回る。
「こ、こら、だめですよ、アルフ。主₍ぬし₎様になんてことを」
俺を殴った少年を、シスターの服を着た女性が押さえていた。
「お言葉ですが、セイナ様。セイナ様が命を賭して呼び寄せたというのに、こいつには何の力も感じられないうえに、一日気持ちよさそうに寝ていたかと思えば、突然大声でわめき上げるなど愚者の振る舞いでしかありません」
少年にわけのわからない非難を言いたい放題言われている間に、頭の痛みが引いてきた俺は、自分の現状を把握しようとあたりを見渡す。
木造りの小さな部屋。簡単な机と椅子に、俺が横になっているのがベッド。そして、近くの窓から見た景色に、俺は度肝を抜かれ、目を見開いた。
そこから見えたのは、物語に出てくるような木造りの家屋と牧場、畑、そして、村を囲うように作られている巨大な壁。そこから上は雲一つない悠然と晴れた空だった。
昨晩、俺は星奈の墓にいたはずだ。それが、なんでこんなところにいるんだ?
誘拐されたにしては、こんなガキと女性に見張らせるなんておかしいし、拘束されていないのも変だ。そもそも、俺を誘拐する目的もわからない。だとしたら、なぜ俺はこんなところに連れてこられてんだ?
そんな疑問で状況の整理がついていない俺の後頭部に衝撃が走った。
「おぶふっ! 」
「いつまで呆けてるんだ、このヌロ! 」
よくわからない暴言と後頭部に残る痛みが今度こそ俺を切れさせた。
「さっきからなんなんだよ、お前は!! 」
どこの民族衣装だかわからないが、へんてこな服を着ている少年に向かって怒声を放つ。少年は俺の怒鳴り声に驚くこともなく、俺を睨み返してきた。しかし、シスターが慌てて顔を伏せ、俺に謝罪をする。
「も、申し訳ありません、主様。昨夜からの疲れで、この子も苛立ちが募っているようでして、どうかお許しください。何をしているのです、あなたも頭を下げてください、アルフ」
「いけません、セイナ様。いくらこいつがかの使いの主だとしても、一般の村人に劣るどころか、全くをもって力をもっていない小童に対して、そのように頭を下げるなどあってはなりません。それに……」
俺と同じか、俺より少し年下のガキに小童扱いされ、俺がつかみかかろうとしたその時――――
「いい加減にしなさい、アルフ.ソル.シェンテ!
主様は私が呼び出した『地球』からの客人ですよ!
それに、主様は私たちが身勝手に呼び寄せたのです!
主様に非はコレルの実、一粒ほどもありません!
さぁ、主様に謝りなさい!! 」
頭を下げたままの少年をしかりつけるシスターの見幕に、俺も少年も唖然としてしまった。
さすがの少年も黙り込んでしまった。少年は苦虫を噛み潰したような顔したまま、頭をさげるのかと思いきや……
「……こんなヌロに頭を下げるなんて、絶対に嫌だ!! 」
そういって、槍をもって部屋の外へ駈け出して行った。
「こら、アルフ! 」
残された俺たちの間にはしーんとした空気が流れる。少年への怒りも二人のやり取りですっかり冷めてしまっている。冷えた頭で、俺は再度自身の現状の整理を始めた。
昨晩、俺は星奈の墓に行った。それは間違いない。そして、いつものようにその日のことを星奈に話した俺は……、そう、そうだ。誕生日プレゼントとして、星をモチーフにしたイヤリングを渡したんだ。それで帰ろうとしたら…………
「そうだ、私を助けてあげてって、星奈の声が聞こえて……」
俺がつぶやいた独り言に、目の前のシスターがぴくりと反応を示した。そこで初めて気が付いた。少年が呼んでいたシスターの名前――――
「…………セイ……ナ……? 」
俺は自分でもわからない内に声に出していた。俺に呼ばれたシスターが恐る恐る顔を上げる。その顔を、俺は知っている。2年間、ずっと求めても届かず、涙を飲み込んでそばにいてくれと懇願し続けた少女――――
「はい、私はセイナ。セイナ.エル.グランテと申します」
中町 星奈その人だ。
「……星…………奈」
彼女は2年前に亡くっているはずだ。けれど、目の前にいるのは間違いなく、俺が恋い焦がれ、手をのばしても決して届くはずのなかった星奈だ。
さっきの少年に殴られたものよりも、はるかに重い衝撃に襲われ、平常心など保てるはずもなかった。
俺は自分でもわからないうちに腕を伸ばし――――
「え、ぬ、主様! 」
彼女を抱きしめていた。
「い、いけません、主様。私はそんな……」
「…………奈。星奈……。星奈…………」
彼女が顔を赤らめていることなど気づかず、彼女のことをきつく抱きしめ、肩ごしに彼女の名前を何度も呼んだ。目からは2年分の涙が止めどなく溢れ、彼女の肩を濡らしていた。初めて星奈の墓に行ったあの日から、ずっと我慢しつづけていたその涙を止めることはできなかった。
俺の涙に気づいた彼女は、優しく俺の頭をなでてくれた。
そして、そのままの状態で幾ばくかの時が流れ、俺はようやく落ち着きを取り戻した。
俺は泣きはらした顔を見せないように、うつむいたまま彼女を離した。
聞きたいことは山ほどある。話したいことももちろんある。けれど、なんて切り出していいかわからずにいると、彼女の方から口を開いた。
「星宮 光介様」
自分の名前を呼ばれ、俺はゆっくりと顔を上げる。すると、彼女のまっすぐな瞳と目があった。彼女は真剣な面差しで俺を見ていたが、どこか申し訳なさそうに顔をこわばらせている。その理由を彼女は丁寧に語ってくれた。
「もう一度申し上げます。私の名前はセイナ.エル.グランテ。あなたの伴侶である中町 星奈様とは、別人でございます」
俺は口を開けたままポカンとして固まった。そんな俺を見て、目の前のセイナが心配そうに俺を見ている。そして、再び口を開いて弁明を始めた彼女の頭に――――
「混乱されるのも無理はありません。ですが、本当にわたしはあああーーーー!? 」
腕を伸ばして拳で思いっきりぐりぐりしてやった。
「い、いたっ……、痛い、痛いです、主様っ! 」
セイナの反応は俺が見てきた星奈と変わらず、それが余計に俺をいらいらさせた。
「お前な、こんなにそっくりで別人なんて、どう考えても嘘にしかきこえないんだよっ! 」
俺は大声で不満をぶつけた。シスター姿のセイナは俺の手を掴んで涙目になっている。
「だから、それは……」
バガンッ!
セイナが言い訳を口にしようとしたとき、部屋の扉が勢いよく開き、それを遮った。
「セイナ様!先ほどの悲鳴はいったい!?
き、きさま、セイナ様に何をやっているんだ!!」
少年から見た俺たちの格好は明らかに俺がセイナを襲っているようにしか見えなかっただろう。少年は有無を言わさず、俺の顔を蹴り飛ばした。
「ぬ、主様!? 」
そんなセイナの悲鳴を最後に、またもや俺の意識は暗闇へと遠ざかって行った。
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