第八話 逃走中
「いやあぁぁぁぁ!!!」
楓は奇声を発しながら森の中を駆け抜ける。後ろには化け熊が迫ってきている。
シリルが化け熊を退治した後、また化け熊が現れた。それも五匹。
最初は見よう見まねで楓も戦おうとした。だがしかし、逆に追いかけ回され、挙げ句の果て走っているうちにシリルとはぐれてしまった。
「おいバカ、離れるな!」
というシリルの声が聞こえたような気もしたが楓には届かなかった。ひたすら奇声を発して森の中を西へ東へと駆け回る。
「きゃっ!ちょっ!ああー!!」
よく前を見ずに走っていたせいで足を滑らせて急な坂道をゴロゴロと転がり落ちて行く。
どれ程転がっただろう。坂道が終わる転がったそのままの勢いで草むらに身を突っ込んだ。
化け熊は楓のような失態をおかすことなく坂道を駆け降りてくる。
楓はそのまま草むらで息を潜める。心の中で「見付かりませんように」と、百回くらい繰り返し言った。
化け熊はグルル・・・と低い声で唸りながら楓を探す。
足音が近づいたり遠のいたりを何度か繰り返し、化け熊はようやく諦めてどこかへ行った。
「・・・ふぅ」
草むらからそっと顔を出して化け熊がいないことを確認すると、自然と安堵のため息が漏れた。
そして、あることに気が付きハッとなって辺りを見回す。
「シ、シリル・・・どこ?」
無我夢中で化け熊から逃げていた楓は、シリルがいなくなっている・・・と言うか、自分がはぐれていたことに全く気が付いていなかった。
ヒュウ~っと冷たい風が楓を撫でるように吹いていった。
右も左も分からない異国の地ならず、異界の地でひとりぼっち。今の状況に楓は泣きそうになる。
「シ、シリ・・・痛っ!」
立ち上がろうとして右足首に激痛が走り、足首を押さえてその場に座り込む。痛みを感じたところを見ると、見事にパンパンに腫れ上がっていた。捻挫か、骨折か・・・。
「うう・・・どうしよ・・・」
ついに目頭がじわっとしてきた。その時
「楓ー!楓ー!どこだバカー!」
「シリル?」
確かにシリルの声だ。それにしてもバカとは・・・。
「シリルゥー!!」
楓は全身から力を振り絞って声を出す。
すると足音がどんどん近づいてきた。
「楓!」
シリルが息を切らしながら、楓が転がり落ちて来た坂の上に現れた。
「シリル・・・」
「このボゲェェェ!!」
すごい勢いで坂道を駆け降りてきたかと思うと、次の瞬間楓を殴り飛ばした。
お陰で楓は五メートルほど吹っ飛んだ。女の子になんてことを・・・。
「勝手な行動はするな!勝手にチョロチョロ動き回られたらこっちが迷惑なんだよこのクソバカボゲ」
楓の耳元で耳がキーンと鳴るくらいの大声でシリルは叫んだ。
「・・・ごめんなさい」
楓は俯いて謝った。
シリルが駆けつけてきてくれたときの慌てようを見て、心配してくれているのかと思った。だがそれは違ったのか?
確かに勝手に走り回った楓に非がある。シリルは何も悪くない。
自分は迷惑をかけていただけだったのか・・・。
「ったく、早く町に戻るぞ。化け熊は俺が倒しておいたから任務完了だ」
そう言ってシリルは歩き出す。
だが楓は足首を痛めていて動けない。
楓の様子がおかしいと気付いたシリルは楓の目の前まで来てしゃがんだ。
「どうした?」
「・・・」
楓は答えない。これ以上荷物になりたくない。
「何でもな・・・あっ」
シリルが楓の右足首の裾をめくる。
「挫いたのか?」
「・・・うん」
バレてしまった。
また怒られる。そう思って怖くなり、楓は目をギュッと固く瞑る。
「ほら」
ほら?
目を開けると、シリルが楓に背を向けて膝をついて座っている。
「えっ?」
「早く乗れ。歩けないんだろ?」
予想外の出来事に楓は茫然とする。
「で、でも」
「早く」
楓は遠慮気味にシリルの背中に乗る。温かくて安心する背中。
シリルは無言で立って無言で歩き出す。
「悪かった・・・」
「えっ?」
歩き始めて三分ほどしてのこと。シリルが前を向いたまま独り言のようにポツリと呟いた。
「あんなに怒ることなかったよな」
「でも、私がパニクって・・・」
「パニックになるのくらい当たり前だ。でも、俺もビックリして、心配してつい怒鳴っちまった。悪かったな」
楓はシリルが心配してくれていると知って嬉しかった。
「まあ、痛かったけど、私も・・・」
「痛かったって・・・何が?」
「えっ?私のことめっちゃ殴り飛ばしたじゃん」
「はぁ?俺は怒鳴ったことに謝ってんだぞ」
「か弱い女の子を殴ったことは?」
「誰がか弱い女なんだ?見渡す限り女なんていないが」
言い返すのも馬鹿馬鹿しくなり、楓はシリルの背中に突っ伏した。