墓参り……
「親父、ちょっと外出てくるわ」
サンダルを履きながら玄関口で俺が叫ぶと、居間から太めの腕が伸びてきた。
「いつものとこか、気をつけて行って来いよ。帰りにおつまみでも買ってきてくれ」
「あぁ、チーカマとバタピーな」
居間から伸びている腕が上下に振られているのを見ながら、俺は玄関口を閉める。
チリーン
俺は反射的に音のなった方へ顔を向ける。そこには一匹の猫がいた。
「脅かすなよ、シャム」
「にゃー」
猫は俺の方へとすり寄ってくる。しゃがみこんで、頭をなでてやると、猫は気持ちよさそうに目を細める。
この猫は近所のおばちゃんが飼っている猫で、シャム猫だからシャムという名前を付けられたそうだ。よく家の周りを散歩していて、人を見つけるとすぐにすり寄っていくような、とても人懐っこい猫だ。
俺が耳の後ろをなでていると、シャムが何かに気が付いたのか、俺のポケットへと足をのせ始めた。
「あぁ、これはエサじゃないんだ、悪いな」
ポンポンっと頭を軽く触れて、俺は立ち上がった。シャムが物足りなそうな顔をしているが、俺は手を振って、またなとその場を後にする。
今夜は夏の夜にしては、少しだけひんやりしていて、半袖短パンではほんのりと肌寒さを感じ、自分の体を抱きかかえて身震いをした。
「上着もってくればよかったな」
そう独り言ちて、俺は歩きだした。今とりに戻ると、またシャムに捕まってしまって、間に合わなくなってしまうと考え、肌寒さは我慢することにした。時刻は午後10時。都会ではそこかしこに灯りがついているはずの時間だが、こんな田舎では足元を照らす程度の街灯しかなく、人影も見ることができない。あたりは一面田んぼだらけで見晴らしはとてもいい。
ふと、空を見上げると、無数の星たちがキラキラと輝ている。まるで俺を見てくれと言わんばかりにきらめくそれらを、昔は煩わしく感じたこともある。けれど――
「そうかな、私にはいつでもそばにいるよって、言ってくれてるように見えるよ」
という、一言を聞いてから、星を見上げるたびに俺は一人じゃないんだなと感じるようになり、不快な煩わしさは消え去っていた。
他愛もない会話の記憶を呼び覚まし、少しだけ寂しさを感じた俺は、夜を照らす光たちから目を落とし、目的の場所へと足を速める。
家を出てから15分ほどでたどり着いたのは、23時にはしまってしまうコンビニ。老夫婦が営んでいるその店は、スーパーで売っている野菜と同じくらい新鮮なものが置いてある。なんでも、二人の娘が近くで農家をやっているため、とれたての野菜を出せるらしいと、親父から聞いたことがある。
俺は膨らんだビニール袋をさげて、コンビニから出てきた。中にはチーカマとバタピー、それとプリンが二つだ。それをもって、俺は家とは反対の方向へと歩き出す。ここから目的の場所へはほんの数分でたどり着ける。携帯を取り出し画面を見て、時間を確認する。7/6(金)22時23分。少しだけゆっくりしすぎたなと思い、足早に進みだす。
山のふもと、小さな公園の前を通り過ぎ、ようやく目的地へとたどり着いた。そこには、規則正しく立派な石が並んでいる。石には、故人の名前が刻まれており、花や線香が飾られていた。
そう、ここは亡くなった人たちが眠っている墓地だ。
俺はゆっくりと息を吐き出し、中を進み始めた。墓地の敷地はそこそこ広いが、迷うことはない。一番奥の右端、一番小さな墓だ。
墓には、中町家の墓と書かれている。
墓の前に立った俺は、ビニール袋の中かからプリンを取り出し、ふたを開けてカップごと線香の真横に置いた。そして、もう一つのプリンを取り出すと、そのまま座り込む。
「よっ、少し遅くなって悪い。今日も買ってきたぜ、星奈₍せいな₎」
自分の分のプリンを開け、二本のスプーンを同時にあけ、一本をお供えしたプリンへ、もう一本を自分の分へ刺した。
俺はプリンを食べながら、今日あったことを一つ話していく。何を見て、何を思って、何を感じたのかを。
中町 星奈は俺と同い年で、生きていれば今年17歳になる。享年15年。彼女が亡くなったのは2年前。俺は覚えていないが、学校からの帰宅途中、俺と一緒に暴走車に突っ込まれたのが原因らしい。運よく俺は助かったが、彼女は即死だったそうだ。それを聞かされたのは、事故から2ヶ月後、俺が退院した時だった。星奈にあわせてやると親父に言われて、連れてこられたのはだだっ広い墓地。
「なんでこんなところに? 」
という、俺の質問に答えず、親父はただ歩いて行った。張り裂けそうなほど高鳴る心臓を抑え込むように、服の胸部を握りしめ、嫌な予感を直視しないように、足早に親父の背中を追う。そして、たどり着いた墓地の前で、俺はただただ泣き声をあげた。地面にへばりつき、ひたすらに涙を流して、喚き声を出す。それは、傍から見れば滑稽な姿だったかもしれない。でも、あの時の俺にはそれしかできなかった。泣きながら浮かんでくる彼女の姿はどれも笑っているものばかりで、俺はそんな彼女が好きだったんだと、その時初めて理解できた。そして、泣き止んだとき、俺はもう泣かないと決めた。それは独りよがりで、単なる意地でしかない。けれど、これ以上星奈の前で泣き続けたら、あいつまで泣き始める気がしたからだ。だから、俺は泣かないと決めたんだ。
それからというもの、俺は毎日ここへきている。その日あったことを彼女に聞かせて、彼女がいない寂しさをまぎれさせていた。
テストがやばかったという話をしているところで、ポケットの携帯が震えた。取り出してみると、時刻は0時3分前となっており、親父からの着信履歴が残っていた。
「あと3分か」
いつもなら、もう戻らなければいけない時間だ。けれど、今日だけは、最初から親父に怒られるのを覚悟していた。俺はポケットから小さな黒い箱を取り出し、その箱を開ける。中身は、星をモチーフにしたイヤリングだ。俺は星奈に買ってきた分のプリンをどかして、箱ごとイヤリングを置いた。
再び携帯に目をやると、時刻は7/7(土)0時ジャスト。
俺は墓へと笑いかけ、祝福の言葉を贈る。
「誕生日おめでとう、星奈」
7月7日は星奈の誕生日。一昨年、彼女が亡くなった年は、祝うことができなかったが、去年はプレゼントを用意して彼女に贈ったのだ。今年も同じように、彼女にプレゼントを贈る。これはただの自己満足なのかもしれないが、彼女を決して忘れないために、来年も再来年も俺はこうしてプレゼントを贈るだろう。
星奈に買ってきた分のプリンを口に流し込み、また明日来るからなと墓を後にしようとした。
不意に、カランカラーンという鈴の甲高い音が聞こえてきた。それがただの鈴だったら驚きもしないだろう。どこかの家の鈴が鳴ったのかもしれない。どこかで猫が走り回っているのかもしれない。でも、あの音は、あの音だけは聞き間違えない。あれは、小一の時に俺がプレゼントして、星奈がいつも身に着けていたお守りの鈴だ。
墓の方へ振り向くと、墓が青白い光に包まれていた。その光は淡く、今にも消えてしまいそうだが、確かにそこにある。
「星奈、そこにいるのか!? 」
これはただの見間違いかもしれない。何かの反射で墓が照らされているにすぎないのかもしれない。そうでもなければ、ホラー映画だ。それでも俺は、この時だけは後者であってほしいと願った。
俺は焦燥感にも似た高鳴りを押えられず、墓に向かって声をかけた。しかし、反応はなく、徐々に光が薄れているように感じる。
そして、墓へと一歩近づいた瞬間、カランカラーンという鈴の音が再び聞こえてきた。それも、今回はカランカラーン、カランカラーンと連続して鳴り響いている。
俺は恐る恐る墓へと近づき、手の届くところで立ち止まった。鈴の音はまだ鳴りやまないままだ。ゆっくりと手を前にだし、淡い光に触れたその瞬間、光はあたりを照らすほど強く輝きだした。
「……うっ、なんだよこれ」
眩しさをはらうため、目の前に手をかざそうとして、ようやく気付いた。光を触れている手が、徐々に光の中に飲み込まれていっている。俺は慌てて反対の手で自分の腕を掴み、手を思いっきり引っ張った。
「んぐうううう! 」
しかし、手が戻るどころか体ごと引っ張られている。そして、ついに全身が光に包まれた瞬間、耳元で懐かしい声が聞こえた。
――――私を、助けてあげて
そして、俺の意識は鈴の音とともに光の中で途切れてしまった。
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